食品小売業91兆円を丸飲み「アマゾン・ゴー」 店ごと無人、レジ打ち350万人も消える…米国に衝撃

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驚異の無人食料品店「アマゾン・ゴー」の登場について報じる昨年12月6日付米経済誌フォーチュン電子版
 さて、今週ご紹介する“エンターテインメント”は久々となるIT(情報技術)&小売業に関するお話です。
 米ネット通販大手のアマゾン・ドットコム(本社・西海岸ワシントン州シアトル)といえば、過去の本コラムでもドローンによる宅配計画やリアル書店の大量出店といった挑戦的な取り組みの数々をご紹介いたしましたが、今回の本コラムでは、さらに進んだ取り組みの数々と、その影響をモロかぶりしている米の小売業界の現状などについてご説明いたします。

■「ポケモンGO」より衝撃GO…自動運転AI技術を応用・発展、そして
 既にご存じの方も多いと思いますが、米アマゾンが今月はじめ、とんでもないお店を本社があるシアトルにオープンさせたのです。
 そのお店は、店員がひとりもいないのに、ちゃんと買い物ができる食料品店「アマゾン・ゴー」です。
 昨年12月5日付で地元の米シアトル・タイムズ(電子版)をはじめ、欧米の主要メディアがアマゾン側の発表を受け、一斉に報じたのですが、このお店、まず、専用のアプリ(ソフト)をダウンロードしたスマートフォン(高機能携帯電話)を、駅の改札のような入り口のセンサーにかざし、後は店内で自分が欲しい商品を棚から選び、持参したかばんなどに入れ、店を出るだけでOK。精算も自動的に済んでいるというのです…。
 広さ約167平方メートルの店内はジュースやパック入りの野菜、サラダ類といった商品がカテゴリーごとに陳列されており、一見すると、ごく普通の食料品店と同じです。
 ところがこのお店、複数のカメラや画像認証センサーと最新型のAI(人工知能)やアルゴリズム(コンピューターを使って特定の目的を達成するための処理手順)技術を組み合わせ、顧客の行動を監視・分析するのです。わかりやすく言えば、顧客が手に取り、かばんに入れた商品や、いったん手に取ったものの、気が変わって棚に戻した商品を正確に認識するわけです。
 そして、顧客がかばんに入れた商品、すなわち購入した商品の情報はアプリ内の仮想カートに記録され、アマゾンのアカウントを通じて自動的に課金され、アプリにレシートが送られるという仕組みです。

■まさに百聞は一見に…衝撃の動画が示す現実
 百聞は一見にしかず。アマゾンが公表した動画を見ていただければ、そのすごさが分かっていただけると思います。
 アマゾン側はこのお店について「レジ待ちの行列も、精算も必要ない世界で最も進んだショッピング・テクノロジーである」と紹介。現在、利用者はアマゾンの社員に限定されていますが、今年のはじめから、全米に本格展開する考えを表明しました。

 驚異の無人食料品店「アマゾン・ゴー」の登場について報じる昨年12月6日付米経済誌フォーチュン電子版
 いやはや。「ポケモン・ゴー」よりさらにすごいゴーなのですが、このすごすぎるお店、アマゾン側は4年前から実用化に向けた研究を進めていたと言います。ちなみに「アマゾン・ゴー」を誕生させたこの技術、自動車の自動運転技術で使われるAI技術を応用・発展させたもので「Just Walk Out(そのまま歩いて出て行く)」と名付けられているそうです。
 以前の本コラムでもご紹介したように、ネット通販の王者アマゾンは一昨年の冬(11月)から突如、実店舗(街の書店タイプの本屋さん)の展開に本腰を入れ始めました。
 多くの人々はその真意を図りかねましたが、今回のアマゾン・ゴーの一件で謎が解けた気がします。要は実店舗の世界でも、この完全無人型の店舗で世界の王者になろうとしているわけです。
 少し考えれば分かりますが、普通のお店が人件費ゼロのお店に勝てるはずがないですからね。

