「政治家と官僚は東電問題を解決したくない」

「政治家と官僚は東電問題を解決したくない」

東京理科大橘川武郎教授インタビュー

 東京電力は5月11日、新新総合特別事業計画を発表した。6月には川村隆新会長と小早川智明新社長という新経営陣が正式に就任する。

 福島第一原子力発電所の事故処理と東電の再建が進んでいくように見えるが、東電による民業圧迫など課題は多い。事故処理費用はさらに膨らみかねないため、常に東電改革のあるべき姿を考えておくことは不可欠だ。電力業界に精通し、東電改革の提言を続ける東京理科大イノベーション研究科教授の橘川武郎氏に聞いた。
東京電力が再建計画「新々総合特別事業計画」を発表し、新たな枠組みが定まりつつあります。どのように評価していますか。

橘川:東電の新々総特については、東電の関与が残存している限り、他電力は「福島リスク」の波及を恐れて、原子力分社・連携案に参加するはずはなく、実現可能性は皆無だと思います。

 せっかく、川村隆氏のような立派な経営者を招聘しても、実現性がない新新総特を押し付けられては、数土文夫会長の場合と同様に、身動きがとれなくなるでしょう。
 そもそもの問題からお話します。
 福島の事故処理費用が21兆5000億円。東電がすべて出せる訳ではないので、多くの部分が国民負担になります。

 ただ、けじめがありまして、少なくとも廃炉は東電の負担。除染、賠償の費用は東電が出すべきだが、被災者に払えないと問題なので国民負担にならざるをえないのでしょう。電力会社が送電線を利用する託送料から徴収し、電気料金を通じて国民が負担するという仕組みは、仕方がない面があります。
 それでも物事には順番があります。

 これだけ国民が巨額負担をするのですから、東電がやるべきことを全部する。資産売却をしなければなりません。まずは柏崎刈羽原子力発電所。火力発電所も資産売却の対象となるでしょう。

 発電所で残るのは出力調整用の揚水発電所くらい。原発と火力を売れば、兆円単位の資金になるので、廃炉に充てた瞬間から、福島リスクから切れる枠組みにします。
柏崎刈羽は別の事業者が運営するということですか。

橘川:そうです。私は反原発ではありません。日本経済のために柏崎刈羽の騰水型軽水炉BWR)を動かした方がいいでしょう。その立場から東電は邪魔だと言っています。地元が納得しないでしょう。地元なので東北電力が絡まざるを得ませんが、キャッシュが足りません。

 財務省は国営を嫌がるでしょうから、日本原子力発電を核とする受け皿にやってもらう。準国営会社の原電が運営すれば、柏崎刈羽は準国営ということになります。

受け皿としてなぜ原電がいいのでしょうか。

橘川:原電は今、「原発なき原電」になっています。3つある原発のうち、敦賀1号は廃炉、2号も活断層で問題になって再稼働が厳しい。東海村はさほど原発を必要としていないので、柏崎刈羽より動かすのが難しいでしょう。最終的に頼みの綱だったベトナムへの原発輸出も望みがなくなりました。

 こうした事情から、原電が生きる道は柏崎刈羽のオペレーションになります。私は原電を「問題児沸騰水オペレーション会社」と呼んでいます。

 準国営の柏崎刈羽が、中立的な値段で卸市場に電気を卸し、新電力も活用できるようにする。まだ卸市場が電力市場全体の約3%しかありませんが、シェアが高まれば電力自由化にも寄与します。
閉塞感のある電力の小売り市場が活性化するかもしれません。

橘川浜岡原発大間原発まで動いて卸売市場に流したら、シェアは高まるでしょう。ターゲットは8%です。米国の電力卸市場関係者は、最低8%は卸市場がないと自由化は成り立たないと話していました。「日本には卸市場がほとんどないのに、自由化がうまくいくわけがない」と。

 原発由来の電気が増えることは、地球温暖化対策にも貢献します。東京湾岸で多くの石炭火力の建設計画がありますが、これらが立ち上がると、温暖化対策に急ブレーキがかかってしまいます。

