初めて撮影された「福島第1」1号機格納容器の底部

デブリに挑む 初めて撮影された「福島第1」1号機格納容器の底部 技術者が直面した「想定外」

http://www.sankei.com/images/news/170603/prm1706030016-n1.jpg
福島第1原発1号機の原子炉格納容器内部調査に使われたロボット、ピーモルフ(国際廃炉研究開発機構提供)

 原子炉格納容器の暗闇の中に、さびたような茶色いバルブ、落下物、そして大量の堆積物が、次々と姿を現した。今年3月、東京電力福島第1原発1号機で行われた格納容器の内部調査。自走式ロボットの開発、遠隔操作などに現場責任者の一人として携わった日立GEニュークリア・エナジー主任技師、岡田聡さんは「燃料デブリ(溶け落ちた核燃料)は見えなかったが、今まで全然分からなかった格納容器底部の状況がこれだけ分かるようになった。大きな成果だと思う」と胸を張った。(社会部編集委員 鵜野光博)(5月22日の記事を再掲載しています)

「ピーモルフ」投入
 3月18日午前。白いタイベックスーツ(防護服)に身を包んだ作業員4、5人が、内径10センチのガイドパイプを通じて、自走式調査ロボット「ピーモルフ」を格納容器内部に投入した。ピーモルフはパイプからの投入時には長さ約70センチの棒状で、「コ」の字型に変形しながら、グレーチングと呼ばれる作業用の格子状金網に乗り、その後は有線による遠隔操作で移動する。名前の由来は、格納容器の略称「PCV」と、昆虫の形態変化を意味する「メタモルフォーゼ」だ。

 燃料デブリがありそうな場所に来ると、金網の隙間から、カメラと線量計が一体となったセンサーをケーブルで水中に垂らす。得られた情報は遠隔操作室に送られ、走行用カメラ2台、ウインチ確認用カメラ、計測用カメラの4つの映像が同時にディスプレーに表示される。その映像は、やはりタイベックスーツ姿で遠隔操作室にいた岡田さんたちにとって、想定外のものだった。
「そろり、そろり」

 「今回もっとも想定外だったのは、堆積物なんですよ。3・11の前では、こんな堆積物は全くないですから」
 何かが格納容器の床に大量に積もっている。事前に、設計図の情報などから底面に近い配管の下に燃料デブリがある可能性が高いと推定し、その場所にセンサーを降ろそうとしたが、底面から約1メートルの高さにまで堆積物がある。配管は砂のようなものに覆われ、センサーはその下には進めない。その下に燃料デブリがあるのだろうか。しかし、底面を確認することはできなかった。
 岡田さんによると、遠隔操作室は淡々としていた。

 「堆積物があるから、ここまでだな」「おおよそ○メートルくらいだろうか」
 ピーモルフの操作は、事前に格納容器内を再現した設備などを使いながら習熟していた。格納容器内は無線が通じず、照明も当然ない。ピーモルフ自身の照明による狭い視野を頼りに、遠隔操作をしなければならない。その動きは「そろり、そろり」(岡田さん)。初日は午前の投入に成功した後、最初の測定点まで行ってセンサーを降ろし、次に数メートル先の次の測定点に移動したところで、作業が終了した。

 作業が慎重になる理由の一つには、2年前、平成27年4月の前回調査の経験があった。
2年前は痛恨の「脱輪」
 前回調査では、2台のロボットを初めて1号機格納容器内部に投入。燃料デブリ取り出しに向けて、容器内に大きな損傷がないことなどを確認する成果を挙げた。しかし、最初の1台は途中で脱輪して走行不能となり、回収を断念。続けて投入した2台目も、格納容器内部の撮影とは別に、自身の走行のために使う監視カメラが放射線の影響で壊れて使えなくなり、やはり回収を断念した。

 「われわれも前回、落ちたくて落ちた(脱輪した)のではなくて、そういう難しさがあるんです。前回と今回の調査では全くコンセプトが違うが、反省という意味では脱輪を繰り返さないようにした。その手段は足下をよく見る、周りをよく見る。とにかく時間がかかるんですよ。神経をすり減らしながら、ゆっくり、ゆっくり走っていく」

 岡田さんの1日の作業時間は3~6時間程度。ピーモルフ投入場所と比べて遠隔操作室の放射線量は大幅に低いが、それでも数時間での交代を繰り返し、作業に当たった総人数は5日間で約60人に及んだ。
帰還したピーモルフ

 ピーモルフは予定していた10地点での調査を終え、無事に投入場所のガイドパイプへと戻ってきた。シールボックスと呼ばれる容器の中に入って格納容器から離れ、現在もシールボックスに入っている。放射線源が付着しているため「人間が触れるものではない」(岡田さん)が、2台が回収されなかった前回と比べれば大きな前進だ。
 「長い時間をかけて準備してきた調査作業が、予定通り終了したときは喜びを感じた」と岡田さん。そして「ピーモルフの目的は達成したので、ロボットとしては100点。しかし、われわれはロボットを生業にしているのではなく、一日も早く燃料デブリを取り出すことを生業にしているので、両手を挙げて喜ぶわけにいかない」と表情を引き締め、こう続けた。

 「もちろん、堆積物があり、燃料デブリが見えなかったことは残念だが、それも一つの事実であり、重要な情報。落胆はしなかった。今回の調査はこういう状況だった。次はどうするか。それを考えることが大事です」

 ■燃料デブリ原発の燃料が溶けて固まったもので、高い放射線を出す。福島第1原発では、1~3号機の原子炉内にあり、廃炉作業では燃料デブリの取り出しが最大の難関となっている。デブリの状況を把握するため、ロボットのほか宇宙線を使った調査も行われているが、その正確な位置などはほとんど分かっていない。廃炉作業の工程を定めた「中長期ロードマップ」では、今年夏ごろに各号機ごとのデブリ取り出し方針を決めるとされている。