EVが主流になるとガソリン自動車は消える?
EVが主流になるとガソリン自動車は消える?
2017/10/02芝浦工業大学 特任教授 古川 修 氏
最近、自動車の電動化が加速しているというニュースが世界中を駆け巡っている。欧州からは、独仏英が相次ぎガソリンエンジンだけを動力とする自動車の製造を近い将来に禁止すると発表し、米国カリフォルニア州ではZEV(ゼロエミッションビークル)の定義をより厳しくする法令を発令、中国でもHEV(ハイブリッド車)を除いたEV(バッテリーだけを動力とする電動自動車)、PHEV(プラグインハイブリッド車)、FCV(燃料電池車)の新エネルギー車(NEV)の大幅な増加目標を掲げた。
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これらのメディア報道に接すると、まるですべての自動車がEVになって、ガソリンエンジンは消えてしまうかのような錯覚に陥る。また、EVが自動車の主流になると、自動車はモーターとバッテリーだけで簡単につくれるようになってしまうので、日本の自動車産業は危ういと懸念するマーケッティング専門家も多い。
実は、これらは極めて表面的な見方であり、確かな技術論の上で結論づけられているものではない。ガソリンエンジンがすぐに消えてなくなることはないし、EVがゴルフ場の電動カートのように簡単に造れるわけでもない。今回は、欧米中の自動車の電動化についての政策や規制の状況を紹介し、HEV、PHEV、EV、FCVがどのように対応し、そのための技術課題は何かということを考察する。
欧州の自動車電動化政策にはウラがある
ドイツの連邦議会は2016年10月、2030年までにガソリン、ディーゼルとも内燃機関だけを動力とする自動車を禁止する決議案を出した。この決議案は議会が政府に要求するだけのもので法的な拘束力はないが、その後のドイツ政府の政策に大きく影響を与えると思われる。
続いて2017年7月にはフランスと英国が、2040年までに内燃機関だけを動力とする自動車の禁止する政策を相次ぎ発表。さらに スウェーデンのボルボ・カーは2019年以降に発売する全車を電動化すると宣言した。また、中国は2018年以降に電動自動車の製造・販売比率を一定以上に義務付ける「新エネルギー車」規制を導入する見通しであり、インドも同じような政策を進めると見込まれている。
このような状況を見ると、2015年末にパリで開催された国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議(COP21)で合意されたパリ協定を守るために、欧州・アジアの各国が自動車の低炭素化をより強く求めているように思えてしまう。しかし、このような環境維持へ向けた政策は、そのようなきれいごとの建前とは別に、各国の本音としては、その国の産業維持や雇用促進などの国益を優先しているウラがある。
欧州は、従来はディーゼルエンジンを自動車の動力の主流に置いていた。それが、ガソリンエンジン主体の日本車には欧州市場になかなか食い込めない壁となっていたのだが、2015年に独フォルクスワーゲン(VW)の排気ガス不正事件が発覚すると、ディーゼルエンジン自動車からの消費者離れが予想され、産業の衰退を招いてしまうのではないかとの危機感が生じることになった。これが欧州の自動車の電動化へ舵を切る一つのきっかけとなったと考えられる。
ドイツではVW、ポルシェAG、アウディ、ダイムラー、BMWによって、鉛バッテリーの電圧を従来の12Vから48Vに変更する規格であるLV148が2011年に策定され、欧州の主要部品メーカー(独ボッシュ、独コンチネンタル、仏ヴァレオなど)にも仕様の要求が届いている。これを受けてアウディは2016年、世界で初めてこの規格に沿った48V電源システムを搭載する乗用車を発売した。この48Vの電源システムの採用は、マイルドハイブリッドシステムに相性がよい。
マイルドハイブリッドとは、HEVを2種類に分類したときの一方の種類であり、電動モーターはエンジンの補助としてだけ使用され、エンジンを停止したときにEVの状態での走行はできないものを指す。他方、エンジンを停止しても電動モーターだけで走行できるものを、ストロングハイブリッドと呼ぶ。
このマイルドハイブリッドでは、従来の自動車の12Vの電源システムでは、電圧が低すぎて効率が悪く、ストロングハイブリッドで使用している200V程度の電源システムでは、人体に危険とされる60V以上の電圧での安全対策が必要となって、コストが高くなる。それで48Vの電源システムであれば、効率よくコストも安くマイルドハイブリッドに利用できることになる。
