EVでエンジンが消える? 苦悩する社長たち

EVでエンジンが消える? 苦悩する社長たち

世界の自動車市場で一斉に動き出した電気自動車への移行。「EVシフト」に、今、日本の自動車の部品業界がかつてない危機感を募らせています。動力がエンジンからモーターに変われば、7000点もの精密なエンジン部品が不要になってしまうからです。いったいどんな思いで、この急速なEVシフトを見つめているのか? 大手の自動車部品メーカーの社長を追いかけました。
(経済部記者 吉武洋輔)

エンジンがなくなる 募る危機感

私が取材したのは部品メーカーの「ケーヒン」。従業員は2万2000人。国内、海外に38の工場を持つ大手です。主力製品はエンジンにガソリンを吹きかける「インジェクター」など、エンジン回りの部品です。売上の85%はホンダ向けで、エンジン部品のトップメーカーの1つです。
そのケーヒンに衝撃を与えたのが、去年、三菱UFJモルガン・スタンレー証券が投資家向けに発表したリポート。EVシフトが進むと受注が3割減少する可能性があり、先行きが厳しいメーカーの1つと名指しされたのです。
日本経済を支える自動車産業は、トヨタやホンダなどを頂点に1次、2次、3次と、いくつもの部品メーカーが連なる巨大なピラミッド構造になっています。中でも基幹部品のエンジンは、7000点もの部品でできています。エンジンが主流でなくなると、影響はもちろんケーヒンにとどまりません。

EV化に苦悩する社長

そのケーヒンを率いるのが、去年、社長に就任した横田千年さん(59)です。もともとホンダのエンジニアで乗用車の開発をしてきました。大学生のころ、大ヒットしていた初代シビックに憧れホンダに就職。アメリカの大型V8エンジンの音だけを録音したレコード鑑賞が楽しみだったというほどの“エンジン好き”でした。
そんな横田社長が、皮肉なことに、エンジンからモーターへのEVシフトに直面しているのです。

横田社長: 私たちの会社は、売上げの半分くらいがエンジン部品系なので、非常に大きな影響があると思っています。エンジンだけじゃなくて、排気管から何から全部変わっていくので、過去100年間の仕事のやり方が全く変わっちゃうと思っています。取引先もたくさんいるので、自動車の電動化は、考えただけで恐ろしいことです。

ヨーロッパで見たものは…

9月に開かれたドイツ・フランクフルトのモーターショー。そこに横田社長の姿がありました。展示されている最新の電気自動車のボンネットを開けて、モーターや部品を食い入るようにチェックしていました。
ヨーロッパでは、7月にイギリス・フランス政府が2040年を目標にガソリン車やディーゼル車の販売を禁止することを相次いで発表。予想を超えるEVシフトが加速していることに焦りをあらわにしました。
横田社長: 去年9月のパリモーターショーの際に、「電気自動車が来るぞ」という話は聞こえてきましたが、この夏に英仏や中国がEV強化の方針を出して、いよいよ動き出したと。全部、たったこの1年の話です。思った以上に急激な流れですね。

変化に追いつけるか

ただ悲観的になるばかりではいけないと、横田社長はすでに動き始めています。ことし5月に発表した中期経営計画には、「次世代電動車技術の構築」という目標を盛り込み、電気自動車向けの部品開発を事業の中心に据えました。

「xEV事業戦略室」と名付けた組織も新設。さらに新卒の採用方針も大きく見直しました。10月はじめの内定式で目立ったのは電気工学専攻の学生。機械系の学生を減らし、採用の6割を電子系に“シフト”したのです。

さらにEV化を進める中国市場に新たな足がかりを築こうとしています。エンジン内に噴射するガソリンの量をコントロールする電子制御ユニットを応用して、電気をモーターに流す量をコントロールするユニットを開発。中国で売り込みを始めています。売上のほとんどがホンダ向けというこの会社にとって、迫るEVシフトを前に、どれだけ新規顧客を開拓できるかは会社の未来も左右します。

横田社長: 私たちのようなエンジン系の部品メーカーこそ、早めにかじを切らないと間に合わないと思います。電気自動車になると部品の数が減ります。それでも同等の売上げ、もしくは売上げを伸ばすということになると、もっと多くのお客さんに売っていかないと成り立ちません。
昔のように1社に供給していればよい、という時代じゃなくなってきた。中にいる従業員には大変なことですけど、なんとか電子部品の技術を深め、事業の中心に据えたいと思っています。

自動車ニッポンはどこへ

今、自動車業界の最大の関心の1つは、EVがどのくらいのスピードで、どのくらいの規模まで普及するかです。世界の自動車市場で電気自動車の割合は、今はまだ1%にもなっていません。1回の充電で走れる距離が、エンジンの車に比べて短いこと。価格が高いこと。電力・充電設備をどう確保するかも課題です。

このため「普及はまだ先」、「結局はそんなに普及しない」といった冷静な見方があります。巨大な産業ピラミッドを構築し、エンジン技術で世界をリードしてきた自動車業界ゆえに、電気自動車時代の到来を現実として受け入れたくないという思いも感じます。そんな中、“エンジン好き”の横田社長の次の言葉が印象に残りました。

横田社長: 車から排ガスが出ると、どうしても空気は汚れます。ハイブリッド車でも排ガスは出ます。地球にとって究極の理想は、排ガスを出さず再生可能エネルギーの電気で動く車です。先に進んでみないとわかりませんが、来るときはパッとくる。最後は電気自動車になるんでしょう。

こう話した時の横田社長の表情に焦りや不安はなく、もうやるしかないという覚悟がにじみ出ているようでした。
エンジンからモーターへ。ガソリンから電気へ。自動車業界に起こり始めた100年に1度の変化をどう乗り越えるか、自動車ピラミッドを支える経営者ひとりひとりの判断、手腕が、日本経済の行方も左右する可能性があります。