中国、米衛星を利用して警察と軍を強化

中国、米衛星を利用して警察と軍を強化

ボーイングや投資会社カーライルなどが間接的に中国の戦略を支えている

AsiaSat 7 headed into orbit in November 2011. VIDEO: ILS
 地表から約3万5400キロの軌道を一群の人工衛星が周回している。これら衛星は米国製だが、米国に不利益を及ぼす形で中国政府に利用されている。
 これら衛星のうち9基は、南シナ海の島々に展開する中国軍の兵士らと連絡を取るためであったり、社会不安を抑え込むべく警察力を強化したり、国家の宣伝を広範囲に確実に浸透させたりするのに役立っている――。企業の記録や株式市場への報告書、幹部らへのインタビューを通じ、そうした実態が明らかになった。
 ボーイングが製造中の10基めの衛星は、米国の全地球測位システムGPS)のライバルとなる中国のシステムを強化することになる。このシステムは民生分野での利用に限らず、ミサイルを誘導するなど紛争が起きた場合にも中国を利する可能性がある。
 米国の法律は、米企業が中国に衛星を輸出することを事実上禁じている。しかし米国は、宇宙に飛び立った後の衛星の周波数帯域幅の利用方法については規制していない。ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)の調査で明らかになったのは、購入を認められていないはずの米国製の衛星の能力を中国が事実上利用できる状況にあることだ。
 それを可能にしているのは、衛星の保有形態の複雑さとオフショア企業の存在だ。WSJの調査によれば、ボーイングのほか、投資会社カーライル・グループなど米国の大手企業の一部が、間接的に中国の戦略を支えている。
人工衛星「アジアサット9」(2017年9月)
人工衛星「アジアサット9」(2017年9月) Photo: AsiaSat
 こうしたことは、中国の軍事力増強に対抗し、中国警察による人権侵害を非難する米国の立場に反するように思える。WSJの調査内容を確認した米国の当局者や元当局者は、これらの衛星契約について、中国が米国の民生用技術を戦略的利益に利用していることを示す懸念すべき例だと述べている。
 超党派の米議会諮問機関、米中経済安全保障再考委員会(USCC)の委員長を務めたこともあるラリー・ワーツェル氏は「倫理面とモラル面での深刻な問題であり、安全保障上の問題でもある」と語った。
 ボーイングWSJへの回答の中で、中国版GPSの強化につながる最新の衛星契約を保留扱いにしたことを明らかにした。同社は米国の法律を順守しているとしており、カーライルも同様だ。
 米中は現在、バイオテクノロジー半導体、通信などの最先端技術分野で覇権争いを繰り広げている。米当局者らは、中国が目的達成のためにはスパイ活動やハッキングも行っていると指摘する。商業通信衛星などの事業分野では、中国は米国の規制をかいくぐり、米企業の商売熱を利用することで、戦略目標の達成に必要な技術を手にしている。
