龍馬「最長」の手紙の実物発見 寺田屋事件を振り返る記述

龍馬「最長」の手紙の実物発見 寺田屋事件を振り返る記述

http://www.sankei.com/images/news/170626/lif1706260013-n1.jpg
坂本龍馬が記した中で「最長」といわれ、焼失したとみられていた手紙の一部(高知県提供)

 坂本龍馬が記した中で「最長」といわれ、大正2年に火災で焼失したとみられていた手紙のうち、6枚を北海道の男性が所有していることが分かった。

 手紙は龍馬が長崎で記したとされ、慶応2年12月4日付。写本から内容は全て判明しており、6枚は手紙全体の約4割とみられる。兄の権平らに宛て、幕府側の襲撃を受けた寺田屋事件の話などをつづっていた。

 龍馬の遺品は明治33年ごろ北海道に移った子孫が保管していたが、その多くが大正2年の火災で焼失。「最長手紙」のうち1枚は京都国立博物館京都市)が所蔵しているが、それ以外は焼けたとされていた。
 
手紙には、龍馬が寺田屋事件を振り返り「うれしかったのは、京都の藩邸にいた西郷隆盛がこの事件の一報を聞き、短銃に弾を込めて、私を伏見まで助けに来ようとしてくれたこと」といった内容を記載。負った傷と治癒の経過なども詳細につづっている。

 手紙は、当初、龍馬のおい・直の妻が持っていたらしい。昨年秋、男性が高知県立坂本龍馬記念館高知市)に有償譲渡を申し入れていた。今後、県が購入し、県内の博物館や同記念館などで公開を予定しているという。