田中宇:グレイトになって戻ってきた米朝首脳会談

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★グレイトになって戻ってきた米朝首脳会談
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この記事は「米朝会談を中止する気がなく交渉術として中止を宣言したトランプ」の続きです。
http://tanakanews.com/180526korea.php

 5月24日に米トランプ大統領が、6月12日に予定されていた史上初の米朝
首脳会談を中止すると、北朝鮮金正恩あてに公開書簡を出した。私は前回の記
事で、この書簡について、トランプが本気で米朝会談を中止しようとしているの
でなく、会談に先立って、北が米国と対等に張り合おうとするのをやめさせるた
めに出したものだと分析した。

http://edition.cnn.com/2018/05/28/politics/north-korea-trump-summit/index.html
Trump ramps up pressure to get North Korea summit on track

 それから数日たち、事態は(私が分析した)トランプの思惑どおりに動いてい
る。北朝鮮側は、トランプの書簡発表後すぐに、米朝会談をやめる気がない、ぜ
ひ会談を予定どおり開きたいと表明した。北の金正恩は、4月末の南北首脳会談
で相互の信頼を築いた韓国の文在寅大統領に、急いでもう一度会ってほしいと提
案し、5月26日に急遽、南北分界線上の板門店で、2度目の南北首脳会談が開
かれた。金正恩は、依然として核廃絶を進める気でおり、トランプと会談して核
廃絶を実行したいと文在寅(を経由してトランプ)に伝えた。会談を中止するぞ
という脅しに対し、予定通り会談してほしいと在寅経由で神妙に頼んできた正恩
を見て、トランプは満足し、会談は予定どおり開かれそうだと表明した。

http://www.channelnewsasia.com/news/world/north-korea-s-kim-hopes-trump-summit-will-end-history-of-10281432
North Korea's Kim hopes Trump summit will 'end history of confrontation': Moon

http://www.cnbc.com/2018/05/28/south-korea-may-join-us-north-korea-summit-in-singapore.html
South Korea may be angling its way into the Trump-Kim summit

 トランプは5月28日、スン・キム特使や、北の核の専門家である国防総省
シュライバー次官補らを板門店に派遣し、米朝の次官級の実務者交渉が行われた。
この交渉では、北が、保有する核弾頭や濃縮ずみの核物質を、どのようなタイミ
ングで米国(=国際社会)の側に引き渡すかが話し合われたようだ。米側は、北
が最大で20発の核弾頭を持っていると考え、それを米朝首脳会談の直後(と直
前)に一括ですべて米国に引き渡せと要求しているようだ。会談前に核弾頭や高
濃度核物質(の一部?)を引き渡せという要求と、会談直後に一括で全部引き渡
せという要求の2つが報じられている。これらに対して北がどのように反応して
いるか今のところ不明だ。

http://www.presstv.com/Detail/2018/05/28/563143/US-North-Korea-Trump-Kim--Nukes
US wants N Korea to ship out nukes, missiles ahead of Trump-Kim summit

http://www.scmp.com/news/asia/diplomacy/article/2148033/us-north-korean-officials-meet-truce-village-talks-kim-trump
Moon Jae-in could join Donald Trump and Kim Jong-un at North Korea nuclear summit, say officials as preparations take place

 そもそも、5月9日にポンペオ国務長官が訪朝した時の米朝交渉で、すでにこ
の手の話が出ていたらしい。米国は、核弾頭を早めに引き渡すなら、それを北の
核廃絶とみなし、米国の北敵視をやめてやる(在韓米軍を撤退してやる)と北に
要求したのでないか。これに対して北が言いそうなことは「在韓米軍は、いった
ん撤退しても、いつでもすぐに韓国に戻ってこれる。対照的に、わが国がいった
ん手放した核弾頭は二度と戻ってこない。これは不公平すぎる。核弾頭の引き渡
しは、米朝間の信頼関係を醸成しながら少しずつ進める方法でないとダメだ」と
いう主張だ。

