大相撲はどうなる? 日馬富士の暴行事件は「謎」が多い

大相撲はどうなる? 日馬富士の暴行事件は「謎」が多い

横綱日馬富士暴行 2017.11.16 16:31更新

やはり大相撲は「伏魔殿」なのか。横綱日馬富士が平幕の貴ノ岩に暴行して頭部にケガを負わせていたことが発覚した。(臼北信行)


 10月末の鳥取巡業中にモンゴル人力士らが集まる恒例の酒席が行われた際、日馬富士貴ノ岩の言動に腹を立ててビール瓶を振り下ろすと素手で20発以上も殴打したとされている。日本相撲協会側に提出された貴ノ岩の診断書には「脳振とう、左前頭部裂傷、右外耳道炎、右中頭蓋底骨折、髄液漏の疑い」で「全治は2週間程度と考えられる」などと記されていた。

 11月5日から9日まで福岡市内の病院に入院した貴ノ岩は現在行われている九州場所を初日から休場している。さらに被疑者の日馬富士も初日から2連敗後、暴行問題が発覚した当日の3日目から負傷を理由に休場届を提出した。
 日馬富士の愚行はどうあっても許せるものではなく、弁解の余地などない。「横綱」と呼ばれる男が「暴行事件」という重大犯罪を引き起こしたのだ。今後土俵に上がることは不可能であり、引退、そして廃業は逃れられないだろう。

 すでに鳥取県警も傷害容疑で捜査し、日馬富士の聴取時期を検討し始めている。実力とともに品格が求められる「横綱」という地位に日馬富士はもはやふさわしくない。もともと酒癖が悪く、キレやすい側面も持っていたとささやかれているだけに「いずれ取り返しのつかない大きな問題を引き起こしてしまうのではないか」と心配する向きも少なくなかった。そして、それは悪い意味で的中。ようやく人気復興のメドが立ち、逆に大ブーム到来の予兆が漂いつつあった相撲界の勢いに日馬富士は完全に水を差すことになってしまった。
不可解な点が多い

 日馬富士の暴行は、他のモンゴル人力士たちのイメージも悪化させることへとつながりかねない。実際、酒席には横綱白鵬も同席していたことから「なぜ止められなかったのか」と同席者として思わぬバッシングを浴びてしまっている。このように余計な弊害まで生む要因へとつながってしまっているのだ。もともと白鵬はメディアや一部ファンから何かと「ヒール扱い」される一面もあるだけに心配される傾向だ。

 ただ、この問題には余りにも不可解な点が多過ぎる。最大の謎は貴ノ岩の師匠で巡業部長を務める貴乃花親方が10月下旬に警察側へ被害届を提出したにもかかわらず、11月14日まで協会側に報告していなかったことだ。11月2日の時点で被害届提出によって捜査に動き出していた鳥取県警から連絡を受けた協会執行部は少なくとも事態を薄っすらと把握はしていた。
 翌日の3日に調査に動き出した同執行部は日馬富士の伊勢ケ浜親方、そして貴乃花親方に電話でヒアリングも行っていた。ところが、ここで両親方はそろって「分からない」と答えていたという。この時点で貴乃花親方は被害届を提出していたにもかかわらず、なぜかダンマリを決め込んでいたのだ。

 暴行を受け、被害届を提出した直後の貴ノ岩、そして貴乃花親方の言動にも「?」が浮かぶ。暴行から1週間後の今月2日に貴ノ岩貴乃花親方は貴乃花部屋九州場所の宿舎を構える福岡県田川市の二場公人市長を表敬訪問していた。ここで貴ノ岩は「(勝ち星を)2けた目指してがんばります」と口にし、九州場所出場へ強い意欲を見せていたのは記憶に新しいところだ。

 暴行を受けたとされる10月25日の翌日、26日の鳥取巡業で貴ノ岩は土俵に上がり、勢との取組で勝利していた。「脳振とう、左前頭部裂傷、右外耳道炎、右中頭蓋底骨折、髄液漏の疑い」で「全治は2週間程度と考えられる」ほどの重傷を負っていたにもかかわらず、強行出場で勝ち星をつかんだ。多くの有識者からは「髄液漏の疑いがある容態のまま日常生活を普通に過ごせるとは考えづらい。ましてや取組で土俵に上がり、相手の力士と体をぶつけ合うのだから頭にもすさまじい衝撃が走る。ぶつかり稽古もこなすなんてまず不可能」との指摘も聞こえて来ている。


 ところが、これとは逆に「いや、暴行から2週間近く、稽古や巡業に参加したことで頭部に衝撃を受け続けて症状が悪化したことも考えられる。実際に頭部に衝撃を受けてから自覚症状がないまま、2~3週間後に違和感や変調を訴えて病院に駆け込むケースもある」と解説する専門医の存在もいて、どちらが正しいかはここで明確に断じることはできない。ただし「疑問符」が付けられていることは間違いなく、ここは警察の捜査の見解を見守るしかあるまい。
貴乃花親方の考えがよく分からない

