「全樹脂電池」ついに量産へ、巨大市場を開拓

「全樹脂電池」ついに量産へ、巨大市場を開拓
全樹脂電池の可能性(上)

2019/4/17 6:30 日本経済新聞 電子版
日経エレクトロニクス
電極を含めほぼ全てを樹脂で形成する「全樹脂電池」が量産に向かう。同電池を考案した慶応義塾大学の堀江英明氏が、低コストの大量生産技術を確立するための会社を設立。共同開発先の化学メーカーである三洋化成工業が子会社化し、同社自ら電池事業に取り組む。同電池は、容量密度を従来の2倍以上にできるのに加え、設備投資額を数十分の1に、材料コストは半減できるという。巨大な2次電池メーカーを駆逐する可能性を持つ。
慶応大学特任教授の堀江英明氏(左)と三洋化成社長の安藤孝夫氏
慶応大学特任教授の堀江英明氏(左)と三洋化成社長の安藤孝夫氏
■三洋化成、製造技術会社を傘下に
全樹脂電池は、製造工程が従来とは全く異なるリチウム(Li)イオン2次電池だ。構造上、工程が簡素で、無駄な部材が不要なために低コスト化しやすい。当面の価格目標は1ワット時当たり15円だ。定置用蓄電池や電気自動車(EV)用2次電池の長期的な目標である1ワット時当たり10円も視野に入る。安全性は高く、発火の原因となる短絡は、たとえくぎを打っても生じにくい。
数多くの利点を備えながら、量産に乗り出す電池メーカーはこれまでなかった。既存の2次電池とは製造工程が異なることによる。考案した慶応義塾大学特任教授の堀江英明氏と共同開発中の三洋化成工業は、パイロットラインで全樹脂電池を試作し動作確認した実績はあるものの、自ら製造することはなかった。量産ノウハウを持たないためだ。
ここへ来て堀江氏が動いた。2018年10月に全樹脂電池の量産技術を確立するための会社APB(東京・港)を設立した。同氏が社長を務める。慶応大学が主体のベンチャーキャピタル、慶応イノベーション・イニシアティブ(KII、東京・港)とともに共同出資する。
新会社の目標は「既存の10分の1以下の設備投資額で高速かつ高歩留まりに大量生産できることを確認し、そのための製造装置と製造レシピを提供可能にする」(堀江氏)ことだ。
19年2月には三洋化成がAPBへの出資を決めた。過半の出資によって子会社化する。APBが確立した技術を基に量産を始め、事業規模を拡大していく。
三洋化成の売上高は約1600億円(2018年3月期)だが、「まずは1000億円の売上高を目標にする。将来的には会社を何個もつくるつもりで取り組む」(社長の安藤孝夫氏)。APBは、三洋化成以外のメーカーが全樹脂電池を生産したい場合、そのメーカーとの協業も視野に入れる。
全樹脂電池の研究は、公開特許によると、堀江氏が日産自動車に在籍していた1990年代までに始まった。同社と三洋化成は、10年代初めには共同開発していた。堀江氏の慶応大学への移籍以降、同氏と三洋化成の共同開発が続いている。
■設備コストを1~2桁安く
全樹脂電池を低コストにできるのは、その構造が既存品とは異なることによる。電気エネルギーを蓄える活物質や、そこに電気を流すための電極が樹脂(高分子材料)である。基本的には、活物質の粉末を電解液に混ぜ込んだペースト状の材料を樹脂フィルムに塗って、そのフィルムを電池構成部材のセパレーターとともに重ねると電池になる。
全樹脂電池の試作品。一般的には金属を使う集電体にも高分子を適用する
全樹脂電池の試作品。一般的には金属を使う集電体にも高分子を適用する
高分子によるペースト
高分子によるペースト

全樹脂電池の原理。電気を集電体の長手方向に流すのではなく、面に対して垂直方向に流す(図:堀江氏)
全樹脂電池の原理。電気を集電体の長手方向に流すのではなく、面に対して垂直方向に流す(図:堀江氏)
実装した場合の断面構造
実装した場合の断面構造

このため量産工程が簡素である。製造ラインは、活物質と電解液によるペーストを混ぜ合わせて作製するためのポッド(つぼ)と、ペーストをフィルムに塗るための装置、フィルムを積層する装置くらいで済む。既存の2次電池の量産に欠かせない乾燥装置(百数十度に熱するヒーター)は不要だ。乾燥工程は活物質をペースト状にする有機溶媒を塗布後に気化して取り除くために必要である。
全樹脂電池の量産コストを左右するのは、ペーストをフィルムに塗布する工程だ。この工程の生産性を高めて設備コストを抑えられる。
製造ラインには、ロールに巻いたフィルムを別のロールで高速に巻き取りながら連続処理するロールツーロール装置を使う。同装置は既存の2次電池の製造にも使うが、処理性能は毎分20メートル程度。乾燥工程に数十秒かかることが主な原因だ。全樹脂電池なら乾燥工程が不要なため、処理速度を2倍以上にすることは難しくなく、3~4倍に高めることも可能という。
しかも、既存の2次電池よりもペーストを5倍以上に厚く塗っても機能する。一度の処理で大容量品が作れる。
これらにより、同一のロールツーロール装置で10倍以上の処理が可能になる。電池の原価に占める減価償却費は一般には20%前後であり、この値をフル量産時には10分の1以下、場合によっては数十分の1にできる。
大規模な設備投資を続けて量産規模を拡大している中国・寧徳時代新能源科技(CATL)をはじめとする大手電池メーカーは、年々設備の償却を進めており、後発メーカーの参入障壁は高まっている。こうした競争環境にあって、全樹脂電池はゲームチェンジャーとなる可能性が高い。減価償却費をケタ違いに低減することで、後発メーカーが参入しても、先行メーカーに対峙できるコスト競争力を発揮できそうだ。(下につづく)
(日経 xTECH/日経エレクトロニクス 三宅常之)