 核弾頭は(本当に使い物になる兵器の水準に達しているかどうかにかかわらず)、
今回の米朝交渉における、北の最大の持ち札だ。米国の騙しに乗せられてカード
を手放すわけにはいかない。北は、核弾頭の引き渡しのタイミングをできるだけ
遅らせたい。米側は、軍産もトランプも、北側の引き伸ばし作戦に乗せられたく
ない。軍産は、在韓米軍の撤退をできるだけ遅らせたい。(米覇権放棄屋の)
トランプは、北に核廃絶を劇的にやらせ、見返りとしての在韓米軍の撤退も劇的
にやりたい。

http://www.usatoday.com/story/news/world/2018/05/26/attempt-salvage-trump-kim-summit-north-and-south-korea-hold-secret-meeting/647185002/
After secret North and South Korea meeting, Trump says summit talks going 'well'

 この首脳会談前の米朝交渉の膠着状態に、トランプの会談中止宣言の書簡を重
ねると、見えてくるものがある。トランプは「核弾頭の引き渡しに関して米国の
案に乗れないなら、首脳会談は中止だ」と啖呵を切ったのだ。これに対して金正
恩は、トランプの思惑どおり「米国の案にしたがって核弾頭を引き渡すので、首
脳会談を予定どおりやってください」と言ってきた。トランプは満足し、スン・
キム特使らを板門店に派遣して北側と交渉し、北の譲歩を確定させた・・・とい
うのが私の読みだ。

http://www.zerohedge.com/news/2018-05-27/north-korea-commits-complete-denuclearization-trump-all-confirms-historic-summit
Trump All But Confirms Historic Summit With Kim Is Back On As US Officials Enter North Korea

 トランプの会談中止書簡が、北から何らかの譲歩を引き出すためのものだった
ことは、ほぼ確実だ。だが、トランプが書簡を使って北に求めた譲歩が、核弾頭
(と核物質)の早期の引き渡しだったかどうかは確定的でない。私の推測にすぎ
ない。だが、トランプが北に早急な核弾頭引き渡しを求めているのは報道されて
いる事実だし、北の核廃絶と米国の北敵視終了をどのような順番や期間で進める
かが、米朝会談の最重要点であるのも事実だ。

http://www.npr.org/2018/05/28/614945764/if-the-u-s-north-korea-summit-holds-whats-on-the-table
If The U.S.-North Korea Summit Holds, What's On The Table?

 私は以前の記事で、トランプの会談中止書簡は、北が米国を敵視する言動をと
ったので、それをやめさせるためだろうと書いた。だがトランプの策は、そんな
「心情論」「沽券の話」でなく、北に大胆な核廃絶をやらせるための恫喝だった
と考える方が妥当だと思い直している。トランプは、書簡に対する北の反応に満
足し、予定どおり首脳会談しそうな感じになっている。米朝首脳会談は、トラン
プにとって、よりグレイトなものになって(軍産や日韓の対米従属派にとって、
より危険なものになって)戻ってきたわけだ。(グレイトという表現は、トラン
プの標語「米国をグレイトな国に戻そう! MAGA=Make America Great Again」
に引っ掛けた。)

http://tanakanews.com/180526korea.php
米朝会談を中止する気がなく交渉術として中止を宣言したトランプ

 6月12日の米朝首脳会談は、米朝和解の出発点であり、その後時間をかけて
北核廃棄や米朝和解が進んでいくと、私は最近まで考えていた。だがトランプは
どうやら、1回の米朝首脳会談で、大事な部分のすべてを決めてしまおうとして
いる。時間をかけてやると、仇敵である軍産複合体から妨害されて頓挫する可能
性が高くなるからだろう。米朝首脳会談で、北が一括の核廃絶を表明し、米国が
最短時間での在韓米軍の撤退を表明し、会談後、米朝の和解と、朝鮮戦争終戦
が宣言される、というのが会談が成功する場合の流れだ。

http://www.tanakanews.com/180423korea.php
北朝鮮が核を持ったまま恒久和平

 ここ数日、北が保有する核弾頭数について「最大20発」という数字が報じら
れ始めた。この数字の根拠は不明だが、米国が北の弾頭数を独自に把握している
可能性は低い。核開発の期間の長さや人工衛星写真の解析から概算する程度だろ
う。おそらく北の「言い値」の弾頭数が、廃絶すべき弾頭数になる。「言い値」
を超える分は、隠し持つことが黙認される(使い物になる核弾頭を作れるところ
まで開発が進んでいたならば、の話だが)。

http://english.chosun.com/site/data/html_dir/2018/05/29/2018052900813.html
U.S., N.Korea Work on Reinstating Summit in June

文在寅米朝首脳会談に参加し、米韓で在韓米軍の撤退を発表する??

