“気圧の変化を感じる場所が内耳にあった”



鳥類には気圧を感じる器官が耳に存在することが分かっています。彼らはこの能力を使って、自分の飛んでいる高度を知り、雨が降るかどうかなどの気象変化を予見し行動していると考えられています。一方、ほ乳類に気圧を感じる能力があるかどうか明らかになっていませんが、「猫が顔を洗うと雨が降る」などの言い伝えもあり、わたしたち人間においても、「天気が崩れると頭痛がする、ぜん息がでる」、「古傷が痛むので、明日雨が降るのが予知できる」など、臨床家の間ではよく知られた事実があることから、他の動物と同じように気圧の変化を感じている可能性があると言われてきました。この問題を慢性痛の治療の面から長年取り組んできた愛知医科大学医学部の佐藤純客員教授のグループは、中部大学・生命健康科学部と日本獣医生命科学大学獣医学部との共同研究により、マウスにも内耳の前庭器官に気圧の変化を感じる場所があることを、世界で初めて突き止めました。

Ⅰ.研究の背景、概要と成果

「雨が降ると古傷が痛む」「頭痛がする」「気分が落ち込む」など、天気の崩れが体調に影響したり病気を悪化させたりすることは「気象病や天気痛」と呼ばれ、古くから知られていますが、そのメカニズムははっきりとは分かっていません。佐藤教授らは、以前より、天気の崩れにより気圧が変化すると内耳がその変化を感じとって脳に伝え、その結果、さまざまな疾患が発症したり悪化したりするという仮説(図1)を提唱してきましたが、今回の研究成果により、本来は平衡感覚を司る前庭器官に、気圧を感じる部位と機能もあることが確かめられました。
実験の内容は次のとおりです。

マウスを人工的に気圧が変えられる装置にいれて、天気の変化に相当する微小な低気圧に一定時間暴露します。その後、脳を取り出し、内耳の前庭器官からの感覚情報を中継する延髄の前庭神経核細胞の活動を観察しました。すると、前庭神経核のうち、おもに半規管(一部、球形嚢)からの情報が集まる上前庭神経核細胞において、神経細胞が興奮すると増える特殊な蛋白質(c-Fos タンパク質)が細胞内に増加していることを発見しました。一方、他の部位からの感覚情報が集まる神経核細胞に変化はなく、気圧の変化を与えていないマウスでも変化はみられませんでした(図2)。


Ⅱ.今後の展開

今回の研究成果から、私たち人間においても天気の崩れによって前庭器官が気圧の微妙な変化を感じとり、脳にその情報が伝わり、結果として古傷や持病の痛みを呼び覚ましたり、めまいや気分の落ち込みといった不調を起こすものと考えられます。これまで、平衡感覚のみを感じていると考えられてきた内耳の半規管に気圧の変化を感じる能力があることが分かりました。
今後も研究を続け、どのようなメカニズムで前庭器官が気圧の変化を感じ取るのかを明らかにしていきます。また、このメカニズムを明らかにすることで、気象病や天気痛の有効な治療法の確立に繋げていきます。


図1


図2

Ⅲ.研究成果の公表

本研究成果は、平成 31 年 1 月 25 日午後 2 時(米国東海岸時間),PLOS ONE 誌オンライン版として掲載されます。

論文題名:
Lowering barometric pressure induces neuronal activation in the superior vestibular nucleus in mice
(低気圧はマウスの上前庭神経核ニューロンを興奮させる)

佐藤純(さとうじゅん:愛知医科大学 医学部学際的痛みセンター、中部大学 生命健康科学部)
稲垣秀晃(いながきひであき:愛知医科大学 医学部学際的痛みセンター)
楠井まゆ(くすいまゆ:愛知医科大学 医学部学際的痛みセンター)
横須賀誠(よこすかまこと:日本獣医生命科学大学 獣医学部)
牛田享宏(うしだたかひろ:愛知医科大学 医学部学際的痛みセンター)

【本研究成果のポイント】

  • マウスの内耳の前庭器官に気圧の変化を感じる場所と能力があることを突き止めました。
  • このメカニズムを明らかにすることで、気象病や天気痛の有効な治療法の確立に繋がります。