刃物持つ人に遭遇 傘やリュックで身を守るには

刃物持つ人に遭遇 傘やリュックで身を守るには
防犯専門家に聞く

2018/6/16 10:30 日本経済新聞 電子版
東海道新幹線で乗客が刃物で殺傷された。ある日突然、目の前で同様の事件が起きたらどう対処すればいいのか。防犯・安全をテーマにした講座を手がける、安全インストラクターの武田信彦氏に、とっさの対応や心構えを聞いた。
■イヤホンの音量は小さめに 危険を素早く察知
たけだ・のぶひこ 1977年ドイツ生まれ。「うさぎママのパトロール教室」主宰。地域住民やPTA向けの助言、防犯リーダーの育成を手がけるほか、児童・生徒向け安全教室などで講師を務める。著書に「もしもテロにあったら、自分で自分の命を守る 民間防衛マニュアル」(ウェッジ)など
たけだ・のぶひこ 1977年ドイツ生まれ。「うさぎママのパトロール教室」主宰。地域住民やPTA向けの助言、防犯リーダーの育成を手がけるほか、児童・生徒向け安全教室などで講師を務める。著書に「もしもテロにあったら、自分で自分の命を守る 民間防衛マニュアル」(ウェッジ)など
今回の現場となった新幹線の車内に限らず、家から一歩出ると、犯罪原因を抱えた人と居合わせるリスクがある。私たち一般市民に必要なのは、身を守る方法だ。犯罪の気持ちを抱いた加害者が現れても、被害者を出さないようにするのが重要。あらゆるものを使って抵抗し、身を守ることが最優先課題になる。
身を守るために必要なのは「時間」と「距離」、そして「防護」の3要素だ。まず大切なのは、異変や危険に素早く気付くこと。公共の場所では、緊張感を持って過ごすことが欠かせない。特に、目と耳の果たす役割は大きい。歩きスマホや外出中のイヤホン使用は、対応を遅くしてしまうので要注意だ。
交通機関の利用時も、誰かが座ったら目を向けるなど、周囲に関心を払う。イヤホンで音楽を聴くなら、音量は小さめにする。危険を察知したらすぐに周りに知らせて、行動しよう。
動けるのであれば、危険な状況からは速やかに離れる。最近、現場の動画をスマホで撮影しようとする人が増えているが、危険には自ら近づかないのが鉄則だ。
■身近なもので距離をとる ベルトやハンドバッグも
危機発生時は、とにかく防護に徹する。相手が目の前にいるなら、抵抗し続ける。怖さのあまり、相手に背中を見せて固まってしまうと狙われやすくなるので、可能な限り動き続ける。刃物などの凶器が自分の体に届かないように距離をとって、あきらめずに抵抗してほしい。
腕を伸ばして傘を持つと、相手から距離を置ける。ベルトを二つ折りにして持ち、ぐるぐる回すのも効果的
腕を伸ばして傘を持つと、相手から距離を置ける。ベルトを二つ折りにして持ち、ぐるぐる回すのも効果的
防護にあたって重要なのは、必ず盾になるものを手に持つことだ。興奮状態の相手を前に、素手でいるのは非常に危ない。日本では個人の"武装"は許されておらず、できることには限りがある。ベストではないがベターな選択肢として、身近にあるものを活用する方法がある。
例えばリュックサック。両腕を伸ばして前に突き出すように持ち、胸より少し上で支える。最近は強度の高い素材を使ったリュックも多い。ノートパソコンが入っていれば、硬さが増すのでより効果的だ。
傘は長さがあるので、相手との距離を保つのに使える。畳んだままより、先端を相手に向けて少し開いた状態で揺らす方が、圧迫感が出る。相手から自分の体が見えにくくなるのでおすすめだ。
手元に折り畳み傘や500ミリリットルのペットボトルがあれば、左右それぞれの手で持ち、前で交差して構えるとよい。雑誌やパンフレットを棒状に巻いたものも、同様に使える。
リュックサックは盾として使える。足を前後にして半身に構え、腕を伸ばす
リュックサックは盾として使える。足を前後にして半身に構え、腕を伸ばす
身につけているベルトを外して2つ折りにし、端を持ってプロペラのように回すのも効果的だ。女性なら、チェーン付きのハンドバッグを使ってもよい。持ち物を使うと、素手のままより抵抗力が高まる。
盾を持つときに重要なのが立ち方。足を前後にして半身に構えつつ、腕はなるべく伸ばす。相手の手の動きや凶器からは目を離さないようにして、転ばないよう気をつけながら、可能な限り動き続ける。相手の顔や表情は見ない。
今回の東海道新幹線の事件発生時は、盾としてシートの座面が使われた。キャリーバッグなど表面積が大きく、硬いものも役に立つだろう。
■周囲の人と協力を 複数で同時に「盾」
盾を用いることにより、自分の身を守るだけでなく、相手が戦意を失うことが期待できる。複数の人数で同時に盾を使うと、抵抗力はかなり増すはずだ。必要なのは一般市民にできる正当防衛の知恵であり、過剰な暴力ではない。
ペットボトルと折り畳み傘を体の前で交差して構える。いざというときは靴でも代用できる
ペットボトルと折り畳み傘を体の前で交差して構える。いざというときは靴でも代用できる
災害対策の分野では、重要なのは「自助」が7割、地域でお互いに助け合う「共助」が2割、政府や自治体などによる「公助」が1割、といわれている。公共空間で事件や災害が起きた場合は、「自助」とあわせて、その場に居合わせた見知らぬ人たちとの「近助」がカギになる。
まずは自分の身をしっかり守る。そのうえで、周りにいる人たちに危険や対処法を伝えるといった、最低限のコミュニケーションが大切になる。
軍事アナリスト志方俊之氏は「人間が考えつくことは、すべて起こるとみてよい」と指摘している。この考え方を前提に、日ごろからいろんな事態を想定することが欠かせない。外出先で何か起きたとき、どこに逃げるのか、などと考える習慣を忘れないようにしよう。
突然命が危険にさらされたとき、誰しも頭が真っ白になるのは当然で、実際にできることは限られる。一般市民が加害者を取り押さえるのは難しいが、一人ひとりが防護の意識を高めることで、犯罪行為を成立させないように行動することが大切だ。
(生活情報部 南優子)