日本に猛烈寒波、原因は北極の「渦」(天気のなぞ)

日本に猛烈寒波、原因は北極の「渦」(天気のなぞ)
編集委員気象予報士 安藤淳

コラム(社会)
2019/2/9 6:00
天気のなぞ
 まれに見る強い寒気が北日本を通過し、一部は関東などにも流入した。9日は首都圏を含む関東南部の平野部でも大雪になる可能性がある。寒気の中心はかなり強力で、北海道上空はかつてないような低温が観測された。この寒さの「根っこ」は1月末に米国中~東部を襲ったすさまじい寒波と同じだ。北海道以外は、さすがに米国のように大きな河川が凍り付くほどには冷えないが、ここしばらくは日本の広い範囲で寒さが続きそうだ。
東京都など首都圏には、この冬初めて雪が積もりそうだ。上空に十分な寒気が入り、下層も冷えた状態のまま南岸沿いを低気圧が通過し、雪の条件がそろう。多くの場所で午前中から降りだし、雨になるのは海沿いの一部だけとみられる。8日午後には、気象庁も民間気象会社もこうした見立てで一致した。問題はどれだけ積もるかだ。5センチに達すると交通障害が広がりやすい。東京の大雪注意報の基準も、12時間に5センチ以上の降雪が予想される場合となっている。今回、降る時間は比較的短い見通しだが、注意報レベルに達する可能性はある。12時間に10センチの予想だと警報になるが、そこまでは降らないとの見方が多い。
厳しく冷え込んだ札幌市で、軒下に垂れ下がるつらら=8日午前、共同
厳しく冷え込んだ札幌市で、軒下に垂れ下がるつらら=8日午前、共同
雪の降り方は、低気圧の発達するタイミングや、ちょっとした風向きの変化に大きく左右される。首都圏で10~20センチの雪が降るのは、「爆弾低気圧」と呼ばれる急発達した低気圧が接近する場合だ。上空の気圧の谷の前面で、地上付近に低気圧ができ、南からの暖かい空気を受ける配置になると発達しやすい。低気圧が気圧の谷のエネルギーを吸収して雲が発達し、雨や雪の領域が広がって降り方も強くなる。
スーパーコンピューターによる予測計算では、今回は上空の気圧の谷と地上付近の低気圧の位置関係が「理想的」な状態からは少しずれそうだという結果が出た。低気圧は関東から少し離れてから本格的に発達する可能性が高くなった。とはいえ、南岸低気圧による関東の雪は「降ってみなければわからない」といわれるほど予報が難しいことで知られる。過去にも計算通りにならなかったケースは何度もある。8日朝時点の気象庁の解説資料には「低気圧や気圧の谷の予想には不確実性が大きい点に留意」と記載されていた。
雪の積もり方は降ってくる雪片の質にも左右される。地上気温が2度近くあり、水っぽい雪だと、降水量1ミリあたり0.5センチ程度しか積もらない。大きな雪片で見かけは積もりそうでも、路面はぬれるばかりで白くならない。手のひらに載せてみると瞬間に溶けてしまう。ところが気温が1度を下回るようになると雪片の水分は減っていき、降水量1ミリあたりの積雪量は1センチに近づく。黒い布などで雪を受け止めれば、しばらくは結晶の形が見える。内陸部にたまった冷気が北~北北西の風に運ばれ、平野部に流れ出てくるなど空気が冷えやすいきっかけがあると気温は0度以下になり、降水量1ミリあたり雪が1.5センチくらい積もることもある。わずか5ミリの雨相当でも7センチくらいの積雪になる場合があるので注意が必要だ。
寒波に見舞われた米ニューヨークでは公園の噴水が凍った=1月31日(ゲッティ=共同)
寒波に見舞われた米ニューヨークでは公園の噴水が凍った=1月31日(ゲッティ=共同)
日中の気温が約2度という予報が出ても、実際にはその通りはならず、0度付近を行ったり来たりすることが多い。今回もそのようになる可能性が高い。風向きと気温を気象庁ホームページに載るアメダスのデータでこまめにチェックすれば、おおよその傾向は見えてくるだろう。週末や祝日は首都圏の交通量が少なく、気温を上げる一因ともなるビル街から出る熱も少なめだ。その分、より積もりやすい条件になるので、用心するに越したことはない。
