ゴーン前会長と特捜部対立 先例ない事件、今後の焦点は

ゴーン前会長と特捜部対立 先例ない事件、今後の焦点は

2018年12月1日05時00分

 日産自動車の会長だったカルロス・ゴーン容疑者(64)が巨額の役員報酬有価証券報告書に記載しなかったとして逮捕された事件は、東京地検特捜部とゴーン前会長らが対立する構図が鮮明になってきた。退任後に受け取ることにしたとされる年約10億円について、「支払いが確定した報酬」として年度ごとに開示する義務があったかどうかが最大の焦点だ。
 ゴーン前会長と前代表取締役のグレッグ・ケリー容疑者(62)について、東京地裁は30日、12月10日までの勾留延長を認めた。接見した関係者によると、ゴーン前会長は拘置所で差し入れの本を読み、「寒い」と話しているという。
 2人は、ゴーン前会長の報酬は2014年度までの5年間で約100億円だったのに、約50億円と虚偽の記載をしたという金融商品取引法違反の疑いで19日に逮捕された。関係者によると、特捜部は、前会長が日産側と毎年交わしていた合意文書を入手。文書には、年間報酬の総額を約20億円と明記したうえで、内訳として、その年に受け取る約10億円と、退任後に受領する約10億円がそれぞれ記載されていたという。
 1億円以上の報酬を得た役員の名前と金額は、10年3月施行の改正内閣府令で個別開示が義務化された。金融庁は施行前に寄せられたパブリックコメントに対し、「報酬」の定義は会社法の解釈に準じると回答。同法を所管する法務省はこの解釈について、「実際に支払われたものであるか否かとは無関係」に、「その額が明らかなもの」は「当該事業年度に係る事業報告の内容とすることが求められる」という見解を示している。
 ログイン前の続き特捜部は逮捕前に、こうした法解釈を慎重に検討。文書の作成に直接関与した秘書室幹部と「司法取引」し、将来の支払いはこの文書で確定しているという証言を得たうえで、各年度の報告書にその都度、記載する義務があるものを隠蔽(いんぺい)したと判断したとみられる。

違法性の認識でも対立

 一方、ゴーン前会長とケリー前代表取締役は特捜部の調べに、「退任後の報酬は未確定だ」などと容疑を否認している。
 関係者によると、ゴーン前会長は、退任後に報酬を受け取る仕組みがあったこと自体は認め、「多額の報酬が開示されれば従業員のやる気が落ちると思った」と理由を説明している。ただ退任時期は未定で、退任後の支払いはその時点の経済状況の影響も受けることから、「報酬の支払いは確定しておらず、報告書に記載する義務はない」と供述しているという。
 特捜部が重視する合意文書については「サインしていない」と主張。取締役会には諮られていないことから、文書の法的な有効性も争点になりそうだ。
 ケリー前代表取締役は、退任後の前会長の雇用に関し、コンサルタント料など複数の名目で金銭を支払うことを検討し、自身が署名した金額入りの書面を作成したと認めている。これは合意文書とは別の書面とみられる。調べでは「役員を辞めた後の話で、役員報酬とは関係がない」と主張し、計画段階で拘束力はないと供述しているという。
 違法性の認識についても2人は特捜部と対立する。ゴーン前会長は退任後の報酬受け取りについて「弁護士でもあるケリー前代表取締役に相談し、合法と言われた」と強調している。ケリー前代表取締役は「外部の弁護士など専門家に相談し、適法との判断を得ていた。金融庁にも確認した」と主張しているという。

役員報酬の虚偽記載」で初めて事件化

 役員報酬の過少記載という容疑に対しては、世界的な経営者であるゴーン前会長を逮捕するほどの悪質性はない「形式犯」ではないかという批判も出ている。
 特捜部経験のある弁護士は「ゴーン前会長は不記載の報酬を既に受け取っているわけではなく、罪に問うのは形式的な理屈な気がする」と疑問を呈す。隠したとされる報酬が1年で約10億円という点についても「日産の企業規模からすると大きくはない」という指摘もある。
 有価証券報告書は、企業の各年度の財務状況や役員情報が集約されたもので、「1年間の成績表」(市場関係者)と言われる。
 特捜部は、05年にはカネボウ、06年にはライブドアのトップらを、報告書の決算の虚偽記載で逮捕。こうした粉飾事件を受けて06年、証券取引法を大幅改正した金融商品取引法が成立した。報告書の虚偽記載罪の罰則は、それまでの倍となる「10年以下の懲役か1千万円以下の罰金」に引き上げられた。
 09年度決算から始まった役員報酬の個別開示も、08年のリーマン・ショックの後、投資家や株主への情報開示が強化される一環で導入された。報酬が業績に見合っているかなどは、ガバナンス(企業統治)の健全さをはかる指標とされる。特捜部はこの「潮流」に沿って、「役員報酬の虚偽記載」で初めて事件化した。
 専修大の松岡啓祐教授(金商法)は「役員報酬の虚偽記載は行政処分でも先例がなく、確定した解釈はない」と指摘。「将来分の報酬を実質的にはその年の報酬だと認定するには、合意文書の効力や確実性が重要になる」と述べた。