なぜ人は「樹海」に惹かれるのか?青木ヶ原に観光客が急増のワケ
なぜ人は「樹海」に惹かれるのか?青木ヶ原に観光客が急増のワケ
海外から日本へ観光を目的に訪れる外国人の数が年々増え続けています。日本政府観光局(JNTO)の調査によると、訪日外国人数は2017年に過去最高の2869万1073人に達しました。2018年は台風や地震などあいつぐ自然災害の影響で5年8か月ぶりに前年から減少したものの、同年10月以降には再びプラス推移に回復。2019年にはさらなる増加が見込まれます。
そんななか日本には、近年とみに観光客数がアップした場所があります。それが富士山のふもとに広がる「青木ヶ原樹海」。
「え? 樹海へ観光?」と怪訝に思う方もおられるかもしれません。「青木ヶ原樹海」と言えば、かつては「自殺の名所」などという汚名を着せられ、「コンパスが効かない」などの都市伝説が生まれ、不気味で不名誉な印象があった場所。ところが青木ヶ原樹海を歩く観光ツアーを利用する人の数は、この15年間で年間およそ5000人から1万7000人にまで膨大したのだそう。冬期も芸術的な氷柱が見られるとあって、ネイチャーツアーは大好評。四季を通じて多くの観光客が、この神秘の森に分け入っているのです。
*記事内の樹海内の画像はすべて村田らむさんが撮影したものです。
樹々が自分の重さを支えられず倒れてしまう
――村田さんが青木ヶ原樹海を訪れるようになった理由は、なんなのでしょう。
村田「はじめは“ネタ探し”でした。正直に言って青木ヶ原樹海は、当時はあまりよいイメージはありませんでしたから、フリーライターとして『潜入すれば、なにかアヤシイものが見つかるんじゃないか。媒体に売り込めるネタがあるんじゃないか』という不純な動機でした」
――一度のみならず幾度も足を踏み入れるようになったのは、どうしてですか?
村田「単純に美しい光景に感動しました。それまでずっとホームレスや新興宗教など社会問題を取材してきて、人間を取材することに少し疲れていたんです。樹海は圧倒的に自然が相手。樹々が鬱蒼とおいしげっていて、木漏れ日が射して、もののけ姫に出てくるような壮大な風景が広がっていました。見ていて息が詰まるほど美しい。それが魅力でしたね。人づきあいのなかで起きるいやなことが、樹海にいるとどうでもよくなるんです。樹海取材は体力的には疲れるのですが、人間関係で疲れるよりはずっといい」
――青木ヶ原樹海は、実際はどのような場所なのでしょうか。
村田「樹海と呼ばれるほどの深奥な森になったのはここ500年くらい。浅い歴史しかありません。もともとは富士山の北側に位置した直径4キロほどの湖でした。およそ1200年前に噴火があり、湖に溶岩が流れ込み、冷えた溶岩の上に植物が生えて生まれた、言わば“できたての森”なんです。なので土が少なく、腐葉土が数センチ堆積している程度。溶岩の上にそのまま樹が育っているので、成長すると自分の重さで倒れちゃう。青木ヶ原樹海は倒木が多いのが特徴です。その倒れた樹が腐って土になり……ということをずっと繰り返しているんです」
「コンパスが効かない」という都市伝説
――そんな歴史が浅い森に「怖い」というイメージがついたのは、なぜでしょう。
村田「苔むした樹があちこちで倒れている様子を不気味に感じた人が多いので、怖いというイメージが広がっていったのでしょう。『姥捨ての風習が残っている』『頭蓋骨を踏みながら歩く森』だとか、噂が広がりました。そんなはずがない。一時期テレビが盛んにミステリースポットとして紹介したことも大きな影響を与えていると思います」
――「コンパスが効かない」「GPSが役に立たない」など都市伝説も生まれましたね。
村田「『コンパス、ちゃんと効きますよ』と言うと『夢を壊すな!』って怒られるんです。実際はとても安全で静かな森なんです。熊なんて他の森の方がたくさん出ますし」
――「怖い場所」というより「怖い場所であってほしい」という願望を感じますね。そんな青木ヶ原樹海へ訪れる観光客が近年増加しているのだそうですが、これまで100回近く現場を見てこられて、樹海が注目されているとお感じになりますか。
村田「感じますね。僕自身にも、樹海をガイドする仕事の依頼が入りはじめました。テレビ番組の企画でジャニーズWESTを案内したり、アメリカのヘヴィメタルバンド『スリップノット』のメンバーが樹海へ潜りたいと言うので先導したり。なのでこの頃はライターだけではなく“樹海シェルパ”と呼ばれることも多くなりました」
渡辺謙主演映画が起こしたAOKIGAHARAブーム
――海外からの観光客が増えている理由はなんだと思われますか。
