焦点:独自動車大手のEV量産戦略、テスラに対抗

焦点:独自動車大手のEV量産戦略、テスラに対抗

[フランクフルト 4日 ロイター] - 独自動車大手BMW(BMWG.DE)とダイムラー(DAIGn.DE)は、従来型自動車を基に新しい電気自動車(EV)を量産できると考えている。米EV大手テスラ(TSLA.O)や他の新興メーカーの脅威をそらすには、より革新的なデザインを採用する必要があるとの一部関係者の懸念は無視する構えだ。
EV開発には2つの方法がある。テスラのように白紙の状態からデザインするか、内燃エンジン、電気モーター、またはハイブリッド型のいずれでも対応できる伝統的な自動車のプラットフォームを使うか、だ。
電気モーターはガソリンやディーゼル車のエンジンより小さいため、白紙状態から車体をデザインすれば、より広い室内スペースを確保することができる。
問題は、独特の車体デザインのための専用生産ラインと、新たな高額の工場設備が必要になることだ。
BMWは、車体に炭素繊維を使ったEV「i3」と「i8」の生産設備に巨額を投じたが、販売台数が伸びず、手痛い教訓となった。

「電気自動車を生産するのは簡単だ。だが稼ぐのは難しい」と、BMWの研究開発部門責任者のクラウス・フレーリッヒ氏は言う。
BMWが「i3」を発売した2013年以降、バッテリーの性能は40%向上。自動車メーカーは、ガソリン車に使われるものと同じ重い車台を使っても、1回の充電の航続距離が500キロの電気自動車を作れるようになった。
独自動車大手は、これによりEV専業メーカーより優位に立てると考えている。
テスラが今年発売した普及価格の「モデル3」で自動車市場の主流に参入するなか、BMWは戦略を転換し、通常車の「バッテリー駆動バージョン」を投入することでEVを量産する方針を決めた。
フレーリッヒ氏は、1つのパワートレーン(動力伝達装置)に特化した車体デザインはもはや必要ないと述べた。
BMWは、人気のスポーツ用多目的車(SUV)「X3」の完全電気版を2020年までに発売する準備を進めている。またメルセデス・ベンツは、ベストセラーのSUV「GLC」をベースにしたEVの「EQ」を2019年に発売する。

BMWが開発中の新EV「i Vision Concept」は、今後開発される「3シリーズ」のものと同じ車台を利用する。
電気版とガソリン版の車は同じ生産ラインで作られるため、EVの需要に柔軟に対応できるようになる。
BMWは、i3の寿命を伸ばすため、デザインを一新して新たなバッテリーも搭載した。
だが全体の戦略としては、大量生産ラインをオーバーホールし、必要があれば生産を急拡大する方向だ。
EVの需要は、価格が高く充電設備が十分でないことから低迷している。だがそれは、バッテリー価格の下落が続けば変わるかもしれない。
「バッテリーのコストが下がってきている。収益率を上げることができるだろう。その点では、われわれは良い競争の立ち位置にある」と、メルセデス・ベンツを所有するダイムラーのディーター・ツェッチェ最高経営責任者(CEO)はロイターに語った。
メルセデス・ベンツは、これと並行してEVと自動運転車専用のプラットフォームの開発も進めているが、投入時期はEVの第一波が広まった後になる。

もしテスラの高級自動車市場への量産攻勢が成功すれば、最も打撃を受けるのは、メルセデス・ベンツBMWフォルクスワーゲン(VW)(VOWG_p.DE)傘下アウディ(NSUG.DE)のドイツ3大高級車メーカーだ。

テスラは、赤字ではあるが昨年は8万3922台のEVを生産し、EV販売台数ではすでにこれら3メーカーを大きく上回っている。BMWは昨年「i3」を2万5528台販売した。メルセデスは、BクラスのEV販売台数を公表していない。両社とも、全体では昨年それぞれ200万台以上を販売している。

