ギリシャがユーロ圏から離脱する4つのシナリオ
ギリシャがユーロ圏から離脱する4つのシナリオ
欧州金融クライシス(前編)
欧州の先進国として初の支払い遅延
IMFの規定によると、期日から2週間経っても返済されない場合、IMFはギリシャの財務大臣か中央銀行の総裁に督促状を送る。そして支払期日から1カ月経っても返済が行われない場合には、IMF専務理事が理事会に対して、支払い遅延の事実を公式に報告する。支払期日から3カ月が経過すると、IMFはギリシャの支払い遅延をウエブサイトに公表する。
現在IMFによって債務支払い遅延国と指定されているのは、ジンバブエ、ソマリア、スーダン。欧州文明発祥の地であるギリシャが、これらのアフリカ諸国と同列の存在になった。欧州の先進国がIMFへの債務返済を期日までに行わず、債務支払い遅延国に指定されるのは歴史上初めてのことである。
これに先立つ1週間、欧州各国の首脳と財務大臣は臨時会議を繰り返した。6月27日にはユーロ・グループ(ユーロ圏財務相会合)において、債権国側とギリシャ政府の交渉が決裂。今年1月にギリシャでチプラス政権が誕生して以来、5カ月近く行われてきた交渉は、物別れに終わった。EUやIMFが要求する緊縮策や経済改革を、ギリシャ政府が拒否したためである。
国民投票宣言で交渉中断
交渉決裂の直接の引き金となったのは、ギリシャのチプラス政権が6月27日未明に、「ユーロ・グループとIMFが求める緊縮策を受け入れるか否かについて、国民投票を7月5日に実施する」と突然宣言したことだった。しかもチプラスは、国民に対して緊縮策を拒否するよう呼びかけた。これは、各国首脳にとって寝耳に水だった。
ギリシャの財政は、2012年にスタートした第2次支援プログラムによって支えられていた。このプログラムに沿って、EUとIMFは2014年末に72億ユーロ(約1兆80億ユーロ)をギリシャ政府の口座に送金する予定だった。しかし、同国の経済改革が進まないために支払いを見合わせていた。
6月後半に入ってから、EUとIMFは、「ギリシャが緊縮策や経済改革に関する要求を受け入れれば、6月末に期限が切れる第2次支援プログラムを11月まで延長し、他の資金源からの資金と合わせて総額155億ユーロ(約2兆1000億円)を融資する」と提案していた。ギリシャは、債務や利息の返済のため、11月までに153億ユーロ(約2兆円)を必要とする。
チプラスは、ツィッターに「われわれギリシャ人は、欧州に横行する脅迫と不正に対抗して尊厳を守る。これによって、欧州全体に希望と誇りに満ちたメッセージを送ることができる。ユーロ・グループはわれわれの意志を打ち砕くことはできないだろう」と書き込み、EUやIMFに対し徹底抗戦する姿勢を示した。
このためユーロ・グループとIMFは、同国に対する支援プログラムを延長しないことを決めた。決議の時、ギリシャの財務大臣、バルファキスはすでに退席していた。債権国側に対する、小国ギリシャの抗議の意思表示である。かくして第2次支援プログラムは6月30日をもって失効し、EUとIMFからの72億ユーロの融資は、ギリシャ政府の口座に振り込まれなかった。
ギリシャは深刻な財政危機に?
ドイツの財務大臣、ショイブレは6月27日の交渉決裂後、「ギリシャは国民投票の実施を宣言することによって、一方的に交渉の席を立った。ユーロ・グループの財務大臣たちは、この宣言を聞いて大変驚いた。同国には深刻な財政危機がやってくるだろう。ギリシャは、政府の決定が及ぼす結果を受け入れなくてはならない」と、厳しい表情で発言した。
ECB、ギリシャへの短期融資を停止
ECB理事会のメンバーの1人でもあるドイツ連邦銀行総裁のヴァイトマンは「ELAはあくまでも短期的な融資であるべきだ。ギリシャの銀行を支えるために恒常的にELAを実施することは、リスボン条約がECBに禁止している、国家への融資に相当する」として、ELAが日常化している実態を厳しく批判していた。
ECBは6月28日に特別理事会を開き、「ギリシャの銀行に対するELAを900億ユーロに限定する」ことを決議した。これはECBがギリシャに対して、すでに供与した短期融資の累積額に匹敵する。つまりこの日の決議で、ECBはギリシャへの新規のELA供与を事実上停止したのである。ELAを受けられなくなったギリシャの銀行は、次々に倒産する危険がある。
このためチプラスは6月28日に「資本移動規制」を発動し、市民や企業に対して、外国に資金を持ち出すことや振り込みすることを禁止した。同時に、銀行に対しても6月29日から1週間の休業を命じた。市民が銀行から預金を引き出す場合も、1日につき60ユーロ(約8000円)に制限した。これは2013年にキプロスが国家破綻の危機に陥った時に導入したのと同様の措置である。
資本移動を規制することによってギリシャの経済活動が停滞し、市民生活に悪影響が出ることは避けられない。外国企業は経済の混乱に対する懸念から、ギリシャ企業との取引や、ギリシャへの投資を当分のあいだ控えるだろう。すでに深刻化しているギリシャの不況は、さらに悪化するに違いない。
