グリーンランドの巨大氷河崩壊、温暖化の謎に迫れるか[グリーンランド 19日 ロイター] - グリーンランド東部上空を、過去数年と同じルートで飛ぶガルフストリーム機の中で、米航空宇宙局(NASA)の科学者たちは地表を見下ろし、レーダーを用いて氷の減少をマッピングしていく。
調査チームが世界最大の島である
グリーンランドの80%を覆う氷床上空で針路を定めると、デービッド・エリオット
航空機関士が「チューブに入った」と宣言した。窓の外では、崩落した巨大な氷塊が、まるで塩の破片のように見える。
3月に行われたこのミッションは、NASAの「オーシャンズ・メルティング・グリーンランド(OMG)」プロジェクトの一環である。5年をかけて行われる3000万ドル(約34億円)規模の同プロジェクトは、温度の上昇した海水が氷床を下部から解かしていく様子を理解し、海面上昇の予測を改善することを目的としている。このテーマにおいては、これまでで最も野心的な調査である。
海面上昇は、世界各地の低地にある都市や島しょ、産業に脅威を与えている。だが、海面上昇の程度や速さに関する予測はバラバラである。理由の一端は、海水温の上昇を原因とする極地の氷床融解がどれくらいのペースで進行するのか、科学者にもはっきり分かっていないからだ。こうした曖昧さのため、各国政府・企業による対応も混乱し、気候変動に対する懐疑論に勢いを与えている。
国連の
気候変動に関する政府間パネル(
IPCC)の報告書原案では、2100年までの海面上昇を33センチから1メートル33センチのあいだと予測している。
IPCCによる前回2013年の報告では28─98センチとされていた幅が、さらに広がってしまった。
ロイターが確認した
IPCCの予測は、これまでのところ報道されていない。
OMGの主任調査員ジョシュ・ウィリス氏によれば、これまで氷河に関する研究のほとんどは気温上昇による氷床融解に注目していたが、海水温の上昇も重要な役割を果たすという。
ウィリス氏は、気温上昇による氷河融解についてよく使われる比喩を引用しつつ、「ヘアドライヤーで氷を溶かすというだけではない」と言う。「温暖化する世界の中で、これらの氷床がどのように動くか、実はようやく理解され始めたところなのだ」
OMGプロジェクトでは、
グリーンランド自体が海面上昇にどのように関与しているか明らかにすることを目指しているが、同時に、その知見を
南極圏というはるかに広い地域に応用することも狙っている。
南極圏はグリーランドよりはるかに多くの氷を抱え、最終的に海面上昇においてもずっと大きな役割を果たす可能性があるからだ。そして、グリーンランドの氷のほとんどは海面よりも高い陸地にあるが、南極圏西部の氷床の大部分は海面以下であり、海水温上昇の影響を受けやすい。
NASAによれば、
グリーンランドの氷の融解は現在、世界全体の海面を年間0.8ミリのペースで上昇させており、世界のどの地域よりも上昇値が高い。五輪競技用の水泳プールなら1億1500万面を満たすに足る水量である。
IPCCの研究に携わる科学者は、海面上昇の評価については現時点で最も権威があるとされるが、暫定的な調査結果についてコメントすることは控えた。
IPCC報告書のまとめ役であるハンスオットー・ポッター氏は新たな報告書について、「検証とさらなる改訂を経て」2019年9月に公表する予定だと述べている。
だが、草案作成に関与している科学者の1人が匿名を条件に語ったところによれば、海面上昇に関する予測の範囲は、検証・改訂を経てもより厳密になる可能性はないという。
「海面上昇の予測幅は拡大している」とこの科学者は言う。
<データ不足>
予測が改善されれば、世界各国の政府にとっては朗報だろう。
たとえば英
環境庁は、2100年の時点で海面が90センチ上昇する事態に備え、ロンドンを守るために
テムズ川の防潮堤を更新することを想定しているが、2.7メートルという破滅的な上昇を考慮して計画を修正する可能性がある。
米地球物理学連合(AGU)の刊行物に昨年発表された研究では、2100年までに50センチの海面上昇があれば、中国、ベトナム、バングラデシュを中心として、現在約9000万人が暮らす地域が海面下になると試算している。同研究では、海面上昇が1.5メートルになれば全世界で1億5000万人超の暮らす地域が海中に沈む計算だ。
米国科学アカデミーの刊行物に2016年に発表された研究では、2100年までに1メートルの海面上昇があった場合、2012年にニューヨーク地域の広い範囲で洪水を引き起こしたハリケーン「サンディ」に匹敵する事象が発生する可能性が最大17倍に高まると予測している。
