夫婦2人の時間が苦痛に…急増する「夫源病」 典型的“昭和のオヤジ”はご用心

夫婦2人の時間が苦痛に…急増する「夫源病」 典型的“昭和のオヤジ”はご用心


定年後の男性らが集う麻雀イベント。自宅以外の居場所づくりにもなっている=足立区
定年後の男性らが集う麻雀イベント。自宅以外の居場所づくりにもなっている=足立区

 「風呂、お茶、飯」。退職後、一日中自宅にいるにも関わらず、会社員時代と変わらぬ亭主関白ぶりで指図する夫の態度などが原因で、妻が体調を崩す「夫源病(ふげんびょう)」が増えている。なかには別居や離婚に至るケースも。専門家は、退職後の夫と妻が、自宅で四六時中お互いに顔をつきあわせる“苦痛”を想定できなかったことが原因だと指摘している。(植木裕香子)
夫退職後から体調不良?
 神奈川県内の主婦(68)は、夫(70)が早期退職した約20年前から胃の痛みや動悸(どうき)、気分の落ち込みに悩まされている。「女性特有の更年期の影響もあると思うが、夫も体調不良の原因の一つのような気がする」
 そんな夫について、主婦は「典型的な昭和のオヤジ」と称する。炊事、洗濯、掃除は一切しない。湯飲みが空になると、無言で器を机にたたきつけ、お茶をいれるよう促す。腕によりをかけて何品もの料理を準備しても、自分の嫌いな食材が一つでも入っていると手をつけない。テレビのリモコンが手を伸ばせばすぐ届く所にあるのに、台所で忙しく動く妻を呼んで取らせる…。
 「夫が会社で働いているときは、こちらが食べさせてもらっているという気持ちがあるから我慢できた。だけど、会社を辞めて退職した時点で同じ立ち位置でしょうって思う。家で何もしないなんて不公平だ」と訴える。

 主婦が家計の足しにしようとアルバイトに出ても夫の態度は変わらない。一人の時間が取れれば気晴らしもできるが、夫は地域の自治会に参加しようとせず、自分が外出するときも妻の同行を求める。一人でストレスを発散する場もなく、精神的に追い込まれた主婦は、実家や実妹の元に逃げ込んだこともあったが、弟妹にもそれぞれの生活がある。
 「手に職があって経済的に自立できれば離婚していたかも…」。主婦は表情を曇らせる。
何気ない言動にもご用心
 妻が夫源病に陥るのは、こんな“典型例”だけではない。
 食事や身の回りのことは自分でこなす夫でも、これまでになかった3食をともにするなど、丸一日一緒にいることに、息苦しさを覚える主婦らは少なくない。「まるで監視されているようで嫌だ」「外出に後ろめたさを感じる」。こう訴える主婦もいる。
 病気の名付け親でもある大阪大人間科学研究科未来共創センター招聘(しょうへい)教授の石蔵文信医師(62)によれば、夫が半ば無意識に行っている次のような言動も、妻に大きな精神的ストレスを与えているという。
 (1)妻がその日あったことや相談事など話しても、夫は上の空で「うん」「ああ」などと生返事ばかりする
 (2)夫がリビングのテレビを独占し、CMのたびにチャンネルをパチパチ替える
 (3)定年退職後の夫が妻の買い物などに四六時中つきまとうようになる…

 実際、「夫源病」が原因とみられる精神的ストレスで離婚を考える妻は増加傾向にあるようだ。
 最高裁判所の司法統計によると、平成29年に妻が離婚を申し立てた全2万7746件のうち「(夫による)精神的虐待」を理由にあげたのは全体の36%の9997件を占めた。
 加えて、亭主関白が半ば容認されていた世代が多数を占める「熟年」離婚も高止まりする傾向にある。28年に厚生労働省が行った同居期間別離婚件数調査では、同居期間35年以上の離婚件数は5960件で、1108件だった昭和60年の5・4倍。6106件だった25年から横ばいの状態が続いている。
早めの対応が鍵
 対応策はあるのか。名付け親の石蔵医師は、病気が発症する理由を「夫婦が事前に夫の定年後の生活を描けず、対応策を考えなかったことが原因だ」と分析。「退職前から夏休みなどの長期休暇を利用し、外出せずに自宅にこもり、夫婦水入らずの時間を長期間過ごしてみるといい。話題もなくなり、夫婦だけで過ごすのがいかに苦痛かを実感できる」と話す。
 その上で、具体的な対応策としてこう諭している。
 「夫は退職後も何らかの仕事についたり、体力的に負担の重い孫の面倒を見るなどして、早い段階から、定年後の社会への貢献の仕方を検討することが重要だ。退職後、誰かの役に立つ活動を続ければ、自宅で妻に当たり散らすこともない。他人に感謝されれば気分もよく、精神的な安定につながるだろう」

 お盆の時期だが、定年後に自信のない夫婦は外出せず、2人だけの時間の“苦痛”を確かめるシミュレーションの機会にしてみては…。
夫源病 夫の何気ない言動や存在そのものが強いストレスとなり、妻にめまいや頭痛、不眠、気分の落ち込みなど更年期障害のような症状が現れる病気。大阪市内の病院で「男性更年期外来」を開設した大阪大人間科学研究科未来共創センター招聘教授の石蔵文信医師が、中高年男性の治療に当たるうち、妻の体調不良にも着目したことから判明。病名を付けた。