 北の核廃絶のやり方については、非常に断片的であるが、米朝の準備交渉の中
身が報じられている。だから上記の解説が書けた。対照的に、北の核廃絶の見返
りに米国が北に与える、北敵視の終結、在韓米軍の撤退、北の政権維持に対する
保障については、何をどう進める話になっているのか、全く報じられていない。
軍産に妨害されないよう、厳しい機密保持体制が敷かれているようだ。そんな中
で言えるのは「北が急いで核廃棄を進めるなら、見返りとして、米国も急いで在
韓米軍の撤退などを進めるのでないか」ということだ。これは、トランプの覇権
放棄戦略に合致している。

http://tanakanews.com/180314korea.htm
米朝会談の謎解き

 韓国の文在寅大統領が、シンガポール米朝首脳会談に参加し、米朝韓の3か
国会談になるかもしれないと、文在寅の側近が聯合通信に漏らしている。米朝
の3か国会談の開催は、4月末の南北首脳会談の共同声明に目標として盛り込ま
れている。トランプの書簡発表後すぐ金正恩文在寅に会いたいと言ってきたこ
とから考えて、金正恩文在寅を信用している。2人は親密な関係を構築し、
6月12日の米朝首脳会談までにもう一度会うことになりそうだと韓国高官が言っ
ている。2人の親しさから考えて、外交経験が少ない金正恩文在寅に、シンガ
ポールの米朝会談に参加してトランプが強硬姿勢になったら説得してほしいと頼
んでいても不思議でない。

http://www.reuters.com/article/us-northkorea-missiles/south-korea-calls-for-more-impromptu-talks-with-north-korea-as-us-seeks-to-revive-summit-idUSKCN1IT0JK
South Korea calls for more impromptu talks with North Korea as U.S. seeks to revive summit

 文在寅の会談参加は、ほかにも重要性がある。北が核廃絶を約束したら、その
見返りに、米国と韓国がその場で在韓米軍の撤退を決定して世界に発表できるこ
とだ。米韓首脳が合同で在韓米軍の撤退を宣言すれば「米軍はいつでも韓国に戻
ってこれる」という北側の懸念をかなり払拭できる。リベラルな文在寅の政権が
続いている間は、いったん撤退した米軍が再び韓国に戻ることはない(文在寅は、
韓国の大統領の任期を、1期5年再選不可から、米国型の再選可能な2期8年に
改定しようとしている)。

http://www.tanakanews.com/180430korea.htm
朝鮮戦争が終わる

 文在寅が側近としてつかえていた廬武鉉元大統領も、6か国協議で北が核廃棄
に応じる方向に動いていた07年に南北首脳会談を行い、南北和解を目指した。
当時の米国(ブッシュ政権)は北敵視が強く南北和解に反対し、廬武鉉は米国の
反対を押し切って南北和解を試みた。だが北は、米国に敵視されている限り核廃
棄に応じられず、米軍を擁する韓国とも敵対を解けないため、和解は短期間に終
わって失敗した。

http://www.theatlantic.com/international/archive/2018/05/trump-kim-summit-south-korea/561197/
How South Korea Pulled Trump and Kim Back From the Brink

 対照的に文在寅は、廬武鉉時代の教訓を生かし、米国の賛同を得ながら北との
和解を進めた(私はずっと、なぜ文在寅は米国を無視して北と和解しないのかと
思っていたが、米国を無視すると廬武鉉の二の舞になることに今ごろ気づいた)。
文在寅にとって幸運なことに、米国の政権は北敵視のふりをした覇権放棄屋の
トランプで、北の政権は若く大胆な金正恩だった。今年の年初に金正恩核廃絶
を提案してトランプがそれに乗って以来、廬武鉉を越える文在寅の活躍が始まっ
ている。

