沖縄の基地集中は「人種差別」危険な国連勧告の裏側を読む
沖縄の基地集中は「人種差別」危険な国連勧告の裏側を読む
仲村覚(日本沖縄政策研究フォーラム理事長)
スイスのジュネーブで8月16日から2日間開催された国連人種差別撤廃委員会の対日審査に合わせ、筆者は英語でスピーチを行った。まず、そのスピーチ内容を日本語訳でごらんいただこう。
私は日本沖縄政策研究フォーラムの仲村覚です。日本国沖縄県に生まれ育った者の代表として発言させていただきます。
まず、沖縄県に生まれ育ったすべての人々は、日本人として生まれ、日本語で会話をし、日本語で勉強し、日本語で仕事をしてきました。ゆめゆめ日本の少数民族などと意識したことはありません。沖縄は第2次大戦後、米軍の占領支配下におかれましたが、沖縄では激しい祖国日本への復帰運動が起こり、わずか27年後には沖縄は日本に返還されました。
祖国復帰運動の最大の情熱の根源は、沖縄の子供たちに日本人としての教育を施したいということでした。沖縄は日本の中では複雑な歴史を持つ地域ですが、一度たりとも日本からの独立運動が起きたことはありません。独立を公約として立候補して当選した政治家も一人もいません。
また、過去一度たりとも、沖縄から先住民族として認めるよう保護してくれという声があがったことはありません。議会で議論すらされたことはありません。沖縄で独立を標榜(ひょうぼう)する団体がありますが、それは沖縄ではごく少数の団体です。
委員会は、数百人の意見を根拠に、140万人の運命を決する判断をしたようなものです。日本人である沖縄県民に先住民族勧告を出すことは、国際社会に誤解を与え、沖縄県民に対する無用な差別や人権侵害を生み出すことになります。それは、委員会の存在意義に反します。早急に撤回すると同時に、同じ過ちを繰り返さないように、なぜ誤認識したのか原因を調査し、再発防止策を講じるようお願い致します。
それにもかかわらず、なぜわざわざジュネーブまで行って、「私は日本人です」と言わなければならないのか。それは、裏でコソコソ隠れて、「沖縄の人々は日本に植民地支配されている先住民族であり、日本政府はその権利を守るべきだ」と訴え続けた勢力がいるからだ。実際、当日もその勢力に属する人物が姿を見せていた。その人物が8月17日付の琉球新報の26面に小さく掲載されていた。
「糸数氏基地問題は差別 国連対日審査で訴え」
これらの勧告に対して、日本政府は毎回「日本にはアイヌ以外の先住民族はいない」ときっぱり拒否しているし、そもそも国連の勧告に法的な拘束力はない。それでは、問題がないかというとそうではない。日本政府の拒否が、委員会の勧告をより厳しいものにしているのである。
2018年8月、国連人種差別撤廃委員対日審査のランチミーティングブリーフィングにおいて、スピーチを行った筆者
2回目以降の勧告には、「前回勧告を出したにもかかわらず、現時点も沖縄の人々を先住民族として認めていない」という趣旨の文言が加わっていた。国連の委員会にとって、政府というのは弱者を弾圧している被告人であって、どのような説明をしても独裁権力の言い訳にしか聞こえないようだ。
そのため、勧告と拒否が繰り返されるたびに「沖縄県民は先住民族」「日本政府は非人道的」というイメージが作られていく。その結果、沖縄県民は政府から虐待的差別を受けているかわいそうな先住民族だという認識が独り歩きし、国際社会に誤解を与え、沖縄県民に対する無用な差別や人権侵害を生み出すことになる。将来、沖縄の子供たちが海外に留学した場合、「あなたは日本国籍を持っているけど日本人ではなく琉球人なんですね」と言われかねないのである。
この流れを止めるには、糸数氏や県外でそのおぜん立てをしている仲間と全く反対のことを主張する非政府組織(NGO)の情報提供と発言以外にはない。
