ガソリン、
ディーゼル、
燃料電池自動車(FCV)--。さまざまなエンジンがあるものの、次世代の主導権を握っているのは電気自動車(EV)といっていいだろう。
EVレースの世界シリーズ「Formula E(以下、フォーミュラE)」は俗に「電気のF1」とも呼ばれる通り、EVによるF1といえばイメージしやすい。2014年から始まり、現在4シーズン目を迎えた。このフォーミュラEは、EVを推進するためのツールとして機能している。
今シーズン(17~18年)は17年12月の香港を皮切りにローマ、パリ、ベルリンなどで開催され、最終の第12戦は7月15日にニューヨークで実施される。EVを普及させるべく、基本的に大都市で開催され、かつ公道を閉鎖して作られたストリート・サーキットにおいて実施されるのが特徴だ。
現在10チーム、20人のドライバーで争われ、車の枠組みであるシャシーはSpark racing technology(スパーク・レーシング・テクノロジー、以下スパーク)社製による共通シャシーが使用される。最重要パーツであるバッテリーは、F1チームのWilliams F1(ウィリアムズF1)の関連会社Williams Advanced Engineering(ウイリアムズ・アドバンスド・エンジニアリング)製を採用。エンジンにあたるパワートレインには、フォーミュラE用に独自に開発したものが使用され、最高速度は225キロに達する。
来シーズンからは第2世代に移行。今シーズン同様、スパーク社が新しく製造したシャシーが供給され、最高速度は280キロに達するほか、バッテリーはMclaren Applied Technologies(マクラーレン・アプライド・テクノロジーズ)製に変わる予定だ。
今シーズンまでは、バッテリー容量の関係からレース途中にピットインをし、マシンを乗り換えていた。だが、来シーズンからはバッテリー容量が増える予定であるため、バッテリーによるマシン交換がなくなる。
一般ドライバーにとっても、
レーシングドライバーにとっても、ガソリンやバッテリー切れで車が動かなくなるのは悪夢以外の何物でもない。心情的にも情けなくなるものだ。そういう意味では、乗り換えをしなくて済むのは、バッテリーの航続力が増えたことを意味する。従ってEVのイメージアップには重要なポイントだ。
■「EV化時代」到来を象徴する「リヤド開催」
また、「EV化時代」の到来は、来シーズンの開幕戦が
サウジアラビアの首都リヤドで開かれることにも象徴される。石油を初めとした地下資源によって国家収入を得てきたサウジが、EVのレースを開催するという、ある種の自分の首を絞めかねないことをするからだ。
「石油だけではなく、EVを含めた次世代モビリ
ティーに軸足を移すためにサウジは新たなドアを開けた。勇気ある決断をしたのだ」。こう答えるのは日産で
モータースポーツの責任者であるグローバル・
モータースポーツ・ディレクターを務めるマイケル・カルカモ氏だ。
他方、世界最大の自動車市場である中国も、
内燃機関や
ハイブリッド車の開発では他国に追い付けない。そのため、
コモディティ化しやすく技術的にも他国を凌駕(りょうが)できる可能性が高いEVを、国策として普及させようとしている。
例えば
フォルクスワーゲンは、売上の約4割を中国が占めている。25年までに約100億ユーロ(約1兆3000億円)を中国市場に投資すると発表しているほど中国が重要な市場なのだ。中国に訪れたことのある人なら分かると思うが、ひと昔前の中国のタクシーはそれこそ
フォルクスワーゲン車ばかりだった。
■ドイツメーカーと中国政府は利害が一致
ドイツメーカーにとっては、EV化を推進することができれば、日本に押されている
エコカー市場においても、オセロの白と黒をひっくり返すように、その立場を逆転できる。EVの主導権を握るという意味で、中国政府とドイツは完全に利害が一致しているのだ。
筆者は中華圏でのビジネスをする中で、知的財産に関する仕事をしたことがある。例えば香港映画やハリウッド映画においても、中国人俳優の起用や、中国に配慮したストーリーが作られるケースは多い。中国では、1年間に上映可能な外国映画の本数が決まっているため、その枠の中に何が何でも入り込みたい。だから製作側が「忖度」するのだ。
仮にハリウッド、欧州、日本の3市場でヒットしなかったとしても、中国で当てることができれば、映画製作費は容易に回収できるという。
自動車産業と映画産業は似て非なるものではあるものの、中国市場の大きさはご理解いただけるだろう。もし中国に複雑な感情を持っていたとしても、企業が利益の追求を目的とする以上、経営者は中国市場を無視することは不可能なのだ。中国を無視するのは利益を最大化する努力を怠っているに等しい。
この通り、自動車業界にとって中国は最重要市場であるものの、
フォーミュラEはまだ中国本土では開催されていない。そのため、
フォーミュラEで勝てたとしても、まだブランド向上の効果は薄い。将来のEVの主戦場は中国になる可能性が高い。だが今は欧州の人々に照準を絞り、
ブランディングをしている段階だ。
