EVでエンジンが消える? 苦悩する社長たち
(経済部記者 吉武洋輔)
エンジンがなくなる 募る危機感
EV化に苦悩する社長
そのケーヒンを率いるのが、去年、社長に就任した横田千年さん(59)です。もともとホンダのエンジニアで乗用車の開発をしてきました。大学生のころ、大ヒットしていた初代シビックに憧れホンダに就職。アメリカの大型V8エンジンの音だけを録音したレコード鑑賞が楽しみだったというほどの“エンジン好き”でした。
そんな横田社長が、皮肉なことに、エンジンからモーターへのEVシフトに直面しているのです。
横田社長: 私たちの会社は、売上げの半分くらいがエンジン部品系なので、非常に大きな影響があると思っています。エンジンだけじゃなくて、排気管から何から全部変わっていくので、過去100年間の仕事のやり方が全く変わっちゃうと思っています。取引先もたくさんいるので、自動車の電動化は、考えただけで恐ろしいことです。
ヨーロッパで見たものは…
変化に追いつけるか
「xEV事業戦略室」と名付けた組織も新設。さらに新卒の採用方針も大きく見直しました。10月はじめの内定式で目立ったのは電気工学専攻の学生。機械系の学生を減らし、採用の6割を電子系に“シフト”したのです。
さらにEV化を進める中国市場に新たな足がかりを築こうとしています。エンジン内に噴射するガソリンの量をコントロールする電子制御ユニットを応用して、電気をモーターに流す量をコントロールするユニットを開発。中国で売り込みを始めています。売上のほとんどがホンダ向けというこの会社にとって、迫るEVシフトを前に、どれだけ新規顧客を開拓できるかは会社の未来も左右します。
横田社長: 私たちのようなエンジン系の部品メーカーこそ、早めにかじを切らないと間に合わないと思います。電気自動車になると部品の数が減ります。それでも同等の売上げ、もしくは売上げを伸ばすということになると、もっと多くのお客さんに売っていかないと成り立ちません。
昔のように1社に供給していればよい、という時代じゃなくなってきた。中にいる従業員には大変なことですけど、なんとか電子部品の技術を深め、事業の中心に据えたいと思っています。
自動車ニッポンはどこへ
今、自動車業界の最大の関心の1つは、EVがどのくらいのスピードで、どのくらいの規模まで普及するかです。世界の自動車市場で電気自動車の割合は、今はまだ1%にもなっていません。1回の充電で走れる距離が、エンジンの車に比べて短いこと。価格が高いこと。電力・充電設備をどう確保するかも課題です。
このため「普及はまだ先」、「結局はそんなに普及しない」といった冷静な見方があります。巨大な産業ピラミッドを構築し、エンジン技術で世界をリードしてきた自動車業界ゆえに、電気自動車時代の到来を現実として受け入れたくないという思いも感じます。そんな中、“エンジン好き”の横田社長の次の言葉が印象に残りました。
横田社長: 車から排ガスが出ると、どうしても空気は汚れます。ハイブリッド車でも排ガスは出ます。地球にとって究極の理想は、排ガスを出さず再生可能エネルギーの電気で動く車です。先に進んでみないとわかりませんが、来るときはパッとくる。最後は電気自動車になるんでしょう。
こう話した時の横田社長の表情に焦りや不安はなく、もうやるしかないという覚悟がにじみ出ているようでした。
エンジンからモーターへ。ガソリンから電気へ。自動車業界に起こり始めた100年に1度の変化をどう乗り越えるか、自動車ピラミッドを支える経営者ひとりひとりの判断、手腕が、日本経済の行方も左右する可能性があります。