http://tanakanews.com/180404korea.htm
米朝会談で北の核廃棄と在韓米軍撤退に向かう

 文在寅シンガポールに行くかもしれないとのことだが、習近平はどうしたの
だろう。私は以前の記事で、習近平米朝首脳会談に参加するかもしれないと報
じられたことを分析した。その後、この件についての続報を、全く見ていない。
その一方で「金正恩の専用機は平壌からシンガポールまで直行できず、行き帰り
に途中で中国のどこかの空港に着陸して給油する必要があり、そのとき空港に習
近平に来てもらい、中朝首脳会談を行い、米朝首脳会談に関して中朝がすり合わ
せを行うかもしれない」と報じられている。この場合、習近平シンガポール
行かないことになる。中国は、昨今の米朝や南北の交渉に際し、北との経済・安
保の関係を通じて背後から黒幕的に関与しており、表舞台に出てきていない。習
近平はシンガポールに来ないと考えるのが自然なようだ。

http://www.channelnewsasia.com/news/asia/trump-kim--moon-jae-in-north-south-korea-may-join-singapore-10283120
South Korea's Moon Jae-in may join Trump, Kim for Singapore summit: Report

http://www.tanakanews.com/180513korea.htm
朝鮮戦争が終わる<2>

 以前の記事で私は「1953年の朝鮮戦争の停戦合意は米朝中の3か国が署名
しており、習近平米朝会談に後半から参加すれば、その場で朝鮮戦争を停戦か
終戦(和解)に切り替えられる。だから習近平は来るのでないか」という趣旨
を書いた。だが、追加的に考えてみると「朝鮮戦争終戦」は、米朝中で合意す
るよりも、国連安保理で決議し、韓国に駐留する国連軍の終了を決定する方が重
要だ。在韓米軍は国際法上、1950年の北朝鮮の「南侵」(=朝鮮戦争の勃発)
に対処するために安保理が組織した国連軍である。米朝和解を受け、安保理
朝鮮戦争終結と国連軍の任務完了・解散を決議すれば、米国の好戦派や韓国の
対米従属派の意志に関わらず、在韓米軍は撤退を余儀なくされる。習近平はシン
ガポールに来る必要がない。

http://www.tanakanews.com/180513korea.htm
朝鮮戦争が終わる<2>

 6月12日の米朝首脳会談がどんなかたちで開かれるのか明確でないが、今の
流れから考えて、首脳会談は予定通り行われ、米朝は「会談の成功」と米朝和解
の実現、北の核廃棄と在韓米軍撤退についての具体的な日程とやり方を発表する。
それらは、人々を驚かす「グレイトな」内容になりそうだ。MAGA。


この記事はウェブサイトにも載せました。
http://tanakanews.com/180529korea.htm



●最近の田中宇プラス(購読料は半年3000円)

◆MH17撃墜事件:ひどくなるロシア敵視の濡れ衣
http://tanakanews.com/180528mh17.php
【2018年5月28日】 MH17撃墜事件の合同捜査班(JIT)は、事件に関する重
要な情報を非公開にしたまま、匿名や出所不明の怪しい情報を積み上げてロシ
ア犯人説を構成している。捜査班のロシア犯人説は、濡れ衣である可能性が高
い。米国やNATOが捜査班の情報源になっていることから考えて、これは米
政府のロシア敵視策の一環だ。とはいえ捜査班の発表のタイミングや濡れ衣の
稚拙さに注目すると、これはトランプによる「濡れ衣のロシア敵視策が稚拙に
過激にやることで、対米従属で米国のロシア敵視策に追随してきた欧州を親露
・対米自立に追いやり、ロシアを隠然と強化する多極化・米覇権放棄策」かも
しれない。

米朝会談を中止する気がなく交渉術として中止を宣言したトランプ
http://tanakanews.com/180526korea.php
【2018年5月26日】 そもそもトランプが「北朝鮮は敵対的なことを言うので
けしからん。会談は中止だ」と書簡で宣言したのは、北を改悛させて「もう敵
対的なことを言いませんから会談してください。おねがいです旦那様」と言わ
せるための交渉術であり、本気で会談を中止する気など最初からなかったと考
えられる。

◆イラン・シリア・イスラエル問題の連動
http://tanakanews.com/180520mideast.php
【2018年5月20日】 米トランプ大統領が手がけている中東の3つの問題・・
(1)イラン核協定からの離脱、(2)シリアで露イランアサドを敵視しつつ
も彼らが内戦を平定していくのを黙認していること、(3)駐イスラエル米大
使館のエルサレム移転・・は、それぞれ別々に進んでいるように見えて、実は
かなり深く連動している。欧州が、対米従属から離れ、露イランと協調する側
に転じていきそうなことが、連動性のひとつの要素だ。


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