独メーカーはこれまで、バッテリー価格が高すぎて利益を出すのが困難だとして、EV量産に抵抗してきた。
バッテリー価格は下落したが、それでも航続距離500キロのバッテリー価格は1万4000ドル(約160万円)で、一方の内燃エンジン価格は5000ドルを下回ると、バーンスタインのアナリストは計算している。
<根本的な欠陥>
中国の新興EVメーカー「フューチャー・モビリティ」のカーステン・ブライトフェルトCEOは、新たなEVとして、また新たな消費者体験のプラットフォームとしてのポテンシャルを解き放つには、自動車の概念は再考されなければならないと話す。
「量産体制を適合させて電気自動車、ディーゼル車、プラグインハイブリッド車を生産しようというのは、根本的に間違っている。なぜなら、妥協した製品になるからだ」と、ブライトフェルト氏はロイターに語った。
ブライトフェルト氏はかつてBMWのEVトップ技術者で、「i8」の開発を担当した。その後、量産自動車メーカーはもはやEVのデザインを主導できないと感じて退職した。
ブライトフェルト氏は、今後起きるEV需要の急増に、既存車の車体に電気モーターを搭載することで対応しようという独メーカーの戦略は、誤りだとみている。

米アップル(AAPL.O)が「iPhone(アイフォーン)」でフィンランドの通信機器大手ノキアから市場を奪った約10年前の「ノキア・モーメント」のように、新参企業が革新的なデザインを手に市場の支配権をつかむ時が来たら、対抗できなくなると考えているからだ。

「テスラの電気自動車は先駆的だった。皆が今、それを開発しようとしている。次のステップは、(インターネットに常時接続する)コネクテッドカーだ。利用者にとって全く新しいデジタル体験になるだろう。ノキアからスマートフォンへの移行にあたるものだ」と、ブライトフェルト氏は述べた。

これが間違いなく流れになると考えた同氏は、2015年にBMWを退職した。退職前は、白紙からのEV開発を担当する小さなチームに属していた。
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このチームのプロジェクトは、米アップルの関心を引いた。BMWとアップルは2014年に提携を模索したが、最終的には別々の道を行くことになった。
独メーカー各社はその後、家電メーカーやテクノロジー企業が自社の車に及ぼす影響を最小化することに注力し、地図・位置情報サービス「ヒア(HERE)」を共同で買収した。これは、アップルやグーグル (GOOGL.O)が提供する地図への依存を減らそうとした一手だ。
ブライトフェルト氏は、こうした「守りの姿勢」は、自動車メーカーが家電製品の革新的技術発展をうまく利用できていないことを意味している、と指摘する。

対照的にフューチャー・モビリティの車は、(自動運転車が一般的になった将来に予想される)「パッセンジャーエコノミー(乗客経済)」市場を取り入れられるようデザインされているという。例えば、利用者が車内で映画を見たり、友人とチャットしたり、ネットサーフィンを楽しんだりできる。


「アップルはプラットフォームを作り、その上で行われる全てのやりとりから利益を上げている。われわれは顧客にコンテンツを提供していく」と、ブライトフェルト氏は、映画やエンターテインメントやサービスを販売する戦略について語った。
「そのためには、全く違うアーキテクチャーと、コンピューティング基盤が必要だ」
自動車業界の出身者は、既存の大手メーカーをひっくり返すのは、多くのテクノロジー業界幹部が考えている以上に難しいと話す。
テスラ出身で、今は独自動車部品メーカーのボッシュROBG.ULでカーエレクトロニクス部門の責任者を務めるハリー・クルーガー氏は、これまで数多くのテクノロジー企業が自動車分野で失敗してきたと指摘する。
「あの古き良きハードウエアに、どれほどの精巧さが詰まっているか過小評価する傲慢にはリスクが伴う。車を作り上げている各部品には130年分の進化があり、 痛い目にあって学んだ教訓も込められている」と、クルーガー氏はロイターに語った。

「ガジェット(電子機器)なら動作異常が起きてもどうということはないが、われわれが扱っているのは、時速160キロで走るものだ。(PCのように)『死のブルースクリーン』が突然現れるような事態は誰も望まない」
真に革新的なデザインには、厳しい安全基準という制約も課されている。車のブレーキを制御するチップが、車内の情報・娯楽を提供するインフォテインメントシステムを同時に制御することは、認められないだろう。
「曲をダウンロードしている時に異常が起きたらブレーキが作動した、というようなことがあってはいけない」と、クルーガー氏は言う。同氏によると、ハッカーがインフォテインメントシステムに侵入して自動車を操作した事例がすでに起きている。

テスラは独大手メーカーの脅威になり得るが、それは来年までに生産台数を50万台に拡大できた場合だ。また結局は、シリコンバレーの企業は、新参企業のように行動するのではなく、独大手を模倣することで自動車業界で成功を収めることになるかもしれないと、クルーガー氏は言う。

「テスラには、古い自動車業界出身の技術者が何千人といる。それが、自動車を開発できた秘密だと思う」
(翻訳:山口香子 編集:伊藤典子)