密告社会・中国の“ご都合プライバシー” 不倫告発した警官の末路が語るもの

密告社会・中国の“ご都合プライバシー” 不倫告発した警官の末路が語るもの


中国のショッピングサイトで販売されているGPS追跡装置。「あなた専用の“捜査員”」とのうたい文句も…
中国のショッピングサイトで販売されているGPS追跡装置。「あなた専用の“捜査員”」とのうたい文句も…

 中国浙江省で40代の男性警察官が上司の勤務時間中の不倫現場を盗撮し、監督機関に通報したところ、「プライバシーの侵害」を理由に拘束される事件があり、中国社会で議論を呼んでいる。習近平指導部が進める「反腐敗」「反スパイ」キャンペーンで密告が奨励され、言論統制も強まるなど“監視社会”化が進む中で、公権力者や国民の「プライバシー」はどこまで守られるのかが焦点だ。
GPSで執念の追跡
 上海に拠点を置くネットメディア「澎湃新聞」が暴露した事件の概要はこうだ。
 浙江省台州市黄岩区の公安(警察)分局に勤務する男性警察官は2015年、以前から反りの合わなかった男性上司の副局長が不倫しているとの情報を得た。その後インターネットでGPS追跡装置を購入し、16年5月のある晩、上司の自宅をこっそり訪れ、自家用車2台のバンパー下部に装置を取り付けた。
 その後1年余りにわたり、この警察官はスマホのアプリを使って上司の車の行動を追跡した。執念の“捜査”の結果、上司が台州市内の集合住宅の地下駐車場で頻繁に女性と密会していることを突き止める。警察官は駐車場に隠しカメラを設置し、3カ月以上にわたって密会を撮影。このうち3回は勤務時間中だったといい、17年6月末に区の党規律検査委員会に匿名で“調査資料”を送った。
告発は「正義の行動」?
 ところが事態は、この警察官が予想しなかった方向へと進んでいく。

 上司は告発の直後、車に取り付けられた追跡装置を発見し、派出所に通報。思い当たる節があったためか、自ら女性との「不適切な関係」を認めた。党の規律委員会は、規律違反による具体的な「好ましくない影響」は出ていないとして上司への処分は行わず、別部署に異動させるにとどめた。
 一方、不倫を告発した警察官は追跡装置の売買記録などから特定され、「警察官の身分を利用して私的に尾行や監視を行い他人のプライバシーを著しく侵害した」などとして約2週間の禁錮・拘留処分を受けた。
 警察官は当然この処罰に不満を抱き、上級の台州市党規律検査委や浙江省公安局などにも通報したが、逆に党は今年2月、警察官への調査を正式に決定。これを受けて警察官は拘留処分取り消しを求めて行政訴訟を起こすなど混乱が拡大した。
 警察官は、上司と女性が長期間にわたって不適当な関係を持ったのは党の規律に違反しており、「尾行と盗撮によって証拠を入手した行為はプライバシーの侵害と認定されるべきではない」と澎湃新聞に主張。「一人の共産党員」として休日も返上し、規律違反の行為を把握したのは「正義の行動だ」と訴えている。
〝やりたい放題〟だった上司
 一方、公安分局側は訴訟で、プライバシーは個人の権利であり「法律や道徳に違反するかどうかにかかわらず客観的に存在するものだ」と主張しているという。

 ただ今回の報道では、警察幹部がBMWなどの外車2台や別荘らしき住宅を保有し、勤務時間中に不倫するなどの“やりたい放題”の現状が結果的に暴露され、ネット上では「これでも監察部門は関心を持たないのか」「これは盗撮ではなく監督だ」などと上司への処分を求める声がわき上がった。
 その結果、区の党委員会は今ごろになって上司に対する調査を正式に決定し、停職処分を決定。一方、告発した警察官も、上司以外の十数人に対しても私的な尾行や盗撮を行い、1000件以上の個人情報を不法に得ていたとして逮捕された。「けんか両成敗」によって騒動の収束を図った形だ。
当局は監視し放題
 警察官が上司を告発した背景には、確かに薄暗い動機があったとみられる。
 ただ中国当局は「国家の安全」を錦の御旗として、民主活動家や人権派弁護士、ジャーナリストへの尾行や盗聴を日常的に行っている。プライバシーどころか身体の自由すら奪われた人たちは枚挙にいとまがない。一般の国民も、ネット上の発言などはプライベートなメールも含めて常に当局に監視されている。公権力側の人間が「プライバシーの侵害」を持ち出すことには違和感を覚えざるを得ない。(北京 西見由章)