村田「もっとも大きなきっかけは渡辺謙が出演したアメリカ映画*『追憶の森』(2015)でしょう。青木ヶ原樹海がこの映画の舞台に選ばれ、『AOKIGAHARA』を訪れることが海外でブームになったんです。道の駅なんて、海外から来た人しかいないなんて光景も見ましたよ」
*『追憶の森』……ガス・ヴァン・サント監督作品。死に場所を求めて青木ヶ原樹海にやって来たアメリカ人男性が、自殺を思いとどまり樹海からの脱出を試みる日本人男性と出会ったことで、人生を見つめ直すさまを描く。
――『追憶の森』が公開されたのちに同じく青木ヶ原樹海を舞台としたホラー映画が製作されたり、アメリカ人の人気YouTuberが樹海で撮影した非常識な動画を公開して物議をかもしたり、観光の理由として「ミステリアスな体験がしたい」という願望があるように思うのですが。
村田「それは確かにあるでしょうね。もともとスピリチュアルとは縁が深い場所です。富士山を信仰の対象とした宗教があり、神社は1200年以上も前から存在している。現在もものすごい数の新興宗教の道場があります。僕自身は無宗教で、心霊経験などもまったくないのですが、精神世界へ通じるような、あるいは肝試しのような経験がしたいからと海外から訪れる人もいますね」
日本は樹海に関心をいだく女性が多い
――日本人からの注目度はあがっているのでしょうか。
村田「あがっていると思います。特に圧倒的に女性の関心が高い。以前に青木ヶ原樹海の写真集を自費出版したとき、記念にサイン会を開いたんです。そのとき並んでくれていたのは、ほぼ女性でした。ゴスロリファッションでグロテスクなメイクをした女子もいました。大学で樹海について講義をしたときも、集まったのは女子の学生ばかり。質疑応答も熱がこもったものでした」
――女子が樹海に興味をもつのはなぜなのでしょう。
村田「『自分のなかの欠落した部分を穴埋めしたいのかな』という気がしました。いまの時代、死とか、終わりとか、リアルには感じられないじゃないですか。樹海をダークなファンタジーととらえる感性が女子の方に多く備わっているのではないかと思います」
ホラーのイメージから脱却をはかる地元
――観光客が増えたことは現場に影響を与えていますか?
村田「はい。観光地化してきたことで、地元の方のご尽力で清掃が行き届き、ずいぶんきれいになりました。一時期はタイヤやドラム缶、大量のアダルトビデオなどが多く捨てられ、ごみだらけだったんです。『ここは観光客をもてなす場だ』と意識が変わってきたんですね。不法投棄やホラーのイメージを拭おうと皆さん頑張っておられます」
――近年は遊歩道が拡充し、ハイキングなどしやすくなったという話も聞きました。
村田「そうなんです。コースからはずれさえしなければ、決して遭難するような場所ではありません。低地で自然を鑑賞できる稀有な森です。富岳風穴や精進湖(しょうじこ)などなど見どころも豊富で、縦横無尽に遊歩道があって、いいウオーキングスポットです。静岡からも山梨からも向かうことができる車道もあり、サイクリングで訪れる人もいます。きのこや昆虫の写真を撮る人や、バードウオッチングを愉しむ人など、過ごし方も多彩です」
――それは素敵ですね。青木ヶ原樹海は川口湖のすぐそばというリゾート化にもってこいのエリアでありながら、これまで開発されずに自然そのままの姿をとどめているのが不思議なのですが、それはなぜでしょう。
村田「地面が溶岩なので掘削が難しく、利用価値が低いから放置されているのだそうです。バブルの時代がもっと長く続いていれば、今ごろはゴルフ場などに拓かれていたかもしれません。そういう点で不景気のおかげで奇跡的に自然の原風景が遺された場所とも言えます。ただ決して未開の地だった場所ではありません。石垣の城跡があったり、倉庫と思われる遺跡もあったりします。おそらく5、60年前のものであろう炭焼き小屋の跡地もあり、ここにかつては産業が興きたこともうかがいしれます」
――そう聞くと、さらに青木ヶ原樹海に人肌あたたかみを感じます。実際に分け入るのには、どのような準備や装備が必要でしょう。
村田「さすがにひとりで行くのはやめておいたほうがいいです。僕はこれまで単独で行動したのは約100回中、3、4回しかありません。ガイドさんをたてたツアーも多いので、初めて訪れる場合は利用するのがいいでしょう。そしてくるぶしまである登山ブーツは必ず履いてほしい。地面に穴があいている場所があり、踏みはずすとケガをします。飲料水も2リットルくらいは要るでしょう。あと午後4時までに森を抜けださないと周囲は真っ暗になります。野生の動物よけのスプレーや鈴もあるほうがいい。怖い場所ではないとはいえ、あまりにも軽い気持ちで行ってはいけないですね」