刻々と不安が高まる中、ギリシャ市民は7月5日の国民投票で、EUとIMFの緊縮策に対してどのような反応を示すだろうか。チプラスが狙っているのは、国民投票で過半数の市民が緊縮策を拒否することによって、「EUとIMFはギリシャ市民の民主的な意思表示を無視する政策を取っている」と抗議することだ。一方、国民の半数以上が緊縮策に賛成した場合、チプラスは退陣を免れないだろう。
EU法にユーロ圏脱退規定はない
ただし、ギリシャがIMFの債務を期日までに返済せず、事実上の支払い不能状態に陥ったからといって、それが自動的に欧州通貨同盟からの脱退を意味するわけではない。その最大の理由は、欧州通貨同盟に関する諸条約に加盟国の脱退に関する法的規定がないことだ。諸条約には同同盟の創設を規定したマーストリヒト条約、同条約に修正を加えたリスボン条約、そしてユーロ圏の運営の仕方を規定する「欧州連合の機能に関する条約」がある。
EUはこれまで、加盟国が欧州通貨同盟からの脱退を迫られる事態を想定していなかった。企業倒産や個人の破産については、法的な基盤が整備されているが、国家の破綻については、国際的に適用される基準が存在しない。したがって、ユーロ・グループはまず脱退に関する法的な基盤から整備しなくてはならない。
ユーロ圏脱退・4つのシナリオ
- 他のユーロ圏加盟国がギリシャの残留を希望しているのに、ギリシャが自主的にユーロ圏を脱退する。
- ギリシャがユーロ圏への残留を希望しているのに、他のユーロ圏加盟国がギリシャをユーロ圏から追放する。
- ギリシャと他のユーロ圏加盟国が合意に基づいて、秩序だったギリシャの脱退を実施する。
- 流動性不足を克服するために、一方的にドラクマを発行して流通させる。ギリシャにはユーロとドラクマが共存し、同国はユーロ圏からの「実質的な脱退」を行う。
まず第1のシナリオが実現する可能性は低い。6月28日にギリシャの新聞が行った世論調査では、回答者の68%がユーロ圏への残留を希望した。さらにチプラス自身も、政権発足当初からユーロ圏への残留を望むと発言している。同国でユーロ圏からの離脱を求めているのは、連立政権の一翼を担う急進左派連合の中でも、最も左翼に位置する政治家だけである。
ギリシャは2001年にユーロ圏に加盟して以来、国債市場において資金調達がしやすくなる恩恵を享受してきた。ユーロの信用力によって、国債発行のための利率(リスクプレミアム)が低くなったからだ。もしもギリシャがユーロ圏を離脱したら、同国が資金を調達することは今以上に困難になるだろう。そう考えると、ギリシャが自分から進んでユーロを放棄したがるとは考えにくい。
また前述のように、ギリシャによるユーロ圏脱退を可能にする法的根拠は現時点では存在しない。ただし、EU脱退については、法的基盤がある。EU条約の第50条は、「EU加盟国は憲法上の規則を踏まえた上で、EUを脱退することができる」としている。もしもギリシャがEUから脱退すれば、欧州通貨同盟からも脱退できることになる。
しかし同国がEU脱退の道を選ぶ可能性も低い。ギリシャはEUに加盟することによって、他の加盟国からの関税を免れている。加えて、道路や橋梁を整備するため多額の資金援助をEUから受けている。ギリシャがユーロを放棄するためにEUからも脱退して、これらの利益をあきらめるとは到底考えられない。
次に第2のシナリオについて考える。ユーロ圏には加盟国を強制的に追放する法的規定がない。リスボン条約は、債務比率や財政赤字比率について加盟国が遵守すべき基準を設けており、違反した加盟国には制裁を科すことができると定めている。しかし、その制裁措置に通貨同盟からの追放は含まれていない。またEUは、人権侵害などEUの基本原則に違反した国に対して、EU加盟国に認められる権利を剥奪することができるが、その制裁措置にもEUからの追放は含まれていない。
政治的にも、ユーロ・グループがギリシャを追い出したり差別したりするような態度を取ることは得策ではない。将来の外交関係に悪影響を与える可能性が高いからだ。実際ユーロ・グループは、ギリシャが交渉の場から去った後も「ギリシャはユーロ圏のメンバーだ」という声明を発表している。さらに、ギリシャ政府が考えを改めて緊縮策を受け入れれば、交渉を再開する姿勢を表明している。このため、他の国々が通貨同盟からギリシャを追い出すシナリオの現実性は極めて低い。
ギリシャが独断でドラクマを復活?
このシナリオの問題点は、時間がかかることだ。条約を改正するには、少なくとも2~3年かかる。すべての加盟国が自国の議会で承認して批准する必要がある。ECBが新規のELA供与をストップした今、ギリシャの流動性不足は日一日と悪化する。EU法を改正して、ギリシャを整然と脱退させる時間があるかどうかは未知数だ。
もっとも、ドラクマの再発行は厳密にはEU法違反だ。ギリシャ政府はユーロ圏に加盟すると同時に、自国通貨の発行権を放棄しているからだ。しかしチプラス政権としては、緊急事態に臨んでEU法を守っている余裕はないだろう。つまり、ギリシャではユーロとドラクマが並行して流通することになる。
日本ではあまり知られていないが、欧州には、自国通貨の他にユーロを支払い手段として使える国がすでにある。たとえばコソボや、ボスニア・ヘルツゴヴィナ、マケドニアはユーロ圏に加盟していないが、自国通貨とユーロの両方が流通している。したがって、ギリシャがユーロ圏から正式に脱退するまでの間、両方の通貨を使うというオプションも夢物語ではない。