耐久レースの王者であるポルシェがフォーミュラEに参戦するのも、欧州の人々にアピールしたいからだ。ポルシェは「Porsche Mission E」というEVの発売も控えている。「メルセデスがドイツ・ツーリングカー選手権(DTM)を去って、フォーミュラEに参戦することにも驚きました」と語るのは、日本を代表するモータースポーツ・ジャーナリストの赤井邦彦氏だ。「メルセデスは、他社が出ているから自社も参戦せざるを得ないという事情もあるのでしょう」とも語り、欧州のメーカーにとって、EV対応への乗り遅れが許されない状況であることを示唆する。
一方、ホンダの不参加について、「F1への参戦だけで手いっぱいだから、
フォーミュラEには参戦できないのか?」と聞くと「その通りです」と答えた。ホンダはF1参戦4年目になるも、期待されていた大きな結果を出せずに苦戦が続いている。優秀な人材を、F1と
フォーミュラEに分散させるわけにはいかないのだろう。
トヨタ不参戦の理由を聞くと、「6月に実施される
ル・マン24時間レースに勝つことが先決だと考えているからです」と答える。「数年後には耐久レースのレギュレーションが変わり、少なくとも見た目は市販車が走るようなレースになる方向です。
トヨタとしては
フォーミュラEよりも、耐久レースに参戦し続ける方が、戦略上は得だと考えているのでしょう」と推測した。
■日本メーカーや技術者が本腰を入れられない事情
フォーミュラEが今後、右肩上がりに隆盛するのかを聞くと、赤井氏は「また、それは別」だと否定する。「日本の自動車メーカーの技術力をもってすれば、現行ルール以上の性能を誇るマシンを作ることは容易です」(赤井氏)。一方、EV自体がコモディディ化しやすいこともあり、「エンジニアとしてはモチベーションを上げにくいのは事実でしょう」と分析する。
また、F1は商談や接待の場にも使われるが、フォーミュラEはF1以上に商業的な色彩が強い。そのせいか、「メーカーもどこか本腰を入れられていない印象も受けます」と、フォーミュラE主催者側の姿勢に疑問を呈した。スイスの大手プライベートバンク「Julius Bear(Julius B?r)」(ジュリアス・ベア銀行)が、フォーミュラEのメイン・スポンサーになっている点についても「彼らはグランプリごとに投資家を呼んで商談を進めていますね」と実情を吐露する。
では、フォーミュラEに代わる将来性のあるレースがあるかといえば、ないのも事実だ。現在、日系企業では、半導体大手ルネサス エレクトロニクスが、時価総額1兆円を超えるインドの多国籍企業Mahindra & Mahindra(マヒンドラ)と技術提携をし、インド市場向けの技術開発を狙っている。半導体・電子部品の大手ロームも、インバータに使われるシリコンカーハイド(SiC)を、モナコに本拠を置くフランス企業Venturi automobiles(ベンチュリ・オートモービルス)に提供する。
パナソニックに至っては、Jaguar Racing(ジャガー・レーシング)のメインのスポンサーになった。東京モーターショーの約1カ月前に開催された、日本最大のIT見本市「CEATEC JAPAN 2017」でも、パナソニックは電池の宣伝をし、ロームのブースでもフォーミュラEを強く押し出していた。
■やる気満々の日産
日産については、日産と
ルノーの2社のアライアンスを考えると、電気自動車「リーフ」でEV市場を引っ張ってきた日産が参戦した方が自然だと誰もが考えるだろう。日産の広報は「EVの先駆者として、走りの楽しさを見せていきたい」と、参戦によるアピールに期待を寄せていた。また、「競争力のある存在でありたい」(同前)とも語り、参戦するからには絶対に勝ちに行くという強い意気込みが感じられた。
参戦体制として、日産や
NISMO(
ニスモ)のほか、
ルノーからもエンジニアを集めている。カルカモ・ディレクターは「
マーケティング、テクニカル、レースオペレーションなど、いろいろなチームがありますから、いかに密なコミュニケーションを取れるかが鍵でしょう。レースの翌日は毎回、反省会を開きたいと思う」と柔和に答えたものの、その目は真剣そのものだった。
「リーフは世界で累計30万台以上が売れました。
ルノーと日産の、CO2を排出しないゼロ・エミッションの走行距離は、トータルで40億キロ以上にも上ります。このデータは間違いなくレース用の部品などにも応用できます」と自信を見せた。
■「若者のクルマ離れ」を防げるか
フォーミュラEは市街地のコースで実施され、EVは街乗りに向いている。赤井氏がインタビューの最後に語った「少なくとも軽自動車を、全てEVにすればいいと思いますけどね」との言葉は印象的だ。
日本で「若者のクルマ離れ」が叫ばれ始めて久しい。ただ、それは都市部だけの話にすぎない。地方ではまだまだ自動車なしには生きられず、だから「クルマ離れ」はそれほど深刻ではない。それでも自動車の販売が減っていくのは、人口減少や都市部の住環境が原因だ。加えて、「失われた20年」によって実所得が増えない事情に起因する「買い替え需要の縮小」も挙げられる。
EVでレースをすることによって、競争原理が働き技術進化が加速する。コモディディ化も進むことになる一方、うまく市販車にフィードバックをすることができれば、車両本体の価格も下げられる。それは、消費者にとっては自動車が買いやすくなることを意味する。
フォーミュラEの観戦者は平均年齢が27歳であり、若者が好む
SNSとの親和性も高い。
フォーミュラEで勝つことができれば、若者に対して訴求力も向上する。そうすれば、EVにシフトすることはもちろん、同時に「若者のクルマ離れ」への歯止めにもつながるだろう。