「ハリス駐韓米国大使」にいら立つ北朝鮮
「ハリス駐韓米国大使」にいら立つ北朝鮮 編集委員 高坂哲郎
■核放棄表明のチャンスは1回だけ
同政権中枢の顔ぶれを再点検してみよう。ボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)は、核を含む大量破壊兵器の拡散阻止をめぐっては「原理主義者」と言ってもいいほどの強固な信念の持ち主だ。陸軍軍人出身のポンぺオ国務長官は元々強硬派で、北朝鮮に囚われの身であった米国人3人を無事取り戻したことで「のどに刺さった棘」がとれた状態になった。トランプ大統領は、交渉で北朝鮮が核を放棄すればそれでよし、しないのであれば武力攻撃で「戦時の大統領」(ウォータイム・プレジデント)となり国民の求心力を高められるのでそれもよし、という「どちらに転んでもいい立場」にある。
マティス国防長官は、軍事力は威嚇の手段として使うことで国家目標を達成するのが王道との考えの持ち主だが、大統領が攻撃を命じれば断れないことは4月のシリア攻撃の例が示している。
北朝鮮があくまで核放棄に応じない場合に起こりうる米朝の武力衝突の大まかな様相は次の通りだ。米朝どちらが先に武力行使に訴えるかはともかくとして、いったん開戦となれば、米軍は精密誘導兵器などを使い北朝鮮の核・生物・化学兵器の関連施設を破壊する。北朝鮮軍は南北軍事境界線沿いに展開する火砲部隊で韓国ソウル一帯に大量砲撃をかけるが、米韓合同軍の「キル・チェーン」と呼ばれる攻撃態勢がこれらを順次無力化する。
北が移動式発射台に搭載した弾道ミサイルを日本や米領グアムなどに発射すれば、米軍は「タイム・センシティブ・ターゲティング」(TST、あえて訳せば「即応標的破壊」)という、ステルス機や巡航ミサイルなどを組み合わせた高度な攻撃手法で、発射台を探知・破壊する。万一、北朝鮮が反撃に核兵器を使用すれば、グアムから発進する戦略爆撃機やステルス戦闘機でB61核爆弾などを投下して報復する。総じて武力衝突となれば、最終的に北朝鮮が勝利する可能性はほぼない(ただ、この間に日韓に大きな犠牲が出るのも不可避となる)。
米国にとって朝鮮半島有事の際の最大の懸念事項は、在韓米国人の待避だ。韓国には米国人が約20万人(軍人を除く)おり、その数はベトナム戦争末期に旧南ベトナムを脱出した米国人(約6万人)の3倍以上だ。在韓米国大使館が待避を実施するに当たっては、輸送にあたる米軍をはじめ、一時待避先となる日本の政府や自衛隊、韓国の政府や軍などとの連携が欠かせない。米太平洋軍司令官を務め、日韓にも強いパイプを持つハリス氏ほどこの任を確実にさばける人物はいない。ハリス氏の頭の中には、待避作戦の詳細や留意点が既に入っているはずだ。
しばしば米軍が朝鮮半島周辺に空母や戦略爆撃機を派遣して北朝鮮に圧力を加えるが、北朝鮮にとってもっと嫌なのが、駐韓米国大使にハリス氏のような「プロ中のプロ」が指名されることなのである。従来のように、在韓米国人を事実上の「人質」にとることで米国をけん制することが難しくなるためだ。
■他の欧米各国も待避への備え
自国民待避の構えは米国以外の国々も取り始めている。
日本ではほとんど知られていないが、米欧11カ国(米英加独仏伊オランダ・ベルギー・スペイン・ポルトガル・オーストリア)は、世界のどこかで武力紛争など緊急事態が発生した時に、自国民待避を協力して行う「非戦闘員救出調整グループ」(NCG)という協議体をつくっており、目下の朝鮮半島有事をめぐっても「一時退避先となる日本の政府との調整を進めている」(関係者)という。
同グループ参加国の暗黙のルールは、ただ他のメンバー国の厚意に甘えるだけでなく、可能な限り自らも救出のために航空機や艦船を出すというものだ。言い換えれば、負担やリスクを共有するということだ。5月11日に、英海軍のドック型揚陸艦アルビオンが佐世保港に入った。英海軍はこれに加えて駆逐艦1隻も派遣している。表向きは、北朝鮮が洋上で貨物を積み替えて経済制裁逃れをする「瀬取り」行為を監視するためとなっている。ただ、通常の駆逐艦2隻ではなく、大勢の人を乗せられる揚陸艦をわざわざ派遣している背景には、朝鮮半島有事の勃発時に韓国から日本に民間人をピストン輸送する任務にも対応できるようにしておきたいとの英軍の思惑が感じられる。
カナダ軍とオーストラリア軍も、哨戒機を米軍嘉手納基地に派遣した。これも名目は瀬取り監視だが、哨戒機は、半島有事の際に民間人救出にあたる艦船が往来する海域を監視する任務にも使える。