EV大国めざす中国 「日本車外し」へ布石

EV大国めざす中国 「日本車外し」へ布石  編集委員 村山宏

 電気自動車(EV)の国際競争力調査で日本が1位から陥落し、中国がトップを奪った。ドイツのこんな調査結果が明らかになった。大気汚染に苦しむ中国はEVの普及を後押ししており、販売台数は実は世界で最も多い。早ければ2018年から新エネルギー車の販売を義務づける規制を導入する予定だが、日本勢が得意とするハイブリッド車はこの新エネ車には含まれない。中国はEV政策をテコに日本企業の自動車産業での優位性をくつがえそうとしているかのようだ。

 中国ウェブサイトの騰訊汽車は6月20日、ドイツのコンサルティング会社ローランド・ベルガーと自動車研究機関fkaが共同で実施している電気自動車(EVだけでなくプラグインハイブリッド車=PHVを含む)の国別競争力調査の結果を掲載した。今年の第1四半期に発表された結果では日本が1位だったが、第2四半期には中国が1位となった。2位は米国、3位はドイツで、日本はトップ3には入れなかった。

 順位は技術、産業、市場の3要素で判断しており、日本は技術、産業では3位だが、中国は産業で1位、市場でも2位となった。この調査は従来、日本のメディアも伝えてきたが、1位から陥落した今回はあまり報道されていないようだ。統計を見ると、中国に日本が規模で逆転されている状況は明らかだ。日本のEV・PHVの乗用車販売台数は12年以来、3万台前後で横ばいだが、中国は12年の約1万2千台から16年には約33万台に伸びた。

 国際エネルギー機関(IEA)による調査でも、EV・PHVの累計台数は昨年、中国が65万台で米国の56万台を抜いて世界一になった。中国が短期間で電気自動車大国へと変貌したのは政府の手厚い補助があったからだ。消費者は減税の恩恵を受け、メーカーは補助金を得てきた。大都市では自動車登録は制限されているが、EVならば優先的にナンバーを取得できた。有料道路や駐車場の料金を優遇する試みもある。

 日本はトヨタ自動車プリウスなどモーターとガソリンエンジンを併用するハイブリッド車(HV)の普及が進んだ結果、EVやPHVの市場拡大で中国の後じんを拝してしまった。

■EVでエンジン車の不利の挽回狙う
 中国へのEV投入も遅れている。日本の自動車メーカーにすれば当面はHVでつなぎ、いずれ燃料電池車(FCV)を新エネ車の本命として育てようと考えていたのだろう。そんな日本企業を慌てさせているのが中国が来年にも導入する予定の新エネ車の規制だ。

 この規制では中国内の事業規模に応じ、完成車メーカーに一定の新エネ車の生産、販売を義務付けるが、新エネ車の概念のなかに日本企業が得意とするHVは含まれていないのだ。米国カリフォルニア州の、走行中に排出ガスを一切出さない、ZEV(ゼロ・エミッション・ビークル)規制にならった内容になるとみられる。HVはエンジンを使っているため、排出ガスをゼロにはできない。慌てたトヨタホンダは相次いで中国にEV、PHVを投入する意向を明らかにしている。

 中国がHVを排除したのは環境対策という錦の御旗があればこそだが、意地悪く深読みすると日本車の優位を崩したいという思惑もあるように感じる。中国のメディアでは「中国はなぜ自動車産業だけはだめなのか」といった議論が絶えない。世界の工場として家電やスマートフォンスマホ)などの情報端末を大量に輸出し、高速鉄道だけでなく国産旅客機も輸出可能な水準に近づきつつある。ところが自動車だけは日本との差を埋められずにいる。


 中国は昨年、2800万台を超える自動車を生産したが、輸出は実質前年割れの約71万台にとどまったようだ。中国内の自動車販売でも日系ブランド車がじわりとシェアを上げている。中国の自動車産業の問題点を突き詰めると、裾野産業の脆弱性に行き着く。とりわけ最も重要な機関であるエンジンの性能は組み立て技術とともに部品の質に大きく依存している。エンジンの部品点数は数え方次第で1万~3万点に上るが、部品を供給する企業の鋳造、鍛造技術も優れていなければならない。

 言うまでもなく中国の部品産業は日本に差をつけられている。HVもエンジンを使っていることには変わりはなく、HVを新エネ車に認定すれば中国企業に勝ち目はない。EVはどうだろう。モーターの部品点数は100点程度で済むと言われる。中国には電子部品メーカーがひしめいており、EVへの参入は難しくない。中国にとってはエンジン部品の精度を高めるよりもEVに進む方が自動車産業の劣勢を挽回しやすい。

 実際、中国のEVではベンチャー企業の新規参入が多い。NIOのブランド名で知られる蔚来汽車(NextEV)はネット企業の騰訊控股(テンセント)などから出資を受けている。資金繰りなどで毀誉褒貶(ほうへん)のある楽視網信息技術(LeEco、EVのブランド名はLeSEE)は動画配信事業から参入した。先に紹介したドイツの比較調査でも中国の電気自動車の躍進は「新興企業の多さと資金力にある」と評している。

スマホの失敗繰り返すな
 こうした中国の勢いに対し「日本はバッテリーなどEVに不可欠な技術に厚みがあり、心配は要らない」という意見もある。バッテリーでは米テスラはパナソニックと関係を深め、日産自動車NECと手を組んできた。日本の技術と企業がなければ世界の電気自動車産業は成り立たないだろう。だからといって楽観的に考えすぎるのも危いかもしれない。というのもスマートフォンなど電子機器での日本企業の失敗が脳裏に浮かぶからだ。

 スマホの電子部品でも日本企業は高い競争力があったが、最終製品の世界シェアは米アップル、中国の華為技術(ファーウェイ)の足元にも及ばない。スマホの基本ソフト(OS)はアップルや米グーグルが握り、アプリを含めた全体のシステムでも米国が優位な立場にある。一方、中国はスマホの基幹部品を日本企業に頼りつつも世界の半数以上を組み立てている。電子機器はモジュール化が進み、組み立て事業の難度が下がったことが大きい。

 スマホの世界では、日本企業は部品提供事業にとどまり、システムは米国、組み立ては中国という米中協業時代になっている。全体のシステムを含めた最終製品を持たなければどれだけ優秀な部品、技術があっても産業としては不完全であり、最終製品がなければネットを含めた関連ビジネスでも不利になってしまう。自動車も端末の一種と見なされつつあり、自動運転などシステムの覇権を握るうえでも最終製品のシェアが物を言う。
 新エネルギー車の覇権争いでは、日本は再び米中にはさまれようとしている。ここでスマホの悲劇を繰り返してはならないだろう。
村山宏(むらやま・ひろし)
1989年入社、国際アジア部などを経て現職。仕事と留学で上海、香港、台北バンコクに10年間住んだ。アジアの今を政治、経済、社会をオーバーラップさせながら描いている。趣味は欧州古典小説を読むこと。アジアが新鮮に見えてくる。