発射場が足りない、好調ロケットにインフラの壁

発射場が足りない、好調ロケットにインフラの壁

NIKKEI BUSINESS DAILY 日経産業新聞
日本の宇宙産業の将来を左右する難題が再浮上している。次期基幹ロケット「H3」の開発が佳境を迎え、宇宙ビジネスが活気づく陰で、打ち上げインフラの整備は盛り上がりを欠いたまま。発射場の基礎体力が脆弱なままでは先行する欧米には追いつけない。民間主導で発射場を建設する構想が飛び出すなど、長年の宿題に正面から向き合う動きも出始めている。
無人輸送機「こうのとり」7号機を載せた基幹ロケット「H2B」7号機を打ち上げた(23日、鹿児島県の種子島宇宙センター)
無人輸送機「こうのとり」7号機を載せた基幹ロケット「H2B」7号機を打ち上げた(23日、鹿児島県の種子島宇宙センター
9月23日午前2時52分。種子島宇宙センター(鹿児島県南種子町)から基幹ロケット「H2B」7号機が轟音(ごうおん)とともに空のかなたへと上がった。打ち上げ輸送サービスを担う三菱重工業種子島宇宙センターを管理する宇宙航空研究開発機構JAXA)の技術者たちは余韻に浸る間もなく、次の打ち上げの作業に取りかかった。10月29日にH2A40号機の打ち上げがすぐに控えているためだ。
打ち上げ輸送サービスは、衛星やロケットを発射場に持ち込み、最終組み立てをして打ち上げるまでのプロセスが重要だ。最先端の技術を搭載したロケットを開発しても、発射場がなければ宇宙へは届けられない。華々しいロケットに比べれば発射場の役割は地味だが、責任はむしろ重い。
キヤノン電子IHIエアロスペースなど4社は日本初の民営ロケット発射場を建設する方針で、和歌山県が有力候補に挙がる。日本で衛星打ち上げ能力のある主な発射場は内之浦宇宙空間観測所(鹿児島県肝付町)を含む鹿児島県の2カ所。新規の発射場に集まる期待は高まっている。
■大型ロケットは種子島に依存
とはいえ、H2AH2Bなど大型ロケットを打ち上げられる発射点は種子島にしかない。「ローンチパッド」と呼ばれる発射点はH2AH2Bで異なるものの、燃料や電気系統などの設備は共用。共用設備が損傷すれば打ち上げ予定日の延期を招きかねない。
ロケットで先行する欧米は充実した打ち上げ環境で引き離す。米国は、ケープカナベラル空軍基地やケネディ宇宙センターなど複数の発射場を運用する。災害で一つが使用不能となっても、別の発射場で代替できる。確実に希望の時期に、衛星や探査機などを宇宙に送り届けたい顧客にとって、充実した打ち上げインフラは大きな安心材料となっている。
欧州アリアンスペースが運用する赤道直下のギアナ宇宙センター(仏領ギアナ)は世界で最も優位な発射場とされる。静止衛星は赤道上空約3万6000キロメートルの静止軌道上を周回する。赤道に遠い地域から打ち上げると衛星も多量の燃料を消費する。赤道直下なら静止軌道投入まで燃料消費量を少なくできる。
静止衛星は重量の半分以上が燃料。7~8割を静止軌道への投入に使うといい「衛星の燃料消費が大きいと衛星寿命が縮まる」(スカパーJSAT衛星技術本部長の早坂裕一執行役員)。
日本から静止軌道に衛星を打ち上げようとした場合、ギアナからの静止衛星と比べて「衛星の寿命に4~5年は差が出る」(早坂氏)という。地理的な彼我の差は如何ともしがたいが、2020年代以降は日米欧で次世代ロケットの運用が始まる。顧客争奪戦に乗り遅れるわけにはいかない。
静止衛星の年間の需要は20機超。高度2000キロメートル以下の地球周回軌道を飛ぶ低軌道衛星の獲得競争も激しくなる。複数の衛星を連携させて運用する「衛星コンステレーション」時代に入り、低軌道衛星の需要拡大を見込めるためだ。日本勢が打ち上げ輸送サービスで生き残るには持ち前の確実性や成功率だけでなく、分厚い発射インフラで顧客に安心感を与える努力も不可欠となる。

「コストを下げるにはビジネス規模を大きくする必要があり、射場での打ち上げ間隔は極力短くしなければならない」。三菱重工で防衛・宇宙セグメント技師長を務める二村幸基・執行役員フェローは指摘する。H2Aロケットは打ち上げ間隔を52日に短縮して顧客へのアピールに躍起だ。
三菱重工JAXAが開発中のH3は年6機の打ち上げが前提で、2カ月に1度の打ち上げピッチは譲れない最終ライン。ただ政府や衛星事業会社などの顧客が都合に合わせて打ち上げ日を選んでくれるわけではない。
たとえば特定の時期に3機打ち上げたい顧客に対応するなら衛星やロケットの在庫をもち、組み立てや整備も同時並行で進める基礎体力が必要となる。「顧客を集めるには射場で衛星が滞留しない設備能力を備え、顧客に柔軟性を提供する必要がある」(二村氏)
種子島宇宙センターは2018年に設立50周年を迎え、設備の老朽化などの課題を抱える(鹿児島県南種子町)
種子島宇宙センターは2018年に設立50周年を迎え、設備の老朽化などの課題を抱える(鹿児島県南種子町
種子島の増強は避けて通れない。JAXAも知恵を絞る。現状の整備組み立て棟でH3を収納するため、移動発射台の高さを下げるなどして既存設備をできる限り再使用。当初よりも約100億円コストを減らした。
年6機を超える受注を目指すなら、この規模では済まない。整備組み立て棟から発射点にロケットを移す「移動発射台」を現状の1台から2台に増やしたり、1棟しかない衛星の整備組み立て棟を増強したりする案が水面下で浮上している。
H3の総開発費、約1900億円には発射場の整備コストも含まれる。発射点を1カ所新設する費用は「500億円」(関係者)。ロケットの追跡設備や燃焼試験設備なども加えると発射場は1000億円を超える投資が必要とされる。JAXA長田弘幸・射場技術開発ユニット長は「今後どれくらいの利用を見込めるのかを精査する必要がある」と慎重に話す。
スペースXは複数の発射場をフル活用して大型ロケット「ファルコン9」を最短1週間間隔で打ち上げる。三菱重工が対抗できる水準の低価格化を実現しても、競争力の差は埋まらない。鶏が先か、卵か。積年のインフラ問題に終止符を打たなければ日の丸ロケットの躍進はおぼつかない。
(企業報道部 星正道)