 東京電力と共同出資でJERAを設立した中部電力の経営陣は、こんな展開を読み切っていたのではないでしょうか。浜岡では地震対策をやって再稼働させることを追求し、最終的には株主に国を訴えさせる、そんな狙いがあるように見えます。そうでないと、会社が株主から訴えられます。

 防潮堤を作り規制基準をクリアしたのに、超法規的措置原発が動かない。ということで、柏崎刈羽と一緒に浜岡を国に買ってもらい、準国営の運営に任せる。

 中電はJERAを使って東電の火力が手に入る。東電が資産売却をしなければ、福島リスクが完全に消えることはありません。大阪ガス中部電力と組んでいたのにJERAに乗りませんでした。
 東電の組合はこのシナリオがいいでしょう。経営は安定するし、職場も変わりません。東北電力原子力部隊には、抵抗があるかもしれませんけれど。

東京電力には残す事業は何ですか。

橘川東京電力パワーグリッド(PG)とエナジーパートナー(EP)です。この会社はやっていけると思います。資産は大きく、分社化の際にはここに人材が殺到しました。

 東電委員会ではPGまで再編しようという議論がありましたが、安定収入の素がなくなってしまいます。
 EPが基盤とする東京はすごくいい市場です。住宅が途切れない都市圏という定義だと世界一の広がり、という見方があります。

 自由化後の離脱率は10%に満たず、EPがその顧客を取り返せる可能性もあります。
 大手電力系の小売りの中で、東電の小早川社長が一番まともだと思います。関西電力などは、原発が再稼働すれば安い電力を手に入れられるのでそれから値下げできるという姿勢で、まじめに小売りをやっているように見受けられません。

 今後、関電と九州電力四国電力原発は再稼働の可能性があるので、電力小売りに熱を入れているように見えません。

 小早川社長は原発なしを覚悟しているのではないでしょうか。そうでなければ、ソフトバンクニチガスと組みません。ブランドが傷つくかもしれないですから、小早川社長の本気を感じます。

 東電のPGとEPから継続的に賠償の負担をできるのではないでしょうか。そうすると東電問題は解決に向かっていくように思います。
 水俣病におけるチッソと同じです。同社は液晶部材で稼ぎ、水俣病の補償を長くやってきました。

 世界の経営史でこんな会社はありません。みんな逃げるか、潰れてしまうのです。儲かる仕組みがあり、新しい技術者が入って、賠償を続けています。50年経ったら東電は立派な会社だったね。と言われるように今、頑張らないといけません。

 水俣の町は環境問題のために世界で有名になりました。賛成か反対かではなく、こうした前向きな話をしていくべきです。

 少し話が逸れますが、日本の反原発勢力が説得力のある反原発政党を育てられなかったのは、対案を示さないからです。

 ドイツの緑の党は、一言で言うと石炭をうまく使いながら原発を減らしていく政策です。石炭ももちろん反対ですが、本当のところで反対しません。

 日本のように原発も火力もダメだと、選択肢は省エネと再エネしかなく、対案が作れません。時間の稼ぎ方の対案がないのです。
東電に批判的な人の間でも、具体的な対案について議論は活発になされていません。そうした状況の中で議論が深まらず、先送りの案が採用されているように映ります。

橘川:これまでの東電改革は、ごまかしが続いてきました。官邸は原発の建て替えを言いません。政治は次の選挙までの短期的な視野で考えています。資源エネルギー庁は様々な問題を分かっていますが、官邸と次のポストを気にして、結局は3年先しか考えていません。

 東電問題がすっきりするのは、政治家と官僚にとってリスクなのです。東電という悪者がいるために、自分たちに批判の矛先が向かないからです。

 最初は東電を悪者にして、その悪者の範囲を電力会社からガス会社に広げて、自由化のみに力を入れ、電力会社やガス会社を叩く構図が必要なのです。その一方で原発や東電については、できるところまで問題を先送りしたいのです。私には、政治家や官僚は東電が改革にもたもたしていることを望んでいるとしか思えません。