約束の「宇宙コロニー」 なぜ実現しなかったのか


約束の「宇宙コロニー」 なぜ実現しなかったのか

1950年代の宇宙計画から半世紀余り、ようやく見えた兆し

1952年3月号のコリアーズ誌。人類の宇宙進出が目前に迫ったかのように描いている COLLIER’S MAGAZINE/JTE MULTIMEDIA
 筆者は11歳の時、スペースキャンプに参加した。そこで将来、自分が宇宙に行くことはないと悟った。1986年7月のことだ。わずか6カ月前、スペースシャトル・チャレンジャー号が打ち上げ直後に爆発事故を起こしていた。テレビの中継映像が流れたこの事故で7人の飛行士が命を落とした。キャンプが開催された米アラバマ州ハンツビルの宇宙ロケットセンターは当然ながら重苦しい空気に包まれていた。米航空宇宙局(NASA)は新たなミッションを中止し(悲劇の原因とされるOリングの欠陥についてNASAは今も調査中)、われわれ「未来の宇宙飛行士」にはこの先飛び立つ予定もなくなった。フリーズドライ宇宙食ナポリタンアイスクリーム」を試食し、大きな岩の横で記念写真を撮り、巨大な遠心分離機による重力環境を体験した後、家路についた。
 スペースシャトルは1988年に打ち上げを再開。その後ハッブル宇宙望遠鏡国際宇宙ステーションISS)を構成する区画を相次ぎ打ち上げた。だが2003年にコロンビア号が再び犠牲者の出る悲惨な事故を起こし、2011年にミッションを終了した。
 「シャトル計画は大きな可能性を示した点で目覚ましい成果だった。ただ、打ち上げを定期的かつ手頃な費用で行うとされていたのが、最終的にはどちらも実現しなかった」。ジョージワシントン大学宇宙政策研究所のジョン・ログスドン名誉教授はこう指摘する。「あまりにもリスクが高く、あまりにも費用がかかった」

 かつて宇宙への移住は不可避と思われた時代があった。ナチスドイツのロケット研究者で後に米国の宇宙計画を主導したヴェルナー・フォンブラウンの予想では、人類はすでに50年前に地球外空間で暮らし始めているはずだった。「今から10~15年以内には地球がはるか上空に仲間を持つようになる。人工衛星は宇宙への最初の足がかりになるだろう」。コリアーズ誌で1952年から始まった宇宙旅行に関する連載シリーズ「Crossing the Last Frontier(最後のフロンティアを超えて)」でフォンブラウンはこう述べた。雑誌の表紙にはこうある。「人類は間もなく宇宙を征服する」

 フォンブラウンは再利用可能な宇宙船が毎日のように軌道上に打ち上げられる世界を思い描いていた。最初に飛び立つ勇者の一群が、巨大な車輪型の宇宙ステーションを組み立てる。その80人の乗組員(全員が男性)が常食とするのは、冷凍された野菜とTボーンステーキだ(ロケット燃料を節約するため骨抜きされている)。宇宙ステーションの穏やかな回転によって人工的な重力環境を作るが、ヘリウムと酸素を満たした船内では誰もがミッキーマウスのような声になる。宇宙ステーションを拠点に有人月面探査を行うほか、いずれは火星に向かうというものだ。技術的にはどれも全く不可能な計画ではない。しかし何一つ、フォンブラウンの考えたようには実現していない。
1950年代にヴェルナー・フォンブラウンは80人乗りの宇宙ステーションの構想を発表し、60年代半ばに実現する可能性があるとみていた
1950年代にヴェルナー・フォンブラウンは80人乗りの宇宙ステーションの構想を発表し、60年代半ばに実現する可能性があるとみていた Photo: COLLIER’S MAGAZINE/JTE MULTIMEDIA
 宇宙探査の計画を立てるのは科学者だが、資金を手当てするのは政治家だ。ソ連が人類初の有人宇宙飛行を成功させた直後、当時のジョン・F・ケネディ米大統領は人類が月面に初めて降り立つ計画への決意を固めた。「われわれは月に行くことを選択する」。同氏は1962年に世界に向けて宣言した。

