パソコン残して死ねますか? デジタル遺品で家族困惑 終活見聞録(14)

パソコン残して死ねますか? デジタル遺品で家族困惑 終活見聞録(14)


デジタルの情報をきちんと伝えておきたい

 元気なうちに終末期や死後について考えて備える「終活」で、ここ数年新たな問題として浮上してきたのが、パソコンやスマートフォンスマホ)といった機器の中にある「デジタル遺品」だ。残された家族らが中身を知らず、取り出すのも難しいケースがある。シニア世代でもデジタル機器の利用者は増えており、事前の対策が欠かせない。そんな「デジタル終活」も基本は通常の遺品と一緒。後を託す人にきちんと伝えたり、書き残したりするアナログな手段が主流になる。
■「ロック解除してほしい」相談相次ぐ
 「父が他界した。葬儀の案内をするのに父の知人の連絡先を知りたい。思い出の写真も取り出して葬儀で使いたい」
 「経営者だった父のスマホに多数のデータが入っている。業務に支障が出ており、早急にデータが必要だ」
 「自殺した兄が職場でパワハラを受けていた可能性がある。証拠集めのために携帯電話のロックを解除してほしい」
 これらは3月に東京都内で開かれた「デジタル遺品を考えるシンポジウム」で報告された相談事例の数々だ。シンポには40人ほどが参加した。発表したのはデジタルデータソリューション(東京・中央)の熊谷聖司社長。データの復旧などを手掛ける同社は2017年9月からデジタル遺品専門のサービスを始め、6カ月間で81件の相談が寄せられた。遺族らの求めに応じてパスワードの解除や様々なデータを復旧・消去したりする。相談者は30~50代が多かったが、「年配者にはサービスが行き届いていない。デジタル遺品の認知度を高めて、妻や子、家族らにきちんと引き継げる社会をつくる必要がある」と続けた。

 シニア層のインターネット利用は増えている。総務省の「通信利用動向調査」(17年)によれば、利用している人の割合は若い世代に比べるとまだ少ないが、60代では72.2%と4人のうち3人に上り、70代は45.3%と約半分に達している。年によって波はあるが、5年前や10年前と比べると増加傾向は明らか。利用者がデジタル機器の中に様々なデータを残していることが想像できる。また、利用状況を端末別にみると、60代ではパソコンが45.2%、スマホが37.2%、70代では26.9%、14.6%となっている。年下の世代と比べるとスマホよりパソコンが多いのが特徴だ。
 最近では亡くなった人が住んでいた住居の片付けの現場で、遺族からパソコンのロック解除や中にあるデータの消去などを頼まれるケースも増えているようだ。遺品・生前整理のリリーフ(兵庫県西宮市)は今年2月に日本PCサービスと提携し「デジタル遺品サポートサービス」を始めた。「これまでは対応できないことが多く、データ消去を頼まれて機器本体を壊すこともあった。パスワードが分からず何年も放置していたり、中には有料のサービスを継続使用していたりといった事例もあった」とリリーフの赤沢知宣おかたづけ事業部長は話す。依頼があれば日本PCサービスの担当者が駆けつける。同社は提携前の16年からデジタル遺品専門のサービスを始めており、「パスワード解除など年間に130件程度処理してきた」という。
■連絡先や資産状況のリスト作っても…
 デジタル遺品は、パソコンやスマホの中に存在するオフラインデータとネットサービスのアカウントなどオンラインデータに分けられる。前者は写真データや各種の文書、後者はネット金融機関との取引やブログ、SNS(交流サイト)、ホームページが代表例だ。家財や衣類、宝飾品といったリアルな遺品と違ってデジタル環境を通じてしか実態を把握することができない。「本人以外は見えにくく、入り口のロックが強固なのが特徴。しかもその中には家族に知らせておきたいものや隠しておきたいもの、どうでもよいものが混在している」とデジタル遺品研究会ルクシーの古田雄介代表理事は説明する。そのため、家族が負債や財産、重要情報に気付かなかったり、気付いても手出しできなかったりする。