 前日にビール瓶でぶん殴られ、20発以上もパンチを食らったことで明らかに顔にはケガのあとが残っていたものの、その相手の日馬富士の名は口にせず「転んだ」と説明していた点もよく分からない。モンゴル人力士の先輩をかばいたかったのかとも考えられるが、そうなると暴行当日の現場の様子とは明らかな矛盾も生まれる。貴ノ岩日馬富士をディスりまくっていたとの話が聞こえて来ているからだ。
 「一部報道では貴ノ岩日馬富士に『もうあなたたちの時代じゃない』と言い放ったと伝えられているが、それ以外にも実は大相撲で禁句ワードとされる『○○○ばかりやっていた』とタブーの言葉も向けていたとの情報もある。

 日馬富士は普段の言動に加えてあいさつがないことなどを注意していたところ、貴ノ岩スマホの操作を始めたためブチ切れたという話だったが、どうも怒りの導火線に火をつける決定的な要素となったのは貴ノ岩が発した『○○○』の禁句ワードだったようだ。
 貴ノ岩はモンゴル人力士の中でも、ややエキセントリックな性格の持ち主として知られていて日馬富士としても、それが以前からカンに障っているところもあったそうだ。まあ、そこで暴力をふるってしまった日馬富士は言語道断の重罪ですがね」(大相撲関係者) いずれにしても貴ノ岩の師匠、貴ノ花親方が今も激怒していることには変わりない。ただし協会内には「貴乃花親方が何を目指し、どこに最終的に行き着きたいのか。いまひとつ分からない」という声は今も飛び交っている。

 「これはあくまでも邪推だが」と前置きした上で前出の関係者は「貴乃花親方は今の八角理事長と決してウマが合うわけではない。だから(協会側から電話でヒアリングを受けた)11月3日の時点ですでに被害届を提出していたことは、あえて隠していたのではないか。ウマが合わない八角体制の協会に被害届を提出したことが知られれば、全力でモミ消し工作に動かれると警戒した可能性もある。


 加えて本来ならば本場所2日前に提出すべきである貴ノ岩の診断書が本場所2日目まで遅れてしまったのも謎。しかしそれもやはり貴乃花親方が今の協会側の体制を信用していないからだと考えれば、すべて合点がいく。今の八角体制が崩壊し、次の理事長選で次期候補の座を狙おうという筋書きを描いているフシもあるのではないか」(前出の関係者)と補足した。
大相撲に「暗黒時代」が到来するのか

 11月14日に日馬富士の暴行疑惑をスクープした某スポーツ紙で、貴乃花親方はこれまで長々と評論家を務めている。両者の関係が深いという点も非常に気がかりだ。ただ、もっと言えば何よりも協会内にこのようなドロドロとした勢力争い、そして重大問題が起きても隠ぺいしようとする体質がいまだに残っていることこそが相撲界にとっては大きなマイナスと言えるのではないだろうか。
 今月3日の時点で伊勢ヶ浜親方、貴乃花親方に協会側は電話でのヒアリングを試みたものの進展しなかったために一度調査を打ち切り。そして前出の某スポーツ紙上のスクープ報道によって問題が発覚(11月14日)して、慌てて危機管理委員会を設置し、調査を再開することに。つまりは最初の電話ヒアリングの時点で両親方の言葉を信じ込んだ協会側は、きちんと調査をしていなかったということだ。

 「余談だが、横綱の暴行問題は今月上旬の時点で大半の力士たちの耳に入っていた」と言われるほどに、この話は角界内に広まっていた。そうした状況にもかかわらず、協会は最初から事態を重く見ることができてない上、あわよくば隠ぺいしようとした逃げ腰の姿勢まで見え隠れしているところにはガッカリさせられてしまう。

 大相撲は再び「暗黒時代」が到来してしまうのか。いや、違うと信じたい。プラスに考えて逆に言えば、日馬富士の暴行問題はすべてをリセットするいい機会ととらえるべきではないか。さらなる大幅な体質改善を断行し、もう一度相撲の絶頂期を迎えられるように今一度真剣に考える時が来た。


 ■臼北信行(うすきた・のぶゆき) 国内プロ野球メジャーリーグを中心に取材活動を続けているスポーツライター。セ・パ各12球団の主力選手や米国で活躍するメジャーリーガーにこれまで何度も「体当たり」でコメントを引き出し、独自ネタを収集することをモットーとしている。 野球以外にもサッカーや格闘技、アマチュアスポーツを含めさまざまなジャンルのスポーツ取材歴があり、WBC(2006年第1回から2017年第4回まで全大会)やサッカーW杯(1998年フランス、2002年日韓共催、2006年ドイツ、2010年南アフリカ、2016年ブラジル)、五輪(2004年アテネ、2008年北京、2017年リオ)など数々の国際大会の取材現場へも頻繁に足を運んでいる。