日本復帰前から沖縄の革新政党の至上命題は「日米安保破棄」と「在沖米軍の撤去」であった。拙著『沖縄はいつから日本なのか』(ハート出版)にも記しているが、日本共産党を中心とした70年安保や沖縄復帰闘争の背後には、中国共産党の存在があった。そのころから一貫して、日本の非武装弱体化工作と、アジアから米軍を追い出す政治マスコミ工作を続けている。
中国はその後、西太平洋の覇権獲得を目指して、海軍、空軍の近代化を推し進め、米国と対峙(たいじ)できる軍事力を備えつつある。現在では、爆撃機を含む中国空軍の編隊が宮古海峡を突破し、台湾を軍事占領する訓練を日常的に行うようにまでなった。平時とはいえ、第一列島線を突破したのである。
中国の台湾占領計画において、第一列島線と第二列島線の間の海域はハワイやグアムからの米国の増援阻止エリアで、宮古海峡はその東シナ海に米軍が侵入するのを封鎖する関所にあたる。このシナリオで最も邪魔になるのが在沖米軍だ。中国はこれを戦わずに追い出すための、政治工作を続けてきたが、先日亡くなった翁長雄志知事の誕生から大きな路線変更が行われた。
意外と思うかもしれないが、知事時代の翁長氏は日米同盟に賛成していた。事実、「私は日米安保体制を十二分に理解している」と発言し、オスプレイ配備に反対する理由を「墜落事故が起きると日米同盟に亀裂が入るから」と説明していたのである。
今となっては本音かどうか分からないが、この発言には、先住民族勧告と深い関係がある。つまり、辺野古移設に反対する「オール沖縄」が、日米同盟賛成論者の翁長氏を反米運動のリーダーとして担ぐという奇策に出たということだ。その理由は「安保反対」では多数派形成が無理だと判断したことにある。
そこで、多数派形成の軸を辺野古移設阻止とオスプレイ配備反対の2点に絞り、それを争点に国連を利用した「反差別闘争」により、米軍基地の全面撤去を狙う方針に切り替えた。これから、「私は日米安保賛成だけれども、沖縄に米軍基地の7割を押し付ける差別は許さない」という理論が可能になったのである。
そのころから、オール沖縄の運動や地元新聞の解説や見出しに「差別」という言葉が多用されるようになった。さらに、これに国連の先住民族勧告が加わると、沖縄の米軍基地問題が、一気に国際的人種差別問題にエスカレートする。国連では先住民族の土地の権利を保護しなければならないというルールがあるからだ。
現在の勧告には強制力はないが、それを持たせるのは、ILO169と呼ばれる「独立国における原住民及び種族民に関する条約」である。その条文には、「関係人民が伝統的に占有する土地の所有権及び占有権を認める」「関係人民の土地に属する天然資源に関する関係人民の権利は、特別に保護される」とある(※上の表の2014年の自由権規約委員会の勧告を参照)。
こうして、沖縄の米軍基地撤去運動は、「安保闘争」から、国連を利用した「反差別闘争」に変貌したのである。当然、この主張への反論も「日米安保賛成の世論」ではなく「沖縄県民は日本人だ!」という国際発信に切り替えなければならない。
2018年8月17日、ジュネーブの国連人種差別撤廃委員会で報告する日本政府代表の大鷹正人・国連担当大使(中央)
このような背景の下で、冒頭に紹介した筆者のスピーチは行われた。だが、8月30日に発表された対日審査の総括所見では、沖縄の人々が「先住民族」だとして、その権利を保護するよう、日本政府に勧告したのである。ところが、この勧告に対して、沖縄県民は反論できる状況にはない。これまで、日本外務省は県民や県選出の国会議員に勧告を直接伝えていなかったからだ。政府は広報予算をつけてでも「先住民族」勧告を周知する必要がある。