今回の寒気の南下で、もっとも気温が低い領域は東へ抜けつつある。北海道では8日が気温の底となったもようだ。上空1500メートルの気温は氷点下24度を下回り、観測史上でもっとも低くなった。この高さの気温が同6度以下だと地上で雪が降るといわれているが、それを10度近くも下回ったことになる。地上の気温も、日中でも同10度に届かないところが続出した。
寒波のもとは「極渦(きょくうず)」と呼ばれる冷たい空気を伴った渦だ。北極付近を取り巻くように吹く偏西風と呼ばれる強い西風が蛇行し、一部がちぎれたようになると、寒気も一緒に切り取られて南下してくる。北半球では低気圧性の渦を伴っている。米国の気象会社は早い段階からこうした極渦の分裂・南下の兆候をつかみ、寒波の到来を予想していた。タイミングも場所もほぼ的中し、多くの人が予報精度の高さに驚いたという。極渦の南下は、北極と周辺の気圧分布が連動して変化する「北極振動」とも密接に関係しており、しばしば激しい気象をもたらす。
米国の寒波は中西部で特に強力で、ミネソタ州コットンで氷点下48度、イリノイ州マウントキャロルで同38度と、想像を絶するような記録的な低さになったほか、都市部のシカゴでも同30度まで下がった。ここまで来ると空気中の水蒸気はたちまち凍り、ある程度湿っていればダイヤモンドダストが舞う。雪が降れば、たとえわずかでもさらさらな粒があっという間にあたりを白くしていく。
米国ではこの冬の全体的な傾向としては暖冬気味で、暖かい空気に覆われることも多かったが、極渦の寒気が入って気温が急降下した。その際に発達した低気圧も北上し、暴風雪をもたらした。極渦が去ると、今後は場所によっては1日の間に30度近くも気温が上がるという激しい変化が起きた。まさにジェットコースターのような気温変化だ。極渦は米国のものとは別に、欧州の中部、そしてアジアにも南下した。
日本に今回、やってきた寒波はアジアの極渦が原因だ。北極付近にあった寒気がちぎれたものの一つが近づいてきた。オホーツク海南部に現れた極渦の中心付近の気温は氷点下50度近い低さ。めったにみない数値だ。この渦の周りを反時計回りにまわるように気圧の谷が移動して日本付近を通過。その後は冬型の気圧配置が明瞭になり、寒気が南下する。これまでも何度か似たパターンとなり、暖かい日があったと思うと急に寒くなるジェットコースター的な気温の変動が起きた。
もし、極渦の中心がさらに南に動いて本州まで一気に下がってくれば、九州を含め全国的に氷点下の寒さになり、米国の寒波に匹敵する状態になったかもしれない。今回は、そこまでいかなかった。上空5500メートル付近で強い寒気の目安となる氷点下30度の等温線は東北地方あたりまで南下したが、それほど珍しいことではない。関東の上空は同20度台前半どまりとみられる。上空を吹く偏西風の蛇行があまり大きくないためだ。週明けには、寒いながらも平年に近い状態に戻っていく公算が大きい。
暖気と寒気の境目には前線や低気圧が発生することが多い。9日に続き、週明けの11日にも南岸沿いを低気圧が駆け抜けていきそうだ。ただ、コンピューターの予測は一定しておらず、このところ週間予報の内容は二転三転している。寒さの底は脱しても、寒気はそこそこ残っているから、低気圧が近づけば首都圏は雪か雨か微妙な状況になるだろう。そのたびに予報官は頭を悩ませることになりそうだ。
安藤淳(あんどう・きよし)
1987年日本経済新聞社入社。科学技術部、産業部(現企業報道部)を経て1998~2002年ワシントン駐在。03~07年パリ支局長。現在、編集委員論説委員。環境・エネルギー、先端医療などを取材。気象予報士609号。