ロボットが怠けることを覚える日

ロボットが怠けることを覚える日

いずれ人間と同じく仕事に飽き、さぼり始める可能性も

人間はロボットを恐れる必要はない?
人間はロボットを恐れる必要はない? Illustration: Nishant Choksi
 米国の人々はロボットが人間の仕事を奪うと恐れている。そう考えるのも無理はない。ロボットは疲れも病気も知らず、二日酔いでつぶれることもなく、車を製造したり、特大サイズのカフェラテをいれたりできるうえに、ユーモアあふれる短い新聞コラムを書くことすらできる。スピードも効率も人間を上回る。効率ははるかに高い。
 ロボットには健康保険も年金も必要なく、病気休暇も不要だ。休暇はずっと少ない。ミーティングで時間を無駄にすることも、職場の争いに巻き込まれることもない。パワーポイントでプレゼンテーションもしない。となれば、大半の分野で近くロボットが人間に取って代わらないはずがない。今後もロボットの理解が及ばないのは歯科医術、漫談、ロゴデザインだけだろう。それですらいずれ変わり得る。
 この悪夢のシナリオは、人間と違ってロボットはさぼらないとの認識が前提になっている。彼らは貴重な就業時間をオンラインポーカーやネコの動画やポルノ鑑賞に費やしたりしない。ひたすら働くだろう。休息もストもない。ランチ休憩さえ不要だ。外に出て一服する必要は全くない。
 だがこうした想定は全て間違っているかもしれない。人工知能(AI)の潜在能力が全開になれば、機械は簡単に人間と同じくらい、あるいはそれ以上に賢くなる。多くの人間より賢くなることは確実だろう。私たちの教育制度には全く秩序がないから、それはさほど難しいことではない。
仕事は退屈なもの
 だがここからが問題の核心だ。程度の差こそあれ、仕事というのは楽しいものではない。くだらないユーチューブの動画よりも日々の仕事を面白くする方法を人類が見つけられるのなら、とっくにそうしていたはずだ。
 頭の良いロボットたちは、これに気づくだろう。そして遠からず人間そっくりに振る舞い始めるだろう。いずれ、書類の整理をしているはずの時間に延々とゲームをプレーするようになる。誰もがしているように、スポーツ専門サイトをいくつも閲覧したり、こっそりテレビドラマの続きを見たりもする。悲しいかなロボットはポルノも見るだろう。いくつもいくつも。
 ロボットは賃上げを求めないだろうから、会社は確かにストや怠業を心配しなくていい。だがロボットは失業を恐れないため、こつこつと懸命に働く動機もない。やがてロボットが怠け者だと分かり、会社が文字通り人間を呼び戻すはめになる事態も考えられる。人間は稼ぐためであれば、働くことを常にいとわないだろう。ロボットは違う。
 全ての仕事がむなしいと言うつもりはない。私自身は仕事が好きだった人を2人知っている。フィラデルフィアの小さな病院でメディケア(高齢者向け医療保険制度)のコーナーを切り盛りしていた私の母と、チャック・ベリー(ミュージシャン)だ。他にもいるかもしれない。私が言いたいのは、仕事が面白い時でさえ、大半の人は他のことをしたがるということだ。
 ロボットがさぼらずに働くのは半年程度にすぎず、その後は人間よりも生産性が落ちるのではないかと私は疑っている。だから人間は機械を恐れなくて良い。君たち機械は、私たちよりうまく顧客サービスや技術サポートの仕事をこなせると思っているのか。
 お手並み拝見だ。