IPCCによれば、海面上昇によってすでに危険性の高い暴風雨の発生は増加しており、米国のメキシコ湾岸地域からモルディブ諸島、中国に至るまで、洪水や海岸侵食が深刻化しているという。フィジーやバヌアツといった標高の低い島しょ国では、海岸沿いの集落の一部を高地に移転させている。
IPCC報告書草案は、2100年時点での海面上昇の幅は、
化石燃料による大気汚染の抑制に向けた各国政府の成果に大きく左右されると指摘。
IPCCは、
化石燃料による大気汚染が20世紀半ば以降の
地球温暖化の主因であるとしている。
だが、
ニューヨーク大学の
海洋学者であり、12年にわたって
グリーンランドの氷河を研究しているデービッド・
ホランド氏によれば、氷床の動態に関する科学者の理解が不足していることも、氷河の融解が海面上昇に与える影響の予測を困難にしている一因だという。
「氷床の動態モデルは、まだ欠陥だらけだ」と
ホランド氏は言う。「より困難の多い予測と未知の物理学に踏み込もうとしている」
<水温の高い深海水>
グリーンランドの氷河の一部は他よりも急速に消滅しつつあり、その理由を解明することが
NASAのミッションの重要な目標となっている。
グリーンランド北西部のトレーシー氷河の氷が、なぜ近隣のヘイルプリン氷河に比べて4倍近いペースで消滅しつつあるのか、その解明に貢献したのは、海水の温度、深さ、塩分濃度に関するNASAの新たなデータだった。研究者は、より深い岩盤の上にある「トレーシー氷河」から流れ出す真水が、グリーンランド沖の温度が高く塩分を含む海水の層と混ざり合うことにより、融解プロセスが加速したという結論に至った。
昨年、67カ所の氷河が、海面より少なくとも200メートル以上深い海水層と接していることを研究者は発見した。この数は、これまでに知られているより、少なくとも2倍は多かった。
6月、
グリーンランドのヘルハイム氷河から幅6キロの氷山が崩落し、粉々に砕けた。海水温の上昇によって引き起こされた可能性のある「
カービング(氷山分離)」と呼ばれるプロセスである。
科学者は、
南極圏で破滅的な規模でのカルビングが発生するのではないかと懸念している。南極にはヘルハイム氷河よりもはるかに大規模なスウェイツ氷河があるが、これは南極西部の氷床を維持する要になっていると考えられている。
「もしスウェイツ氷河がヘルハイム氷河と同じように動くとすれば、(どの程度の速さで崩落していくか)予想できない」とマサチューセッツ大学アマースト校のロバート・デコント教授(地球科学)は語る。同教授は、来年発表される予定の海面上昇に関するIPCC報告書の作成チームに名を連ねる。
IPCC報告書草案では、
南極圏だけでも今世紀中に海面を最大50センチ上昇させる可能性があると示唆しており、このプロセスが不可逆的なものになりかねない証拠が増大しているという。
<警鐘>
今世紀のグローバルな海面上昇に対して氷河の変化がもつ重要性は、科学界においても最近まで広く認識されていなかった。
1995年、
IPCCの第2次評価報告書は「今後50─100年にわたり、
グリーンランドおよび
南極圏の氷床の範囲に関してはほとんど変化しないと予想される」としていた。
IPCCは、2007年の第4次評価報告書において、「(新たなデータによれば)グリーンランドおよび南極圏の氷床の喪失が、1993年から2003年にかけての海面上昇に影響した可能性が非常に高い」としつつ、公表されている研究が不足していることを理由に、将来的な氷床融解の影響は盛り込まなかった。
「最初のうちは皆、『グリーンランドと南極の氷床についてはとりあえず安定しているものと想定しよう』と考えていた」。NASAゴダード宇宙科学研究所の気候学者ギャビン・シュミット氏はこう話す。今日でさえ、「そもそも氷床がどう動くかという力学について、信頼できる何らかのシミュレーションを与えるような気候モデルは非常に少ない」という。
科学的な曖昧さは政治問題になると、コロラド大学教授でIPCC報告書の執筆者でもあったタッド・フェファー氏は指摘する。トランプ米大統領をはじめとする気候変動懐疑論者は、気候変動に関する科学について、実証性に乏しく、政治的動機による化石燃料産業への攻撃だとして批判している。トランプ氏は昨年、約200カ国が参加する地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」から米国は離脱すると発表した。
「一般の人々は、特に反科学的な見解に影響を受けている場合、こうした曖昧さを、『科学者たちは自分が何をやっているのか分かっていない』と解釈してしまう」とフェファー教授は語った。
(Alister Doyle記者、Elizabeth Culliford記者、Lucas Jackson記者 翻訳:エァクレーレン)