出稼ぎ留学生、挫折のち「偽装難民」 日本での難民申請、急増 過去最多に

出稼ぎ留学生、挫折のち「偽装難民」 日本での難民申請、急増 過去最多に

西日本新聞 1/2(月) 11:10配信

 2014年秋、ネパール人留学生のサントスさん(29)=仮名=は、福岡市の日本語学校を無断でやめ、新幹線で東京へ向かった。

 3カ月後、たどり着いたのは群馬県東部。ネパール人元留学生のアパートに転がり込み、半年後、同じく精密部品工場の作業員となった。

 職場からワンルームのアパートまで10分。街路灯もまばらな農村地帯を徒歩で通勤する。あれから2年。今は福岡県内の日本語学校出身のネパール人、ケーシーさん(28)=同=と共同生活する。「このまま、できるだけ長く日本で働きたい」。日本語はたどたどしいままだ。

 サントスさんはネパールの国立大を卒業し、14年春に来日。現地の留学仲介業者に初期費用として約130万ルピー(130万円相当)を払った。

 業者は日本語学校と提携しており、内訳は学校の授業料や寮費で100万ルピー、業者の取り分が10万ルピー、残る20万ルピーは日本での当面の生活費としていったん業者が集めた。

 首都カトマンズの公務員の平均月給は約3万ルピー。130万ルピーーは相当な大金で、半分は借金で工面した。「日本ではアルバイトで月30万ルピーは稼げる」という業者の言葉を信じた。

 「本当は米国に行きたかった。でも、日本の方が手続きが簡単だった」。本人はこれ以上言葉を濁すが、日本行きの目的は勉強より就労。いわゆる「出稼ぎ留学」と言える。

 だが、当時は日本語をほとんど話せず、福岡ではなかなか仕事が見つからなかった。生活は行き詰まり、半年足らずで上京した。

 「トーキョーに行く」。実は、一部留学生にとってこの言葉は別の意味を持つ隠語だ。

日本での難民申請は10年を境に急増

 サントスさんは上京するとすぐ、入国管理局に難民申請の手続きを取った。理由は「政治対立に巻き込まれる」と書いた。人種、宗教、国籍、特定の社会的集団の構成員、政治的意見のいずれかの理由で迫害を受ける恐れがある-。これが、難民認定の条件だ。

 日本での難民申請は10年を境に急増し、15年は過去最高の69カ国7586人。最多の1768人を占めたのがネパール人だ。ただし、認定は11カ国27人。ネパール人は2人にすぎない。

 入管難民法上、留学ビザでは原則「週28時間」しか働けないが、難民申請すれば、半年後からフルタイムで働ける特定活動ビザに変更できる。この「特権」が、こぼれ落ちた留学生を引き寄せる。

 難民申請の審査結果が出るのは半年から1年後。そこで不認定となっても異議申し立てが可能で、再審査は2~3年かかる。明らかに「正当な理由がない」と判断されるまで、異議申し立ては何度でも可能。再審査中に就職先が見つかれば就労ビザの取得もできる。

 難民申請やビザ切り替えの手続きを請け負う日本の行政書士もいる。北関東の男性行政書士は「申請はほぼ偽装。彼らにとって特定活動は『就活ビザ』感覚だ」と明かす。

 工場が多い北関東で、アジア系難民申請者は、日本人労働者が避ける「3K職場」の貴重な戦力。サントスさんとケーシーさんは借金を完済し、それぞれ100万円の蓄えもできた。

 移民政策の議論を避ける政治。難民制度の隙間を利用し、「偽装難民」としてしたたかに生きる元留学生。彼らで労働力不足を穴埋めする企業。3者の関係は、日本社会のひずみを映し出す。

 昨年、難民不認定への異議申し立ては3120人。抜け道が温存されたまま、過去最多を更新した。


取材班から 共に生き、共に働く

 街角で中国語とも韓国語とも異なるアジアの言語を耳にしたり、褐色の肌の人々を見かけたりすることが、九州でもここ数年で急に増えた。実は、その多くは旅行客ではない。

 来年1月末に厚生労働省が公表する日本の外国人労働者数(就労する留学生含む)は、初の100万人突破が確実視される。九州7県でも計5万人を超える見通しで、特にベトナム人とネパール人は過去5年間で10倍増というハイペースぶりだ。

 「いわゆる移民政策は取らない」。安倍晋三首相はそう明言する一方、原則週28時間まで就労可能な外国人留学生を2020年までに30万人に増やす計画や、外国人を企業や農家などで受け入れ、技術習得を目的に働いてもらう技能実習制度の拡充を進めてきた。

 その結果、国連が「移民」と定義する「12カ月以上居住する外国人」は増加の一途。国籍や文化の異なる民が同じ地域で共に暮らし、働く、新たな「移民時代」を日本は迎えている。

 24時間営業のコンビニで弁当が買え、オンラインショッピングで注文後すぐに商品が届く便利な暮らし。それを支える深夜労働の多くは、アルバイトの留学生が担う。建設や製造、農漁業などの現場では、3K(きつい、汚い、危険)職場を嫌う日本の若者に代わって低賃金で汗を流している実習生も少なくない。

 留学生30万人計画も実習制度も、政府の建前は「先進国日本の国際貢献」。だが、人口減と少子高齢化で人手不足が深刻化する日本社会を支えるため、「発展途上国の安価な労働力で穴埋めしたい」という本音が透けて見えないか。

 そんな政府の施策には、外国人を共に生きる生活者と捉える視点が欠落し、建前と本音のひずみが、留学生の不法就労や実習生の過酷労働の温床となっているのではないか。

 歴史的にも地理的にも文化的にも、九州はアジアから新しい風を受け入れ、地域を活性化させる力を日本中に波及させてきた。西日本新聞の新たなキャンペーン報道「新 移民時代」は、九州で暮らす外国人の実像や、彼らなしには成り立たない日本社会の現実を描く。「共生の道」を読者と一緒に考えたい。


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西日本新聞「新 移民時代」取材班
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