■レジ打ち職は2番目に多い人数の職…あの車いすの天才ホーキング博士の予言が…
 「アマゾン・ゴー」の登場に欧米の小売業界は恐れおののいています。実際、前述のシアトル・タイムズ(電子版)は、米の労働統計局の数字をあげ<全米で小売店などのキャッシャーに従事する人々は350万人で、全職業の中で2番目に多い>などと説明し、「アマゾン・ゴー」の本格展開によって、キャッシャーという職業が事実上、消え去った際の影響の大きさについて示唆(しさ)。
 さらに「『アマゾン・ゴー』の本格展開は、全米の全小売業の約17%、金額にして約8000億ドル(約91兆4700億円)にのぼるグロッサリー(食料品)ビジネスへのアマゾン側の並々ならぬ参入意欲の表れである」という米金融サービス「コーウェン・グループ」のアナリストの見方を紹介しています。

 今回の「アマゾン・ゴー」の発表を受け、昨年12月5日付米経済紙ウォールストリート・ジャーナル(WSJ、電子版)は、アマゾンが「アマゾン・ゴー」に加え、これと同じようなAI技術を駆使した新型のドライブ・スルー型店舗の成功を追い風に、今後、さまざまな形態の実店舗を全米で2000店、開業させる考えであると報じました。
 しかし、その3日後の12月8日付米経済系ニュース専門局CNBC(電子版)によると、アマゾン側はこの報道を否定。とはいえ、米経済系ニュースサイト、ビジネス・インサイダーは「アマゾン・ゴー」の存在が明らかになる以前の昨年10月26日付で、アマゾンが今後10年間で食料品を扱う実店舗を全米で2000店、開業させると報じており、似たり寄ったりの計画が進んでいることは間違いないようです。

 実際、昨年の12月5日付の米CNBC(電子版)によると、アマゾンのジェフ・ベゾフ最高経営責任者(CEO、53歳)は、昨年5月に米カリフォルニア州で開催されたIT業界の大物が集まる恒例の会合で、AI分野を“巨大”なビジネスチャンスととらえ、多額の投資を行っている考えを明かすとともに、自社のAI技術開発部門「アレクサ・プロジェクト」で1000人以上のスタッフが働いていると述べました。

 前々回の本コラムでご紹介したように、車いすの天才宇宙物理学者で知られる英のスティーヴン・ホーキング博士(74)は昨年暮れ、こう警告しました。
 「テクノロジーの進化によって、ヒトの仕事の多くをAI搭載型のロボットが担うようになり、車の運転や物流、宅配、外食産業の調理といった仕事でヒトの手は必要なくなり、その結果、伝統的な製造業で働く多くの人々の仕事が激減する」

 「その結果(AIを駆使する)ネットを使ったサービスで巨万の富を得る個人レベルの少数グループと、AIの普及によって職を追われた中間層との(所得)格差はますます拡大し、世界的な経済的不平等が生み出される」…。
 この恐ろしい警告が、そう遠くない未来、現実のものとなるのです。

 “いくら何でも、それは大げさやろ”と思ったあなた。間違えてますよ。なぜなら、欧米の多くのメディアはこの「アマゾン・ゴー」のニュースについて、アマゾンが、たとえ「アマゾン・ゴー」をあなたの街に開業しなくても、世界中の小売業者に「アマゾン・ゴー」を現実化した技術「Just Walk Out(そのまま歩いて出て行く)」を採用させることで、世界の小売業の王者をめざしているとのニュアンスで報じています。
 実際、その通りだと思います。最近、日本のスーパーでもセルフレジを導入するところが増えていますが、今度は店ごとセルフレジというわけです。
 とはいえ、こうした批判を避けるためか、アマゾンは一方で巧妙な戦略を打ち出しています。今年の1月12日付米CNBC(電子版)などが驚きを持って報じましたが、アマゾンは今後1年半で米国の正規社員を約10万人増やし、社員を現在の約18万人から約28万人体制に拡大させるというのです。

 アマゾンでは、新たに雇用する約10万人は本社だけでなく、東部のニュージャージー州から南部のテキサス州に至る全米のさまざまなオフィスで顧客サービス関連の仕事や物流センターなどでの仕事に従事するといいます。
 実際、人が足りないのかもしれませんが、これ、当然ながら「米国内で国民の雇用を増やせ!!」と息巻くドナルド・トランプ大統領(70)の意向をうけた取り組みでもあります。

 それにしても「アマゾン・ゴー」の登場は、今後、世界の小売業のあり方を激変させるでしょう。実際、アマゾンの大躍進のせいで旧来型の小売業は米でも青息吐息。今年はじめには米の老舗百貨店メイシーズが全従業員の7%にわたる約1万人のリストラを発表しました。日本でも同じようなことが起きるのでしょうか…。(岡田敏一)