「おれは見ない」と宮崎駿監督が観賞を拒否した「メアリと魔女の花」

「おれは見ない」と宮崎駿監督が観賞を拒否した「メアリと魔女の花」 ジブリの呪縛から解放された監督が作った魔法の物語


http://www.sankei.com/images/news/170702/prm1707020006-n1.jpg
メアリと魔女の花」縮れた赤毛がコンプレックスの少女、メアリが主人公

 「借りぐらしのアリエッティ」(2010年)、「思い出のマーニー」(14年)で知られる米林宏昌監督(43)が、スタジオジブリ退社後初めて手がけた「メアリと魔女の花」が7月8日、全国公開される。英国の児童文学が原作で、偶然に魔法の力を手に入れた少女の活躍を描いたファンタジー作品。「魔女というより、魔法についての物語。宮崎(駿)監督なら絶対に反対した企画です」と笑う米林監督に話を聞いた。(聞き手 文化部 岡本耕治)
魔法を失うヒロイン、震災でさまざまなものを失った私たち

 《本作は、アニメ製作会社の「スタジオジブリ」の制作部門が14年に解散したのを受け、ジブリを退社した西村義明プロデューサーと米林監督が立ち上げた「スタジオポノック」の第1回作品。キャッチコピーは「魔女、ふたたび。」。巨匠、宮崎駿監督(76)の名作「魔女の宅急便」(1989年)と比較されやすい題材をなぜ選んだのか》

 「ジブリだったら絶対に通らない企画。宮崎監督が『魔女はもうやったからいい』と言うに決まってる(笑)。だけど、全然違う話なんです」
 「『魔女の宅急便』は、才能のある魔女が、スランプから復活する物語。『メアリと魔女の花』は、普通の女の子が偶然、不思議な力を手に入れるけれど、一番肝心なときに力を失う。そのとき、彼女に何ができるか、という話です」

 「現代は、パソコンのボタン1つで物が買える。また、東日本大震災以降、信頼していたさまざまなものが失われるのを目の当たりにしてきました。こうした便利さや信頼って、魔法みたいなもの。それが失われても、それでも前に進むんだ-という物語が作れれば、今、魔女を描く意義はあると思ったんです」
宮崎駿監督からの解放、一から作る苦しみ

 《初めてスタジオジブリを離れてのアニメ製作はどのようなものだったのか》
 「数々の名作を生んだ(ジブリ作品のオープニングの)『青いトトロマーク』を冠した作品を作るのは重責。それに、宮崎監督のチェックが入る。好みに合わなければ、抑え付けられて、つぶされてしまうんです」

 「今回は、宮崎監督にも一切相談せず、そういうものから解放されて、自由に作れました。ただ、ジブリには優秀な人材が集まっていたし、次回作というだけで多くの人が期待を寄せてくれた。そんな“魔法”を失い、一から作品を作るのは大変でした」
 「製作は遅れに遅れ、今年1月には心配した宮崎監督が『大丈夫か?』と様子を見に来てくれました。差し入れのメロンパンをたくさんもって(笑)。ありがたかったですね」

 メアリと魔女の花」縮れた赤毛がコンプレックスの少女、メアリが主人公
思い出のマーニー」の逆をやろう
 《作品を見たジブリ鈴木敏夫プロデューサーは、「ジブリの呪縛から解き放たれると、こういう映画を作るのか。素直にのびのびといい作品を作ったね」。(「火垂るの墓」などの)高畑勲監督も「好感の持てる映画」と語ったが、宮崎監督は「おれは見ない」と鑑賞を拒否したという》

 「だけど、6月中旬に完成報告に行ったとき、宮崎監督は『よくがんばった』とねぎらってくれました。作り上げること自体が大変なのは、よく分かっているんです。完成して、お客さんのもとに届けられて、本当によかったなってしみじみ思いました」