 「ケネディの決断は史上最悪の決断という見方ができるかもしれない」。NASAの宇宙史責任者を1990~2002年まで務めたロジャー・ローニアス博士はこう語る。同氏は近刊書「Apollo’s Legacy: Perspectives on the Moon Landings」の著者でもある。

 われわれはフォンブラウンの想定より10年早く月面に到達したが、そのコストは実質的に宇宙計画を経済的破綻に追い込んだ。アポロ計画の費用は現在の価値でおよそ1500億ドル(約16兆7800億円)。ログスドン教授によると、これは米政府による戦時以外の単一プロジェクトの費用では今も最高額となっている。
 宇宙飛行士ニール・アームストロングが月面に小さな1歩を踏み出した時、リチャード・ニクソンが大統領を務めていた。ニクソン氏は1年もたたないうちにNASAの予算を劇的にカットした。同氏は声明の中で「宇宙への支出は、国家の優先課題を厳密に管理する中でその適正な位置を決めるべきだ」と語った。
 米国の宇宙計画はその後も重い足取りながら前進した。1998年にはISSの建設が始まった。1000億ドル余りの費用をかけたISSは、収益源となる新たな医薬品や素材の低重力製造拠点となるはずだった。「この規模のこれほど複雑な施設を運営することは技術的に目覚ましい成果だ」。ログスドン教授はこう語る。「ただ、この研究施設はあらゆる有益な見返りをもたらすはずだった。私が思うに計画の提唱者でさえ、今までの成果がコストを正当化するとは言いかねるだろう」
 そこが一筋縄でいかない部分、つまり正当化ということだ。われわれは今も人類が地球外に進出すべき持続的かつ有意義な理由を探している。

 イーロン・マスク氏の宇宙ベンチャー、スペース・エクスプロレーション・テクノロジーズ(スペースX) は、人類をISSまで(将来的にはその先まで)運ぶための大型ロケットとカプセル型宇宙船を開発している。また同社は商業衛星などに打ち上げサービスも提供している。新たな需要掘り起こしに成功すれば、ビジネスが軌道に乗る可能性がある。さらには微少重力環境下での製造、軌道を回るデータセンター、スペースXが運営する衛星インターネットサービスなど未来の可能性は広がる。だがまだ何も立証されてはいない。

「宇宙居住者の生活は窮屈で複雑なものになる。その環境は近代的な潜水艦の中に似たものだろう」。SF作家ウィリー・レイはコリアーズ誌にこう記した
「宇宙居住者の生活は窮屈で複雑なものになる。その環境は近代的な潜水艦の中に似たものだろう」。SF作家ウィリー・レイはコリアーズ誌にこう記した Photo: COLLIER’S MAGAZINE/JTE MULTIMEDIA
 マスク氏やアマゾン・ドット・コムジェフ・ベゾス最高経営責任者(CEO)を筆頭とする一部の人々は、人類絶滅のリスクをヘッジするために地球を去るべきだと考えている。だが火星で有効な生命維持システムであれば、生存環境が悪化しつつある地球でも同じように機能するのではないか。それに加え、ローニアス博士はこう指摘する。「もしわれわれが世界的な気候変動によって地球を台無しにし、そのせいでもう住めないのだとしたら、恐らくわれわれには核戦争――呼び方はともあれ荒廃状態――を生き延びる資格がないだろう。完璧な環境を求めて惑星から惑星へと移り住むのは最善の方法ではないかもしれない」
 NASAは現在、新たなカプセル型有人宇宙船「オリオン」の試験運用を行っている。NASAの話では「われわれを以前より遠く、例えば月や火星の近くまで運ぶ」ものだという。NASAが計画する宇宙ステーション「月軌道プラットフォームゲートウェイ(LOP-G)」と融合すれば、1950年代にフォンブラウンが構想したものに近い形となるだろう。
 筆者は先日、スペースXの新型宇宙船「クルードラゴン」がISSにドッキングする場面をストリーミング配信で見た。その光景はSF映画の見過ぎで鈍った感覚にも新鮮な驚きを与えた。唯一の乗客はマネキンだが、それでも米国の宇宙船による有人飛行は可能だと感じられた。それはスペースシャトル以来の経験だった。まだたどり着いてはいないが、宇宙で暮らすことがもう一度われわれの視野に入ってきた。