 中国の裏技による衛星利用は、何年も前から続いていた。米国の当局者や業界関係者はこれまで、米国の衛星輸出による利益は、米国の優位を保つ事業に再投資できると主張してきた。また、一部の国防当局者らは、中国による米国の衛星利用は、米政府に中国の宇宙開発能力に関する貴重な知見をもたらすと語っていた。彼らは、中国が米国の衛星を利用するのはスポーツ中継など無害な目的だと考えていたのだ。
 香港企業のアジア通信テレコミュニケーションズ(アジアサット)は、長年にわたり中国本土と米衛星メーカーの橋渡し役を務めてきた。アジアサットの経営権は中国国営の金融コングロマリット中信集団(CITICグループ)とカーライルが握っており、両社の合計保有比率は約75%となっている。
宇宙での競争中国は通信衛星の技術で米国に後れを取っている推定最大通信速度(ギガビット/秒)Sources: Northern Sky Research (U.S.); China Satellite Communications(China)
260 220 100 20 ボーイング(米国) SSL(米国) オービタルATK(米国) 中国空間技術研究院
 米国の輸出規制では、香港は中国本土とは別の扱いになっている。このためアジアサットは、部分的に中国の支配下にありながらも米国製の衛星を購入できた。過去何年かにアジアサットが軌道に送り込んだ米国製の衛星は9基。この中にはボーイングの衛星のほか、マクサ・テクノロジーズ傘下でカリフォルニア州パロアルトに本社を置くSSLの衛星も含まれる。これら衛星の大半は現在も稼働している。
 アジアサットは、アジア太平洋地域にニュースやスポーツ番組などの通信サービスを提供している。同社の英語版の財務報告などには、中国政府による衛星の周波数帯域利用に関する記述はほとんどない。
 より詳細な実態は、CITIC子会社のウェブサイトに掲載された何十件かの中国語の報告書から浮かび上がった。この子会社は過去10年にわたり、アジアサットの周波数帯域の中国本土での取引を担当してきた。
 約30年前にアジアサットが最初の衛星を打ち上げて以降、中国政府は国営放送会社と地方を結び付けるために衛星を利用してきた。CITICは2015年、アジアサットが北京での大規模な軍事パレードの放送に関わったことを受け、自社サイトに「中国は富める国であり軍隊は強力だ」と投稿。「衛星通信は、国家の発展を映し出すものだ」と伝えた。
 中国の公安当局は、衛星は警察活動の中核を成していると表現してきた。公安当局の資料からは、ボーイング製の衛星アジアサット4とSSL製のアジアサット5が緊急展開部隊の創設に活用されていたことが明らかになった。
 CITICの衛星部門は、何年も前から中国政府との関係を公言している。2008年と2009年には、チベット新疆ウイグル自治区での反政府抗議活動や暴動の鎮圧にアジアサットの衛星が活用されたことを伝えている。
 WSJが確認したプレゼン文書のコピーによると、CITICのマネジャーは2011年に開かれた業界の会合で、緊急時対応向け衛星通信サービスのエンドユーザーとして、中国公安当局や軍当局を並べていた。
 CITICはWSJに対し、質問はアジアサットにするよう伝えてきた。アジアサットは個別ユーザーの周波数帯についてはコメントを差し控えた。

