米国がもくろむ 対北朝鮮「第3のシナリオ」

米国がもくろむ 対北朝鮮「第3のシナリオ」

2017/8/29 20:32 日本経済新聞 電子版
 世界の圧力を無視し、日本の上空を越えてミサイルを発射した北朝鮮。この危機は、やがて戦争になってしまうのか、それとも外交で彼らの暴走を止められるのか。トランプ米大統領ですら、明確な答えを持っていないだろう。
 関係者らの話をつなぎ合わせると、開戦か平和解決という両極端の結末だけでなく、米軍が秘密作戦を試みるなど、和戦の中間シナリオもあり得るように思える。
 これまで、トランプ氏が外交解決に軸足を置いてきたのは明らかだ。とはいえ、この路線が奏功する確信があるわけではない。
 「このオプションをどう思うか」。7月31日、安倍晋三首相との52分間の電話では、今後の選択肢についてそっと打ち明け、安倍氏の意見を聞くやり取りが中心だったという。8月15日の電話(約30分間)も同様だった。特に、彼が判断しかねているのが、どこまで中国が頼りになるかという見極めだ。今回の発射で、その迷いはさらに深まるにちがいない。

 それでも米国は当面、中国と協力し、外交で北朝鮮の核ミサイル配備を阻む努力を傾けるだろう。にもかかわらず期待した成果を見込めないなら、米国はそう遠くない将来、この路線を再考せざるを得ない局面を迎える。核弾頭を積んだ大陸間弾道ミサイルICBM)を北朝鮮が配備し、米本土が核攻撃の本物の脅威にさらされる日が迫っているからだ。

 米政権は当初、そうした事態に陥るまでに約2年の猶予があるとみていた。だが、国防情報局は最近、来年にICBMが配備されかねないとの分析に転じた。
 問題はそうなったとき、米国がどのような対応に出るのかだ。ざっくり言って、2つの選択肢がある。ひとつは北朝鮮の非核化をあきらめ、それを使わせない抑止策に重点を移すことだ。オバマ前政権のライス元大統領補佐官が最近、こんな意見を唱えた。

 もう片方の対応はその逆だ。軍事行動を辞さない姿勢をさらに強め、北朝鮮に核ミサイルの廃棄を迫る。それでもだめなら、本当に軍事作戦の準備に入るという、ぎりぎりの強硬路線だ。
 このどちらになるか、日米韓の識者らに聞いても予想は割れる。だが、あえていえば、私は後者の方が可能性が高い気がする。

 以前、私は本欄で、米国が先制攻撃に出るのは難しい、と指摘した。北朝鮮からの反撃で、韓国内でも数万~数十万人の死傷者が出るという試算があるためだ。
 この読みはいまも同じだ。ただし、北朝鮮ICBMが配備され、米本土の大都市が壊滅させられる危険が現実になったら、話の前提は変わる。北朝鮮から核の脅迫を受けながら生きることを、米国が甘受できるとは思えないからだ。実はこんな秘話もある。
 米太平洋軍が司令部を構えるハワイ州。6月19~21日に日米韓から計約40人の当局者と識者が集まった。各国別のチームに分かれ、北朝鮮危機をテーマに非公開の模擬演習をするためだ。主催したのは米シンクタンク。細かな事前の擦り合わせはなく、ぶっつけ本番の演習である。その結果は衝撃的だった。参加者によると、次のような展開になったという。

 【フェーズ(1)】北朝鮮が6回目の核実験を実施し、核を積んでいるとみられるミサイルを発射台に置いた。米国は警告として、平壌市内の金日成元主席の銅像をミサイルで壊した。

 【フェーズ(2)】北朝鮮は挑発を強め、韓国の離島を攻撃。米国は「核ミサイル」の発射を阻むため、韓国の制止を振り切って先制攻撃を強行し、ミサイルの発射台を破壊した。
 演習はここで終わった。あくまでも仮想のゲームである。ただ、この結果は、核ミサイルを北朝鮮が配備すれば、情勢が一変し、軍事衝突につながりかねない現実を暗示している。実際に、米国はひそかに軍事作戦の中身を詰めている。内情に通じた米安全保障専門家によると、米軍首脳はすでに約10通りの作戦案をまとめ、ホワイトハウスに提示したという。
 もっとも、これらはいざという場合に備えた「保険」のようなもので、実行への準備が加速しているわけではない。元軍人のマティス国防長官らは「戦争の悲惨さを知り抜いており、性急な攻撃には極めて慎重だ」(元米高官)。

 それでも将来、米国が軍事行動は避けられないと判断した場合、どんな展開が考えられるのだろうか。(1)全面攻撃(2)限定的な空爆(3)特定の標的に対する秘密作戦――の3つのパターンがある。
 日米の安保専門家らによると、米政権が(1)を選ぶという予測はほとんど聞かれない。甚大な犠牲を強いられる韓国が反対するうえ、中国の出方も読めないからだ。逆に「あり得る」との見方が多いのが、(3)の秘密作戦だ。
 核やミサイルの地下施設を狙うのは難しいにしても、北朝鮮軍の通信網を破壊したり、潜水艦をひそかに沈めたりすることはできるかもしれない。それにより、金正恩キム・ジョンウン)委員長に米国の軍事力と決意を思い知らせ、核ミサイルの放棄を迫る。そんな威嚇のための軍事作戦だ。

 政権を転覆したり、38度線を越えて侵攻したりする意図はない――。ティラーソン国務長官はこんな趣旨の発言を繰り返す。将来、米国が秘密作戦を実行したとき、北朝鮮が過剰反応し、全面戦争に走るのを防ぐ。優しく響く彼の発言には、そんな地ならしの思惑も含まれているのかもしれない。
(本社コメンテーター 秋田浩之)