原発処理費用、22兆円のウソとそのワケ

原発処理費用、22兆円のウソとそのワケ

国民負担、国と電力会社のフリーハンドに

2017年4月26日(水)

 昨年末、政府の東京電力改革・1F問題委員会(東電委員会)が発表した資料では、福島第1原子力発電所の事故処理費用が約22兆円と試算された。当初想定の2倍に膨らんだことが話題を呼んだが、東京電力ホールディングスの改革の動きに注目してきた識者からはむしろ「この程度の額で収まるわけがない」と批判の声が上がっている。国はなぜ、こんな杜撰な試算を公表したのだろうか。


 下の表は公益社団法人日本経済研究センターの小林辰男・主任研究員らが事故処理費用を試算した金額である。総額は国の試算の2~3倍という結果になった。費用が増える要因を1つ1つ見ていこう。

福島第一原子力発電所の事故処理費用の試算
廃炉 2兆円 8兆円 11~32兆円
賠償 5兆円 8兆円 8~8.3兆円
除染・中間貯蔵施設 4兆円 6兆円 30兆円
合計 11兆円 22兆円 50~70兆円
出所 日本経済研究センターの小林辰男・主任研究員ら

国の試算の3倍以上に費用が膨らむ可能性も

 まず、国による22兆円という事故処理費用の試算で最も明らかな疑問点は、放射性廃棄物の問題だ。
 除染により生じた汚染土などは、焼却による減容化の後でも2200万立方メートルにも上ると推計されている。だが、福島第1原発の近隣の中間貯蔵施設(福島県双葉町大熊町)で最大30年間保管された後の最終処分方法も決まっていない。さらに、原発内から出る放射性廃棄物はその発生量の予測すらついていない。

 小林氏は、青森県の六ヶ所低レベル放射性廃棄物埋設センターでコンクリートピットによる埋設で汚染土を処分すると仮定。除染費用は6兆円から30兆円に膨らむと計算した。

 原発内の廃棄物については、メルトダウン炉心溶融)を起こした1~3号機は全て放射性廃棄物になるとすれば、廃炉費用は8兆円には収まらず、最低でも11兆円はかかるとの考えだ。

 最終処分が決まってない汚染物質はまだある。建屋内に流れ込んで汚染された地下水だ。福島第1原発内に保管されている汚染水の総量は100万トンを越える。そして今も1日平均120トンの汚染水が新たに発生している。

 この汚染水に含まれる放射性物質のうち、トリチウム三重水素)は水素に非常に似た性質を示すため、効率的に分別・除去する方法が確立されていない。廃炉作業中の新型転換炉「ふげん」の運転に関連して試験的に開発されたトリチウムを除去する方法では、汚染水1トン当たり2000万円もの費用がかかってしまう。この場合、廃炉費用はさらに約20兆円積み増しされて32兆円となる。
 これらを合算すると事故処理費用の総額は50兆~70兆円となり、国の試算の2~3倍になってしまう。

 経済産業省トリチウム汚染水の処理方法について、稀釈して海洋放出することも検討している。しかし、福島県漁業協同組合連合会はこの案に強硬に反対している。

 そもそも2015年、建屋近くでサブドレン(井戸)によりくみ上げた水を海洋放出して地下水流入を減らすプランの実行に関して、県漁連と東電、国が合意した際、トリチウム汚染水の海洋放出をしないことが条件の1つになっている。県漁連の野崎哲会長は「国と東電は条件を受け入れたものと理解している」と話す。

 今後、県漁連が海洋放出をやむなしと認めるとしても、追加賠償が発生するのは避けられない。小林氏は約1500人の漁業者への賠償を3000億円と見積もる。ただし、これは福島県内だけに限る賠償額だ。周辺の漁業者からも賠償を求める声が上がる可能性は大きい。

国側の識者も認める試算の穴

日本原子力研究開発機構の楢葉遠隔技術開発センター(福島県楢葉町)では、原子炉の一部を再現した巨大な施設で核燃料デブリを回収する実証実験が行われようとしている。

 小林氏の試算にも盛り込まれていないコスト増のリスクはまだある。例えば、メルトダウンした核燃料デブリの取り出しにまだメドがついていない。22兆円の試算のうち8兆円の廃炉費用は、米国のスリーマイル島原発廃炉をもとにしてそろばんをはじいた。しかし、スリーマイル島事故では燃料デブリが圧力容器の底を突き抜ける「メルトスルー」は起きていない。