 《前作「思い出のマーニー」は静かな語り口が特徴だったが、今回はメアリが力いっぱい駆け回る冒険活劇だ》
 「『マーニー』の逆をやろう、というところからスタートしました。『マーニー』の主人公、杏奈とは正反対で、思ったらすぐ前に走り出す女の子を主人公にしたファンタジーを描こう、と」

 「アニメーターにも、動きの描写が得意な方に集まってもらいました。僕の想像と全然違うものが仕上がってきて、積み重なっていくのがとても面白かった」
 「たとえば、魔法で変身させられた動物たちが、次々と元の姿に戻っていく場面は、ジブリ作品を多く手がけ、『スーパーアニメーター』と呼ばれている田中敦子さんが手がけました。どういう感じで鹿や猿が元の姿に戻るかは、ほぼお任せの状態でしたが、素晴らしい描写で、本当にうれしかった」

 メアリと魔女の花」縮れた赤毛がコンプレックスの少女、メアリが主人公
20年間もジブリに。そりゃ似ます

 《劇中には過去のジブリ作品を思い出させる映像がそこかしこに登場する。真意はどこにあるのか》
 「偶然です(苦笑)。入道雲や大木が出てくると『天空の城ラピュタ』(1986年)だ! とか、崖に板が打ち付けられた階段を見て『千と千尋の神隠し』(2001年)だ! とか言われるんだけど、よくある題材なんですよ」
 「だいたい仕方がないんです。僕は20年間もジブリでやってきたんですから。そりゃ似ます。似るんですよ」

 《メアリの声を生き生きと演じた演じた女優も杉咲花とは、『マーニー』に続いて2度目のタッグとなる》
 「彼女は天才です。こっちの想像の斜め上の声を出してくるので、「この役って、そういう子だったんだ!」と、監督の僕が教えられることが多い」

 「特に好きなのは、杉咲さんの『いひひ』っていう笑い方。これが嫌みがなくて、すごくいいんです。メアリは嘘をついたり、調子に乗ったりと、演じる人によっては嫌われるキャラクターなんだけど、彼女が演じると、『しようがないな』って思えてしまう」
 「声の収録の時、杉咲さんが調子に乗って、『今のは40%の力ですね』とか言ったりする。『おいおい』って思うけれど、なんか許しちゃうんですよねえ」

本当に子供のために作った映画が必要だ
 《昨年大ヒットとなった「君の名は」(新海誠監督)や「この世界の片隅に」(片渕須直監督)、今年、仏のアヌシー国際アニメーション映画祭で長編アニメ部門の最高賞を受賞した「夜明け告げるルーのうた」(湯浅政明監督)など、日本アニメに脚光が当たっている》

 「日本のアニメは、もっといろいろなものがあった方がいいと思います」
 「最近は、中高生など高い年齢層向けの作品が多く、子供向けのファンタジー娯楽作があまりない」
 「子供向けというと、商業的なゲームのキャラクターやシリーズものの映画が多く、本当に子供のために考えて作ったような作品、つまりジブリが作ってきたようなものが少ない。そういう作品が日本には必要だし、これから僕らが作っていきたいと思っています」

 「今回、ジブリで一緒に働いていた仲間が多く集まってくれましたが、『ジブリは会社じゃない』と思いました。みんなの心の中にジブリの哲学が生きている。ジブリで大切にしていたものを守って描いていきたいと思っています。

 ●あらすじ 原作は英の児童小説。田舎の村に引っ越してきたメアリ(声・杉咲花)は、森の中で魔女の国から盗み出された花「夜間飛行」を発見。花の力で一夜限りの魔法使いとなり、魔法の国を訪れる。しかし、人間であることを知られてしまい、大きな騒動に…。

 ●米林宏昌(よねばやし・ひろまさ) 1973年石川県出身。96年にスタジオジブリに入社後、「もののけ姫」(97年)や「ハウルの動く城」(2004年)「崖の上のポニョ」(08年)などに参加。「借りぐらしのアリエッティ」(10年)で監督デビューを果たし、2作目「思い出のマーニー」(14年)は米アカデミー長編アニメ賞にノミネートされた。