 遺族らから寄せられる最も多いトラブルは「パスワードが分からない」だ。パソコンやスマホは使用する本人以外はパスワードやIDを知らないケースが多い。万が一に備えて連絡先や資産状況などのリストを作って保存しておいても、配偶者や家族らがパスワードやIDを知らなければ自力で入手するのは難しい。中小企業の経営者や個人事業主の場合だと、必要な書類を取り出したり、死亡を伝えるべき相手に連絡できなかったりすれば、その後の事業に影響するかもしれない。日本PCサービスやデジタルデータソリューションのような専門の会社に連絡すればパスワードを解除してくれる。ただし、対応や料金は業者によって異なる。パソコンは解除できてもスマホは難しいのが現状だという。スマホではデータのバックアップがカギとなる。
ハードディスクを取り外して中にあるデータを取り出す場合もある
■仮想通貨の相談も増加傾向
 オンラインデータに関しても、IDやパスワードが分からないと面倒だ。「遺族が連絡すれば契約を終了できるが、身分証明の手間が煩雑。また、第三者への譲渡や貸与、相続を認めない『一身専属』を利用規約にうたっていると、家族であっても引き継げない」と古田氏は指摘する。中にはそもそもそんなデータがあることを知らなかったり、知っていてもよく分からないので後回しにしてしまったりすることもある。ブログなどは本人の死後も放置していると悪用される可能性もあるという。
 ネット系の銀行・証券は会社に連絡すれば、パスワードなどが分からなくても対応してくれる。重要なのは早めに連絡すること。外国為替証拠金(FX)取引のように元手の何倍もの投資ができる商品で投資している人が手じまいせずに亡くなると、家族が気付かないうちに損失が膨らんでいたということにもなりかねない。仮想通貨(ビットコイン)も注意が必要。前述のシンポの相談事例にも「亡くなった夫が仮想通貨をやっていたらしいので調べてほしい」という依頼があった。時価が上がれば相続税がかかる場合がある。「仮想通貨の相談事例は増えている」(デジタルデータソリューションの熊谷社長)といい、取引が広がればシニア層のトラブルも出てきそうだ。
■伝えたり書いたり、対応はアナログ
 「デジタル終活」も実際の手続きはアナログな手法が主体になる。まずはどんなものがあるか、そしてそれぞれのIDやパスワードを伝えたり、書き残したりすることだ。最近のエンディングノートはこれらを書き込む欄が設けられているものが多い。どう対応してほしいのかも記しておくとよいだろう。IDとパスワードをそろって書くのはセキュリティー上の危険もあるので、パスワードはヒントにとどめるなどワンクッション置くのが有効との指摘もある。書き残したものを貸金庫に保管するのもいいだろう。ただし、そのことを家族に伝えたり、内容に変化があった場合は適宜書き直したりすることも忘れずに。
エンディングノートではデジタル機器の情報やネット銀行のパスワードなどを書き込めるものも増えている
 パソコンやスマホには多くの情報が入っている。「終活弁護士」として知られる伊勢田篤史氏は「どんな遺品があるのか棚卸ししたうえで、残すものとそうでないものに分け、それぞれについて対応策を記録しておく」と話す。家族に見られたくないものもあるかもしれない。必要なければ消しておく。フォルダーの階層化で奥深くにしまっておくのも一案だ。「見るな」などと書いてあると、逆に見たくなる。その場合はUSBメモリーなど別の媒体に入れて家族に渡るようにしておくのも手だが……。そもそも死後の手続きや作業は配偶者や家族に託すもの。「指示に従ってくれるような信頼関係を築いておくことが重要」(伊勢田弁護士)といえそうだ。
 日本経済新聞が17年夏に実施した終活の取り組みについての読者(60歳以上)アンケートでは、自由回答欄にデジタル遺品に関する書き込みが目立った。「インターネットによる取引がたくさんあるので、パスワード等を一括管理している」「パスワード付きでエクセルに資産状況などを記載。何かあったときに開けてくれと妻に言ってある」と対策をとり始めている人もいれば、「写真やブログなどの整理の仕方を知りたい」「IDやパスワードの扱いやパソコンの中にある見られたくない情報をどうするか検討中」などこれから実施する人の声もあった。多かったのは後者だ。伊勢田弁護士は講演の場などで冒頭に「あなたはパソコン・スマホを残して死ねますか?」と問いかける。「死ねない」と答える人は増えているという。デジタル終活は後に残る人のことを考えて早めに手を打つのが肝要だ。
(マネー報道部 土井誠司)