 スリーマイル島事故の現場指揮に当たった米原子力規制委員会元幹部で、今回の試算に助言を求められた識者の1人であるレイク・バレット氏も「作業員が原子炉建屋に侵入できないほどの高度の汚染はスリーマイル島でもなかったことだ。様々な要因によるスケジュールの遅れがコスト増につながる」と指摘する。

法廷闘争で賠償額の増額も

 特に空間線量が高い「帰還困難区域」を除き、強制避難区域は今春で解除された。住民への賠償も概ねメドがついた。しかし、国と東電の法的事故責任を初めて認める判決が、3月に前橋地裁で出た。

 賠償額の増額が認められたのは主に強制避難区域外からの「自主避難者」。これまで4万~72万円の一時金しか支払われていない。判決で認定された賠償額は20万~70万円だった。

 自主避難者の総数は明確になっていない。仮にピーク時の総避難者数(約16万人)の大半に今回の増額が認められたとしても、賠償額は数百億円にとどまり、処理費用への影響は小さい。しかし、避難者側の弁護団長の鈴木克昌氏は「地裁では避難先でのいじめといった被害に関する訴えを十分にできていなかった」としており、原告の約半数が控訴。二審も勝訴すれば、賠償額の増額もあり得る。

 南相馬市浪江町楢葉町で除染を検証する委員会に参加した東京大学児玉龍彦教授は「除染費用も6兆円で終わるわけがない」と指摘する。前述した汚染土の最終処分の問題だけでなく「避難自治体は森林の除染を徹底するよう求めている。これには莫大な費用がかかる」。

 さらに、中間貯蔵施設も用地の買収に同意している地権者はいまだ全体の3分の1にとどまる。地権者約100人からなる30年中間貯蔵施設地権者会は環境省との交渉を続けているが、最大のネックとなっているのが原状回復についての問題だ。

 国側は30年後の返還を約束しているが、地権者の間では中間貯蔵施設を最終処分場に切り替えるのではないかという警戒感が根強い。地権者会は返還を担保するため、原状回復費用の算定を要求している。地権者会の門馬好春事務局長は「22兆円の試算が出たとき、環境省には原状回復費用、除染廃棄物の最終処分の費用、最終処分場までの運搬費用が入っているのか問い詰めたが、入っていないという回答だった。こんな不誠実な試算はあり得ない」と憤りを隠さない。

ウソの狙いはどこにある?

 あまりに杜撰な22兆円の試算。廃炉に係わる東京電力ホールディングスの関係者も「現時点でこんな数字を出せるわけがない」といぶかしむ。原子力損害賠償・廃炉等支援機構も試算について説明した資料中に「見解の一例を紹介するもの」「機構の責任において評価したものではない」と逃げ口上を併記している。しかし、この22兆円という数字に、今後の東電の改革は寄って立っている。なぜこんなことが起きたのか。

 龍谷大の大島堅一教授(環境経済学)は、「東電を破綻させずに国民負担を迫ることが目的だ」とみる。
 今回の改革提言には22兆円のうち2.4兆円を新電力などの送電網の利用料で賄うことになった。電力料金に上乗せされれば標準的な家庭で毎月18円の負担になる。少額ではあるが、東電の廃炉事業のツケを国民が担うことへの反発感情は未だある。

 大島教授は「国民負担を実現するには、費用の増大を演出して『福島のために』と迫る必要があった。一方、事細かに費用を計上すれば、東電が負債の認定を迫られる恐れがある」と指摘する。事故処理費用が膨らみすぎれば、原発の社会的コストも増大することになる。「原発が火力や水力よりも割安だと訴え続けてきた国の理論に傷が付き、各地の原発の再稼働にはマイナスに働く」

 原子力委員会委員長代理も務めた長崎大学の鈴木達治郎教授は、昨年末の東電委員会による東電の改革提言に関して「東電を存続させて事故処理を担わせるという事故直後の前提の下で積み上げた計画にすぎない。今はもう前提を見直すべき時に来ているのではないか」と指摘する。

 電力料金を通じて国民負担を迫る形は「国や電力会社が自由に負担の枠組みを変えられてしまう。あまりに不透明だ」。鈴木教授は東電を解体して、事故処理を担う新たな事業体を発足することを提言する。「基金の形で新たに事業体を作り、第三者機関による監査もつけることが必要。そうすれば、電気料金という形ではなく税金の投入も可能になる。原発を維持したい企業からの寄付も募ることができる」

 これは日経ビジネスの4月24日の特集の中で提言した「東電消滅」ともつながるものだ。「東電の名を残し続けることは、いつまでも事故のみそぎを終わらせないということだ。十字架を背負いながら廃炉事業に邁進している福島の作業員にとっても好ましいことではない」(鈴木教授)。