北海道地震「ブラックアウト」の教訓、日本人はなぜ停電リスクに疎いか
北海道地震「ブラックアウト」の教訓、日本人はなぜ停電リスクに疎いか
岸 博幸
日本初のブラックアウト、
そのメカニズムとは?
北海道を襲った震度7という大地震により、北海道全体で電力供給が途絶えるという“ブラックアウト”(大規模停電)が日本で初めて起きました。この日本初のブラックアウトから学ぶべき教訓を考えてみたいと思います。
すでに新聞各紙がこのブラックアウトが起きたメカニズムについて報道していますが、簡単に復習しておくと、そもそも電力を安定して供給するには、電気の使用量(需要)と発電する量(供給)のバランスを常に一致させる必要があります。
というのは、電力の需給のバランスが崩れると、周波数や電圧といった電気の品質が乱れ、家電製品や工場の機械など電気を使うモノに悪影響を及ぼしてしまうからです。
そのため、まだ蓄電池の技術が発展途上で大容量の電力を蓄積できない今は、電力会社は24時間365日、実際の電力需要の変動に合わせて発電量を調整し、電力の需給を均衡させています。電力業界の用語で言う“同時同量”を常に維持しているのです。
そして、この“同時同量”のバランスが大きく崩れると、最悪の場合にはブラックアウトが起きることになります。今回の北海道では、道内の電力需要のほぼ半分を担う苫東厚真発電所が地震で損傷を受けて運転を停止したために、まさにそのバランスが大きく崩れてしまったのです。
私は、今回の北海道でのブラックアウトから学ぶべき教訓が3つあると思っています。
1つ目は、資源エネルギー庁はやはりまだ信用できないということです。マスメディアでは問題視する声がまったく上がっていませんが、今回のブラックアウトに関連して非常にびっくりしたことがあります。それは電力会社を所管する世耕経産大臣の発言です。
世耕経産大臣の驚くべき発言
資エ庁の危機意識につく疑問符
何がびっくりしたかというと、この発言は、電力会社の監督官庁である資エ庁が、ブラックアウトからの復旧がいかに大変かを理解していないことを示してしまっているからです。
ブラックアウトの解消のためには、まず運転を停止した発電設備の被害状況の確認が必要です。さらに、大地震が起きたのだから送電設備の被害状況の確認も必要なはずです。それが終わってから、動かせる発電所から稼働させてジワジワと“同時同量”を維持しつつ、発電・送電量を増やしていきます。
つまり、ブラックアウトの解消にはかなりの時間がかかるのです。だからこそ、たとえば2003年に米国北東部でブラックアウトが起きたときは、地域によって復旧には2日~1週間を要しました。また、同じ年にイタリア全土でもブラックアウトが起きましたが、このときも復旧には20時間かかっています。
ちなみに、米国、イタリアとも、ブラックアウトの原因は樹木が送電線に接触したためであり、大地震とは比べようもない軽微なものです。それでもこれくらいの時間を要したのですから、今回の北海道のケースではもっと時間がかかるであろうことは、容易に想定できたはずです。
世耕大臣がこの発言をした後、その日の午前中だけで北海道電力以外の3つの電力会社の知り合いから私に対して、「世耕大臣のあの発言はあり得ない。資エ庁の事務方は大丈夫か」という趣旨のメールが来たくらいです。
実際、世耕大臣はその4時間後の正午の会見で、「十分な電力の復旧には少なくとも1週間以上はかかる」と最初の発言を訂正しています。ちなみに、1週間経過した9月12日には、苫東厚真発電所の全面復旧は11月以降になるとの見通しが示されました。
それでは、なぜ世耕大臣は最初の段階で明らかに不正確かつ不可能なことを言ってしまったのでしょうか。まず北海道電力が“数時間で”と安請け合いするはずはありません。その一方で、おそらく世耕大臣は政治家ですから“ここで良い格好をしたい”という誘因はあったと思いますが、それでも大臣の判断だけでここまで踏み込んだ発言をできるはずありません。そう考えると、大臣が前のめりになるのを止めなかったのか、または大臣に振り付けたのかはともかくとして、大臣を支える立場である事務方の資エ庁の責任が非常に大きいのではないでしょうか。
資エ庁のエネルギー行政は福島原発事故以降ずっと迷走している感が免れませんが、日本初のブラックアウトという大変な事態でも醜態を晒してしまったのです。非常時ほど正確な情報提供が求められることを考えると、世耕大臣にこのような発言をさせてしまった資エ庁の事務方は責任を問われるべきですし、やはり資エ庁は信頼できないと思われても仕方ないでしょう。
チャーチルの名言に学ぶ
エネルギー多様化の重要性
2つ目は、チャーチルの名言の重みです。
