“トップ・ガン”がAIに惨敗

“トップ・ガン”がAIに惨敗 摸擬空戦で一方的に撃墜 ハードはわずか35ドルのRaspberry Pi (1/4)

囲碁や将棋で人間に勝つまでに成長したAIが、戦闘機同士の空中戦でも人間を打ち負かした。ハードは35ドルのRaspberry Pi。将来は操縦席のない“無人戦闘機”が飛び交うことになりそうだ。

 囲碁や将棋で人間に勝つまでに成長したAI(人工知能)が、戦闘機同士の空中戦でも人間を打ち負かした。米シンシナティ大学と産業界、米空軍が共同で開発した戦闘機操縦用の人工知能(AI)の「ALPHA」が、元米軍の敏腕パイロットと模擬空戦を行い、圧勝したのだ。しかもAIを作動させるハード(機器)の価格はわずか35ドル(約3600円)。将来の空の戦いにもはや人間の出番はなく、操縦席のない“無人戦闘機”が飛び交うことになりそうだ。   (岡田敏彦)

無敵の撃墜王

 前後左右に頭上まで、青い空を映し出した映像パネルに覆われた一室。中央の“操縦席”に座ったベテランパイロットは、AIが操縦する機体とシミュレーションの空中戦を行う。大規模なゲーム施設のようだが、この仮想空間でAIが人に圧勝したことを、同大学の学内誌のほか米ニューズウイーク誌や英デイリーメール紙(いずれも電子版)などが6月末に報じた。

http://image.itmedia.co.jp/news/articles/1607/20/yx_gun_01.jpgシミュレーションの仮想空間でALPHAと空中戦を行うジーン・リー氏(シンシナティ大学HPより)

 同大の院生らが産官学の共同で開発したAIの「ALPHA」とシミュレーターで模擬空戦したのは、元空軍大佐のジーン・リー氏。米海軍での「トップ・ガン」にあたる、米空軍のエリートパイロット養成機関「戦闘機兵器学校」を卒業した経歴を持ち、操縦技術は折り紙付きだ。

 しかしALPHAとの模擬空戦対決では、リー氏はALPHAを一度も撃墜できず、逆に何度も撃墜された。リー氏は「私がいままでに見たAIのなかで、最も積極的な反応があり、力強く、かつ信頼できるAIだ」と高く評価した。
 1980年代からAIを相手に模擬空戦を行ってきたリー氏は、最初にALPHAと対戦したとき、これまでのAIとの認識・反応速度の違いに驚いたと告白。「私の意図を認識し、飛行中の私の機体の姿勢の変化や、ミサイル発射態勢に入ろうとする動きに瞬時に対応した」と述べ、「必要に応じて攻撃から防御へと素早く機動を変えた」と説明した。
 さらに「これまでのAIならともかく、いまや人間のパイロットはALPHAがもたらす素早い機動や、機先を制する威圧的な動きに並ぶことはできないだろう」と賞賛した。
 1対1の対戦だけではない。シミュレーションのひとつでは、リー氏ともう一人のパイロットが2機で共同してALPHAと対戦した。このときALPHAは4機を同時に操り、勝ってみせたという。
 さらに驚かされるのは、このAIが、わずか35ドルのパソコンで作動するということだ。

最強パイロットは「ファジー」を積んだ「ラズベリー・パイ」

 英国で小中学生のパソコン教育用に開発され、安価で販売されている子供用パソコン「ラズベリー・パイ」については以前 http://www.sankei.com/west/news/151222/wst1512220011-n1.html で報じたが、このALPHAのハード部分は「35ドルの(通常版)ラズベリー・パイだ」と米ニューズウイーク誌は特筆する。


 現状で戦闘機パイロット1人を養成するのに約5億円かかるとされる。「凄腕」を育てるには、さらに多くの費用がかかるが、それを35ドルで可能にするのは、ラズベリー・パイにインストールされた特殊なプログラムの恩恵だ。
 開発に関わった同大院生のニック・アーネスト氏をはじめとした専門家集団は、数値ベースではなく、言語ベースで制御する方式を採用。「20秒間で方位300~330度の範囲に向け移動しつつ、高度を1000メートル上げろ」ではなく「西北方向へ急上昇」という、機械にとって“あいまい”な指令と処理を可能としたものだ。こうしたファジー理論などを用いて、判断を飛躍的に高速化する「遺伝的ファジーツリーシステム」を採用した。
 また、複雑な空中戦の展開を最大で数千種類も先読みさせる力を持たせたとしている。その速さは人間がまばたきする速度の250倍。一瞬にして“敵機”の動きを認識し、最適な戦術を考え、次の行動に適応させる能力があるという。

 開発メンバーの一人、同大のケリー・コーエン教授は、1997年にIBM社のコンピューター「ディープ・ブルー」と、当時チェスの世界王者だったガルリ・カスパロフ氏が対戦し、ディープ・ブルーが勝利したことを例にあげ「これはチェスを無人機に変えたものだ」と説明している。

まずは“鬼教官”として

 約55年前、「最後の有人戦闘機」と喧伝されたのはロッキードF-104「スターファイター」だった。航空自衛隊でも「栄光」というニックネームで採用され、長く日本の防空を担った。「最後の-」と言われた理由は、次に防空の主役となるのは地上発射のミサイル(無人の飛翔体)だとの考え方が主流だったからだ。
 ただ、当時に専門家が考えたほどミサイルの進化は速くなかった。センサーや誘導機器は信頼性に欠けたことから、制空戦闘を重視した有人の戦闘機が続々と誕生してきた。
 近年になって母機の誘導が不要な「打ちっ放し」の空対空ミサイルが実用化されているが、この「ALPHA」の登場は、ミサイル万能論とは別の次元で「無人戦闘機」の実現に近づいたようだ。

http://image.itmedia.co.jp/news/articles/1607/20/yx_gun_02.jpg

現代最強の戦闘機とされる米国のF-22ラプター。将来的には、AIが操る無人戦闘機と共同で任務にあたる可能性もある(米空軍公式HPより)
 コーエン氏は「将来は(ALPHAの操縦する無人戦闘機は)チームメートとして有望だろう」と説明する。有人機と編隊を組み、編隊長のパイロットから指令を受けるほか、戦術や状況判断について編隊長ら人間のパイロットにアドバイスを行えるとしている。
 一方で、これが即座に無人戦闘機開発につながる動きは、いまのところ明らかにされていない。ALPHAのプログラムは安価なラズペリー・パイで走らせることができ、同大では、これを中心とした空戦シミュレーションのプログラムも「市販のパソコンの性能で稼働させることが可能だ」としている。ALPHAを利用した安価なシミュレーションシステムを、パイロットの訓練に役立てることが、最も現実的なようだ。