ガラスは「固体」ではない?

ガラスは「固体」ではない?
流動・振動を観察、正体探る

 ガラスは固体なのか、液体なのか。触ると硬いことからほとんどの人が固体と答えるだろうが、科学的な定義に照らせばそうではない。もし数万年以上かけて観察し続ければ、ガラスは液体のように流れて形が変わると考えられているからだ。ガラスは「固体と液体の境目にあるような不思議な物質」になるらしい。その仕組みの解明は物性物理学の大きな謎といわれ、正体を探る研究が続く。
 ガラスは固体なのか、液体なのかについては、古くから様々な意見がある。研究の進み具合によって、液体説が浮上したり固体説が有力になったりする。
 中世に作られた教会のステンドグラスには、下へいくほどぶ厚くなっているものがある。長い間「ガラスを構成する分子が重力に引っ張られ、長い時間をかけて液体のように下へ移動するからだ」と説明されてきた。この性質はガラスが固体ではないと考える理由のひとつとされてきた。
 ところが、ステンドグラスの厚みに関する定説は間違いだったと考えられている。最近の研究から、数百年くらいでは、目に見えるような変化は現れないことがわかってきた。東京大学の田中肇教授は「ガラスが流動するには数万年の時間が必要だ」と話す。
 固体は分子や原子が規則正しく並んでいて「結晶」構造をとる。ダイヤモンドや金属、食塩などが代表例だ。結晶構造の物質は分子や原子ががっちりと結びついているため流れ動くことはない。
 これに対し、ガラスは酸素とケイ素でできた正四面体の分子が網目のように連なっている。分子の並び方はバラバラだ。実は水晶も同じ分子でできているが、結晶構造になっていて流動しない。ガラスは原子や分子の結びつきが結晶ほど強くないため、長い時間をかければゆっくりと流動する。
 東大物性研究所の山室修教授らは、ガラスが流動しやすい状況をつくり出し、その謎を探る実験に取り組んでいる。分子が球状になった特殊な薄いガラスを作り、磁力をわずかにかけた状態で流動するかどうかを観察する。
 「ガラスは固体ではない」と考えられる理由は他にもある。東大の池田昌司准教授や水野英如助教らは2017年11月、東北大学と共同でコンピューター上でシミュレーション(模擬実験)し、固体とガラスで振動の伝わり方が違ったと発表した。固体では振動が同じように伝わるが、ガラスだと広がり方は均一ではなく、一部の分子が大きく振動する。水野助教は「固体の性質を示す物理法則がガラスには当てはまらないことが多い」と指摘する。
 固体でないとすると液体なのか。液体は分子や原子の配列がバラバラで自由に動き回る。この点ではガラスは近い。ガラスは「非常に粘りけが高くて分子や原子の動きが止まった液体」と考える研究者は多い。しかし、液体と位置づけるには無理がある。
 京都大学の山本量一教授らは、シミュレーションの結果から固体に近いと結論づけた。ミクロの世界でみると、ガラスには固体のような部分と液体のような部分が混在する。冷やし続けると固体の部分が増えていった。山本教授は「ガラスと液体には明確な違いがある」と指摘する。
 液体にも固体にも似ている一方で、いずれとも違う。研究者の間では、ガラスの定義を巡って様々な意見がある。では、ガラスの正体はいったい何なのか。東大の山室教授は「固体でも液体でもない第4の状態」と表現する。
 ガラスは結晶ではないため「非晶質(アモルファス)」と呼ばれる。実は身の回りにはガラスの仲間が多い。例えば、ゴムやプラスチックといった高分子材料。分子が細長くつながるため、結晶にならないと考えられている。金属や半導体でも、急速冷凍したり、急激に圧縮したりすると、結晶にならずにガラスのような非晶質構造ができる。例えば、太陽電池に使われるシリコンは非晶質だ。こうした材料は広い意味ではガラスと考えられている。
 非晶質にする方法はわかっているが、なぜ、より安定な結晶にならずに非晶質構造を保てるのかなどは謎のままだ。こうした研究が進んで仕組みを解明できれば、これまでにない物性を持つガラスや新素材の開発に役立つ。
 ガラスは最古の人工素材といわれ、紀元前4000年ごろには古代メソポタミアで製造されていたとされる。歴史が古く、身の回りにあふれており、応用研究や材料開発が進んでいる割には、ガラスを巡る謎は依然として多い。それだけ、奥深い物質といえるのだろう。(中島沙由香)
 物質の3態 どんな物質も温度や圧力によって固体、液体、気体の3つの状態に変化する。固体になるか、液体になるか、気体になるかは、分子や原子の間に働く引力と運動エネルギーの関係で決まる。
 温度が低いときは、運動エネルギーは低くて引力の方が強く働く。このため、原子や分子は引き合って規則正しく並び、結晶ができる。
 温度が上がるにつれて運動エネルギーが増し、引力の影響を上回るようになる。固体の状態で配列が壊れ、原子や分子が動くようになって液体になる。さらに温度が上がると、分子や原子が激しく動き回るようになる。これが気体の状態だ。