このように、マイルドハイブリッドシステムを適用していく素地が48V電源システムの規格策定で整ってきており、欧州全体を巻き込んで展開されつつある。トヨタ自動車やホンダなどの日本の自動車メーカーは、ストロングハイブリッドの技術開発を主流としており、48V電源を用いたマイルドハイブリッドについてはこれまで興味を示さなかった。しかし、最近ボッシュは、48V電源のマイルドハイブリッドについて、日本の自動車メーカーから受注があったことを公表しており、日本の自動車メーカーもHEV開発の方向性を多様化させてきているようである。
このように、欧州の電動化戦略はすべての自動車をEVにすることを目標とはしておらず、エンジン主体のマイルドタイプのHEVから導入してPHEVへと移行し、日本が技術先行するストロングタイプのHEVを避けて、優位に立とうという意図が見えてくる。それゆえ、ガソリンエンジンやディーゼルエンジンが消えてなくなるということではない。
また、欧州ではドイツを中心として水素インフラ整備も熱心であり、水素ステーションは急速に拡大する計画がある。FCVの技術開発についても先行していたダイムラーに加えて、BMWは2017年3月、トヨタと提携して本格的にFCVに進出すると発表した。
中国は電動化政策で世界シェア拡大をもくろむ
中国の乗用車販売台数は、2006~2016年の10年間で660万台から2600万台強へと約4倍に急増した。世界の乗用車市場のシェアも12%から30%へと拡大し、今や世界最大の乗用車市場となった。そのため、中国ではエネルギー確保と環境問題への対応が急務となり、新エネルギー車(NEV)の開発に偏向した政策をとっているのが実情だ。
中国の新エネルギー車政策は、自動車産業界の技術力向上によって、世界市場でのシェア拡大を目指すために打ち出されたもの。これまで、中国の自動車メーカーは外資系自動車メーカーと合弁会社を作ることで、海外の自動車生産技術ノウハウを取得し、自国の技術を高めようとしてきたが、ガソリンエンジン車では高度な技術が必要なため、うまくいっていなかった。そこで、技術獲得のハードルが低い新エネルギー車への転換を図ったのだ。なお、新エネルギー車の範囲は、EV、PHEV、FCVだけで、日本が先行しているHEVは含まれていない。
米カリフォルニア州のZEV規制は一層厳格に
米国では、カリフォルニア州大気資源局(CARB)がZEV(ゼロエミッション車)構想を進め、LEV(低エミッション車)規制を1990年に制定し、低公害車の販売を義務付けた。この基本的な思想は、個々の自動車の排気ガスを規制するのではなく、自動車メーカーが販売する全自動車の排気ガスの平均値を抑えようというもの。
1998年にはカリフォルニア州の6大自動車メーカー(米ゼネラル・モーターズ[GM]、米フォード・モーター、欧米フィアット・クライスラー・オートモービルズ[FCA]、トヨタ、ホンダ、日産自動車)に対して、販売台数の2%以上をZEVとすることを義務付けるZEV規制を開始。このZEVの販売義務比率は段階的に引き上げられていて、最終的に2050年にはカリフォルニア州で販売するすべての自動車をEVかFCVにするとの目標を掲げている。
対象となる自動車メーカーがこのZEV販売比率実績(クレジット)を達成できない場合は、罰金を払うか、クレジットに余裕を持つ他メーカーから購入しなければならない。このクレジット販売で多大な利益を挙げているのが、米テスラである。
ZEV規制は2018年から、さらに厳しくなる。対象が中規模販売台数の自動車メーカー(BMW、メルセデスベンツ、VW、現代自動車、起亜自動車、マツダ、スバル、英ジャガー・ランドローバー、ボルボなど)にも適用されるのだ。そして、ZEVの定義も厳しくなり、それまで対象車としてきたHEV、天然ガス車などがはずされて、EV、PHEV、FCVに限定される見込み。
この規制は、カリフォルニアだけではなく、アリゾナ、コネチカット、メイン、メリーランド、マサチューセッツ、ニュージャージー、ニューメキシコ、オレゴン、ニューヨーク、ロードアイランド、バーモントの各州にも適用されるので、自動車メーカーはZEVの販売台数を確保することが大きな課題となる。日本の自動車メーカーはHEV技術で先行してきたところに、ZEVの定義からHEVを外されたので、PHEVやEVへの技術開発の転換を余儀なくされている。
FCVについては、カリフォルニア州が水素インフラ整備に熱心に取り組んでいる。ロサンゼルス市街地に集中して水素ステーションを設置し、普及促進に貢献している。水素インフラは、2013年9月に米エネルギー省、自動車メーカー、燃料電池水素エネルギー協会が連携して立ち上げた官民パートナーシップ「H2USA」によって、2020年までに米国全土に拡大する計画が進められている。
EVの最大の問題は航続距離の短さ
前述した欧米中での電動化の政策・規制の状況から、自動車の電動化が加速されることは間違いないだろう。とはいえ、EVやFCVだけが終着点ではない。欧米中の電動化促進の状況では、ガソリンエンジンやディーゼルエンジンが完全に禁止されてしまうわけではなく、HEVやPHEVの形で残ることは許されている。
