海外逃亡した、ある中国人の告白 (グローバルViews)

海外逃亡した、ある中国人の告白 (グローバルViews)
広州支局 中村裕

グローバルViews
コラム(国際・アジア)
中国・台湾
2018/3/19 6:50
 「父から、もうこれ以上、中国にいると危ないぞと言われ、怖くなって海外へ逃げた」。中国では不正に蓄財した資産を海外に持ち出し、逃亡した公務員は2万人超、資産は20兆円といわれる。だが、習近平(シー・ジンピン)国家主席による反腐敗運動から5年余りで強制送還されたのは、氷山の一角。逃亡した彼らは今どんな思いで暮らすのか。今回、カナダに移住している中国人男性との接触に成功し、逃亡から現在までの様子を赤裸々に語ってもらった。
■逃亡公務員、20兆円持ち出し
 「当時(カナダに逃亡する以前の2000年代)、私には怖いものは無かった。20代なのに買えない物は何一つ無い。派手な生活を送っていました」。そう話すのは現在、カナダ西部のリッチモンドに住み、内装関連の仕事に就く中国人男性の梁浩基さん(37)だ。11年前の07年3月、腐敗で逮捕されると身の危険を感じるようになり、26歳で単身、中国南部の広東省を離れてカナダに逃げた。
梁浩基さん(37)は、中国での腐敗の実態、カナダに逃亡した当時の様子を赤裸々に語った
梁浩基さん(37)は、中国での腐敗の実態、カナダに逃亡した当時の様子を赤裸々に語った
 中国では、腐敗で海外に逃亡した公務員を「裸官」と呼ぶ。腐敗がまん延した1990年代後半から少なくとも20兆円近いお金が中国から持ち出された。20兆円とは、中国の1年間の国防費に匹敵する巨額資金。梁さんもそんな裸官の末端で腐敗に手を染めていた。自動車修理の専門学校を卒業後、父の縁故でまず、98年に地元政府の道路局に就職した。当時はまだ18歳。「職場のあまりの腐敗ぶりに驚いた」ことをよく覚えている。
 「例えば、地元の道路工事では度々、実際には必要ない大量の道路白線用の高額な塗料を発注し、余った分を次々と転売して金を稼いでいた」という。「月給は当時2300元(4万円弱)。だが毎朝、出勤して職場の机の引き出しを開けると、不正の報酬が、毎日何千元も入っていた。一度に12万元(約200万円)の時もあった」。梁さんはそう当時を振り返る。次第に「職場の高級ソファなどを見つけては、同僚と自分の家に持ち帰ることも繰り返していた」と後ろめたさは薄れていった。
 さらに「道路上で補修工事の監督をしていた時のことだが、道路局の制服を着る私は、この服は警察の制服にも似ていると気付いた。そこで違反した車を次々と停車させ、不正に高額の罰金を徴収するようになった」とも語った。だが、改革派で名高い朱鎔基氏が98年に首相になると汚職の取り調べが強化され、「怖くなって上司や同僚十数人とともに、02年に一斉に道路局を辞めた」という。
 だが、梁さんは次の職場となった中国国有の通信大手、中国聯合網絡通信(チャイナユニコム)でも不正を続けた。当時、同社では2年契約を結ぶと4000元(7万円弱)の携帯電話がもらえるキャンペーンがあった。そこで梁さんは考え、盗まれたり落とし物になったりした身分証明書を不正に売る店に行き、大量購入した。それを利用して架空の契約書を次々と作成し「大量に獲得した4000元の携帯電話を、今度は街中の店に売って金を稼いでいた」と、まさにやりたい放題だった。
■「自ら不正を率先するしかなかった」
 その後、再び公務員に転職して不正を続けた梁さん。あまりのひどさに父から「早く海外に逃げろ」と言われたのが06年、25歳の時だった。梁さんが困った末、相談したのは幼なじみで既にカナダに移住した小学校の同級生の女性だった。聞けば、カナダは移住が容易で、カナダにいる中国人と結婚すれば一番早くて楽だと知り、梁さんは早速、その幼なじみに15万元(約250万円)を支払い、06年に彼女と偽装結婚した。翌年、カナダの永住権を取得し、逃亡に成功したのだった。
 壮絶な人生だ。だが梁さんは「カナダには私と同じ境遇の中国人が大勢いる。偽装結婚も多い」と、さらりと言う。しかしなぜこんな人生を選んだのか聞くと、今度は神妙に話し始めた。「つい最近まで、中国の社会は本当に腐敗していた。私の祖父、父は地位の高い人だったが、毎日、誰かが家に来て贈賄をする現場を私は幼少から見てきた」という。「道路局にいた時も、私だけが腐敗に手を染めない選択肢は無かった。同僚に認めてもらうため、自ら不正を率先するしか道は無かった」と、苦しい胸の内を明かした。
梁さんは全てを話そうと思った理由について「カナダでの生活を通じ、人間にとって重要なことに気付いた」と語る
梁さんは全てを話そうと思った理由について「カナダでの生活を通じ、人間にとって重要なことに気付いた」と語る
 だが、折しも中国では現在、会期中の全国人民代表大会全人代)で、習主席肝煎りの汚職摘発強化の新機関「国家監察委員会」の発足が決まる。ここまで赤裸々にメディアの前で梁さんは語るのは、なぜなのか。「カナダで私は変わったんです。カナダは中国と違い、人を信用する国。中国人であろうと、我々も平等に扱ってくれるんです。カナダでの生活を通じ、人間にとって重要な多くのことに気付くことができた。だから私もこれを機に罪を認め、反省の意味でも全てのことを話そうと思ったんです」と、梁さんは語った。
 カナダに渡って6年後、梁さんは偽装結婚を解消した。現在は中国に残した妻と子供をカナダに呼び寄せる手続きをしているところだ。「今度は本当の家族とカナダで幸せに暮らす。それが一番の夢です」。そう最後に言い残し、梁さんはまたどこかへ姿を消した。