そのとき、国産エネルギーである石炭から海外に依存する石油に転換して大丈夫かという議論が起こったのですが、チャーチルは「多様化が安全を確保する」と主張してそれを退けました。石油の輸入先を特定の国に依存せず、多様化すれば大丈夫ということです。
エネルギー安全保障の観点から、エネルギー源の多様化や輸入先の多様化の必要性がいつも強調されますが、それはこのチャーチルの名言の延長に他ならないのです。しかし、北海道でのブラックアウトにより、多様化すべきはエネルギー源や輸入先に限定されないことがわかったと言えます。
そもそも北海道でブラックアウトが起きてしまったのは、本州と北海道を結ぶ電力の連系線が細く、本州から十分な量の電力融通を受けられなかったこともありますが、それ以上に問題だったのは、苫東厚真という1つの発電所が北海道の電力需要の半分を賄っているという、発電量の一極集中ではないでしょうか。日本のように地震が多い国では、それ自体が電力の安定供給という観点からは大きなリスクであることが、今回わかったのです。
したがって、もちろんかなり時間がかかるとはいえ、今後は発電所の地域的な分散という地理面での多様化も進めることが、必要なのではないでしょうか。
“同時同量”の維持がいかに大変か
電力会社の調整は実はかなり大変
3つ目は、“同時同量”の大変さです。
日本で初めてのブラックアウトが起きてしまった原因は“同時同量”を維持できなかったから、つまり電力需要と比べて発電量が大きく低下したからですが、重要なのはブラックアウトが起きるのは「電力需要>発電量(電力供給)」という場合に限らないということです。
“同時同量”を維持できないとブラックアウトが起きるのですから、「電力需要<発電量(電力供給)」、つまり電力需要よりも発電量が大きくなり過ぎた場合にも、やはりブラックアウトが起きるのです。
この当たり前の事実からわかるのは、太陽光や風力といった再生可能エネルギーを増やせば電力の安定供給も大丈夫とはならないということです。
太陽光発電は太陽が出ているときしか発電できません。風力発電だって風が吹いているときしか発電できません。資エ庁が原発事故の後に高過ぎる買い取り価格を設定したために、日本中で多くのメガソーラーが誕生しました。
それ自体は発電量に占める再生可能エネルギーの割合を増やすためには有益と評価できますが、同時に、大容量の電気を貯める蓄電池の技術がいまだ進化途上の現在は、それが“同時同量”の維持を通じた電力の安定供給に資するわけではないのです。
実際、あまり知られていませんが、今年の5月3日に九州ですごいことが起きました。昼の時間帯に、太陽光発電による発電量が九州の電力需要の81%の水準にまで達したのです。
当然のことですが、九州電力は火力発電所などを常に稼働しており、太陽光発電の発電量が多いからといって、それらの発電所の稼働を一時的に止めることなどできません。つまり、一時的に発電量が電力需要を大きく超過する事態になってしまったのです。
そこで九州電力は、まず火力発電を最低出力まで抑え、次に多過ぎる太陽光発電による電気の一部を揚水発電所(水力発電所)で水を高いところまで汲み上げる(夜の時間帯にその水を落として発電する)ことに使って、何とか“同時同量”を維持し、ブラックアウトが起きないようにしました。
私たち一般国民からすれば電気は常に供給されて当たり前ですが、その裏側では、このように電力会社が24時間365日ずっと“同時同量”を維持して、ブラックアウトが起きないよう、本当に大変な思いをしながら頑張っているのです。日本で初めてブラックアウトが起きたからこそ、その目に見えない努力は正しく評価していいのではないでしょうか。
復興に向けて日本が一丸に
ブラックアウトの総括は不可欠
そして、もちろん電力供給が全面的に復旧しても、それは北海道の復興にとっては1つの問題が片付いただけに過ぎません。実は、私の妻の実家は札幌市清田区にありますが、清田区は土地の液状化で大変なことになっているというリアルな状況も聞いています。
さらに言えば、台風21号により関西国際空港を筆頭に大きな被害を受けた関西地区も、復興に向けた道のりは大変だと思います。
被害に遭われた皆様や地元の関係者の皆様は、復興に向けて本当に精一杯頑張っていらっしゃることと思います。日本全体がそうした方々に寄り添い、でき得る限り、あらゆる応援をして行きましょう。
そして、それが一段落したら、日本初のブラックアウトという大変な事態をしっかりと総括する必要があると思っています。
(慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授 岸 博幸)