トランプ相場の先に見える「マーケットの死」
トランプ相場の先に見える「マーケットの死」=宇野大介氏宇野大介 三井住友銀行 チーフストラテジスト
[東京 23日] - 金融市場には、従来から「公式」のように広く受け入れられてきた相関関係がある。例えば、「ドル安」と「原油高」の組み合わせだ。
いろいろな理屈付けは可能だが、基本的には原油がドル建てであり、ドル下落で実入りが減る産油国に原油価格引き上げのインセンティブが働くことが大きい。また、市場参加者もそれを見越してドル下落局面では原油に買いを入れやすいと考えられている。その逆も真なりで、「ドル高」と「原油安」も、よく知られた組み合わせである。
しかし実は、今年に入ってから、常識破りの組み合わせが散見されるようになってきた。足元で際立つのは、「ドル高」と「原油高」の併存である。4月以降の動きを追うと、ドル円相場は106円台から一時111円台へ、ニューヨーク原油先物(WTI)は62ドル近辺から一時72ドル台後半へと上昇している。
また、原油と米国株の関係性も変化した。原油高は生産コスト上昇を意味するため、経済にとってはゆくゆくマイナス要因として働くというのが公式化した見解であり、従来は「原油高、悪いインフレ懸念、米株安」が常識的なシナリオだった。ところが、足元の相場は「原油高、良いインフレ期待、米株高」と解釈していることを示している(米国では石油関連株や素材株が買われていることもこの解釈を支えている)。
振り返れば2016年大統領選当時は、政治の素人で極端な発言が多いトランプ候補が勝つようなことがあれば、米国や世界は混乱するとの考えが支配的だった。そのため、日本時間11月9日朝(現地時間8日夜)から開票が進むにつれてトランプ氏の勝利が濃厚になると、東京市場の参加者は「ドル売り、株売り」のポジションメークを急いだ。それまで105円台で推移していたドル円相場はわずか数時間で101円付近まで売り込まれ、日経平均株価は919円安の1万6251円で引けた。
しかし、日本時間9日夕方からトランプ氏の勝利演説が始まると、これを境目として、相場は逆方向に切り返した。いつの間にか、トランプ大統領の負のイメージは忘れ去られ、「ドル買い、株買い」に拍車がかかったのだ。ドル円相場は105円台前半を上抜けし、翌日の日経平均株価は1万7300円台まで上昇した。
それ以降は、全てが良い方向に解釈されるという楽観ムードに世界の金融市場が包み込まれ、「トランプラリー」と言われたことは記憶に新しい。2017年1月の大統領就任後にはさずかに期待が剥落するとの声もあったが、トランプラリーは支えられた。今年2月の米株急落をもたらした「VIX(ボラティリティー指数)」ショックも乗り越え、今もトランプ相場の底流には「何事も楽観視するムード」が流れている。
昨今のトランプ大統領の決断に対しても、市場の反応はいずれもポジティブだ(あるいは都合の悪い面には目をつぶっている)。エルサレムへの在イスラエル米大使館移転は、中間選挙に向けた保守票の獲得と政権基盤の強化につながると一部で解釈され、イラン核合意破棄と制裁再開は、原油高と良いインフレと株高を米国にもたらすとの見方も出ている。
恐らくトランプ政権は今後も、各国にビーンボールを投げ、「火種らしきもの」を作っては消すことを繰り返していくだろう。米中通商摩擦はまさにそうした展開となっている。19日に中国と米国製品・サービス輸入拡大で合意したと発表したかと思えば、22日には中国通信機器大手・中興通訊(ZTE)に対し最大13億ドルの罰金と経営陣刷新を求める案を提示するとトランプ大統領自らが記者団に語った。また、トランプ大統領は22日、中間選挙が行われる11月より前に新たな減税を提案すると発表している。しかし、23日の東京市場はさほど反応せず、むしろ株安、ドル安円高方向に振れている。
市場もさすがに毎度の大風呂敷に対し、いちいち大きく反応しなくなる可能性が高い。リーマン・ショック後の長きにわたり中銀マネーや財政出動で延命が図られてきた主要国の官製景気とトランプ旋風、そして常識破りの相場の先には、「マーケットの死」とも呼べる凪(なぎ)のようなレンジ相場が待っているのだろうか。