また、やはり前述したように、欧州やアジアの電動化政策は、各国の産業界保護などの国益を守るためのウラがあり、今後の国際経済状況や技術開発状況などに応じて大きく方向が変化する可能性も高い。
それゆえ、日本の自動車メーカーとしては、欧米中の今後の規制動向などを見守りながら、それぞれの電動化技術とそれに伴うエンジン技術の進化の方向性を定めて、海外の自動車メーカーに遅れをとらないように、冷静に技術開発を続けていくことが必要である。
バッテリーと電動モーターだけを動力とする自動車であるEVの最大の問題は、航続距離の短さである。例えば、日産の「リーフ」の1回の充電で航続できる距離をカタログ値を見ると、2010年発表の初代のものが200キロメートル、2015年のマイナーチェンジで280キロメートル、2017年のフルモデルチェンジで400キロメートルとなっている。
これは理想的な運転走行の場合の値であって、実際の距離は何割か短くなる。実際、計測基準がより厳しい米国でのカタログには、航続距離は150マイル、すなわち240キロメートルと掲載されている。この航続距離は冬場でのヒーター使用によって、さらに短くなる。
従来、ガソリンエンジン車に乗っていたユーザーから見ると、この航続距離の短さでは長距離ドライブを行う際には、途中での充電が必要となって、煩わしく感じるはずだ。実際に、中国ではナンバープレートが無償となるNEV優遇措置を実施しているが、EVとPHEVの両方にナンバープレート取得が無償となる優遇がある上海では、航続距離の長いPHEVが比較的多く売れている。
テスラは航続距離がもっと長いが、これはバッテリー容量が大きいから。したがって充電時間も長くかかってしまう。カタログによれば、自宅の電源では約70キロメートル走行分の充電に1時間かかるとある。途中の充電スタンドでは急速充電が可能であるものの、リチウムイオンバッテリーは熱によって劣化する性質があるため、急速充電を繰り返すとバッテリーの劣化が早くなってしまう。
航続距離の問題はPHEVでは解消されるが、通常のHEVと比べてバッテリー容量を大幅に増加させているので、その分のコストがかなり高くなる欠点がある。初期投資コスト増加額は、燃費が安くなった分ではとても取り戻せない。
EV、HEV、PHEVに共通の技術課題として、バッテリーが劣化しないようにするためのエネルギーマネージメントシステムの開発が挙げられる。特にリチウムイオンバッテリーは、高温で劣化速度が増すことと、使い方によっては発火や爆発の危険性があることで、精密なエネルギーマネージメント求められるのだ。この点では、HEVやEVで先行している日本の自動車メーカーの技術力は高い。EVなら自動車メーカーのノウハウなくして簡単に製造できるというのは、誤った考えである。
FCVは、航続距離の心配はないがコストが高いことに加え、もう一つ水素ステーションのインフラ設置が必要という大きな課題を抱えている。経済産業省は現在、水素ステーションを全国90カ所程度設置しており、今後2020年までに160カか所、2025年までに320カ所程度の整備を目指している。
FCVの普及にはインフラ整備を伴うことから、国と産業界が一体となって進める必要がある。2017年5月には、トヨタ、ホンダ、日産、JXTGエネルギー、出光興産、岩谷産業、東京ガス、東邦ガス、日本エア・リキード、豊田通商、日本政策投資銀行の11社が水素ステーション整備へ向けての協業の覚書を交わしている。
EVが排ガスゼロにはならないワケ
ところで、EVは本当にZEV、すなわち排出ガスがゼロになるのだろうか。答は否である。その理由は、自動車自体は排出ガスを出さなくても、バッテリーに充電するための電気をつくり出すところで、排出ガスが発生するからである。したがって、エネルギー消費と排出ガスについて総合的に評価するには、石油の井戸から自動車の走行車輪までのエネルギーの使われ方を検討する必要がある。
このプロセスの評価を「Well To Wheel(井戸から車輪へ)」と称する。下の図は各電動化システムのWell To Wheelでの排出炭素量の比較を示したものだ。充電のための電源構成が2009年度と2012年度に分けて比較してあるが、これは2011年の東日本大震災以降、原子力発電所が休止した影響を考慮してため。
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この図をみると、EV、HEV、PHEV、FCVのいずれもガソリン車やディーゼル車と比較して、低炭素化の効果が顕著であるが、各システム同士の効果の差はそれほど大きくないことが分かる。
以上の考察から、地球環境への影響だけを考察していても、EV、HEV、PHEV、FCVのどれが淘汰され、どれが生き残るかという技術論の検討の結論を出すことは難しい。したがって、欧米中の各国の電動化政策と規制に対しては、その真意を推察しながら冷静に対応する必要がある。