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 アジアサットは文書を通じ、中国軍が直接の顧客ではないと説明。その上で、通信業者が当初は災害救助のために取得した通信能力を軍が使っていると述べた。
 アジアサットは、チベットや新疆での騒乱に当局がどう周波数帯を使っているかは承知していないとも語っている。
 アジアサットの会長はカーライルのマネジングディレクターだ。カーライルは政治と最も関係が深い大手のプライベートエクイティ(PE)企業の一つで、防衛、通信、医療といった分野に投資している。フランク・カールッチ元米国防長官が同社の会長を10年間務めていたほか、ジェームズ・ベーカー元国務長官ジョージ・H・W・ブッシュ元大統領もかつて同社の顧問を務めていた。

 カーライルは声明で、アジアサットの機器が中国通信会社の顧客の通話やインターネット通信を支えていると説明。「それは インテルサット が米国でベライゾンAT&T にサービスを提供しているのと同じだ」と述べた。

 さらに「アジアサットはプライバシーの問題を理由に、コンテンツの監視および規制は行わない」と付け加えた。
 カーライルは2015年5月にアジアサットに投資した。カーライルの広報担当者によると、同社は年次報告書を国務省に送り、アジアサットが米国の輸出規制に従っており、センシティブな技術情報は承認を受けた人のみで共有されることを確認している。
 CITICによると、中国国営通信会社が2013年からボーイング製のアジアサット4を利用し、3Gモバイル通信サービスを南シナ海南沙諸島(英語名:スプラトリー諸島)に提供し始めた。フィリピンやベトナムも領有権を主張している同海域を支配すべく、中国はそこで軍事的なインフラを建設している。
 CITICによれば、通信速度は2016年に4G相当にまで改善した。同社は1年後、中国による「海上の権利と利益の維持」を支援することを約束した。これは中国の軍と外務省がよく使うフレーズだ。
 アジアサットは南シナ海でのサービスについて、必要とする全てのユーザーが利用できると説明。「漁業関係者のほか、クルーズ船や民間の船舶に乗る人」も対象だと述べた。
 アジアサットのロジャー・トン最高経営責任者(CEO)はインタビューで、同社が以前は中国沿岸警備当局にもサービスを提供していたが、軍とは直接的に関わっていないと述べた。
 同CEOはアジアサットによる米企業からの購入が、米経済に15億ドル(約1700億円)以上の恩恵をもたらしたと指摘。「アジアサットは二つの超大国がいかに協力すべきかを示すサクセスストーリーとして理解されるべきだ」と語った。
 一方でアジアサットは、米政府が出資するラジオ局「ラジオ・フリー・アジア」と「ボイス・オブ・アメリカ」との契約終了を決めた。両ラジオ局は、政治的にセンシティブな話題の報道を行うため、中国政府の悩みの種となっていた。
 この決定についてトンCEOは、単なる商業的な理由によってなされたと述べた。
人工衛星「アジアサット6」(2016年9月)
人工衛星「アジアサット6」(2016年9月) Photo: AsiaSat
 前出の通信衛星メーカーSSLは、過去10年間に5基の衛星をアジアサットに納めた。同社は米国法に従っていると述べ、それらの衛星に軍事的な暗号技術は使われていないと説明した。
 ボーイングは「アジアサット4」になった衛星について、元々はヒューズ・スペース&コミュニケーションズが交渉していた取引の下で製造され、その後ヒューズを買収したボーイングが押し進めたと述べた。ボーイングは輸出ライセンス違反となるような衛星技術の移転については一切認識していないと説明。製造した衛星が宇宙に打ち上げられた後については、各周波数帯利用者の監視は不可能であり、それは法律で義務付けられてもいないと述べた。
 WSJが昨年12月に行った別の調査は、中国のある国有企業がボーイングによる開発計画の下で策定された商業衛星プロジェクト向けに、いかにしてオフショア市場で約2億ドルを調達したのかを明らかにした。この報道の後に契約は解消され、米連邦捜査当局(FBI)が捜査を開始した。
 米商務省の報道官は、同省は衛星の輸出を管轄するものの、周波数帯の使用については管理していないと述べた。一方、衛星技術については国務省も管理している。同省は「米政府は企業に対し、各自の商業活動が中国の人権侵害に加担することのないよう厳格なセーフガードを実施するよう強く要請している」と説明。国務省南シナ海における中国の軍事基地化を非難している。
 オフショア企業と米国の宇宙技術が組み合わされた取引の一つに、ボーイングが成約した「シルクウェーブ1」と呼ばれる衛星の製造契約がある。

 契約の中心となったのは香港に本拠を構えるCMMBビジョン・ホールディングス。同社の創業者であるチャールズ・ウォン氏は中国本土の生まれで、ハーバード大で学んだあと、 ゴールドマン・サックス で働いた経歴を持つ。

CMMBビジョン・ホールディングスのウォンCEO(3月)
CMMBビジョン・ホールディングスのウォンCEO(3月) Photo: Billy H.C.Kwok for The Wall Street Journal
 ウォン氏は自身について、米国に強い親近感を持つと同時に、中国の愛国者でもあると表現。「中国には最良の技術が必要だ」と述べた。
 ウォン氏によれば、CMMBビジョンは「シルクウェーブ1」を利用して車載機器などにコンテンツを送信することで、中国の携帯電話ネットワークでの混雑緩和に貢献することが可能だとしている。また、国家的な緊急時や戦時においては、中国の指導者が14億人の国民に迅速に警告を発することを理論上は可能にすると述べた。
 同氏の説明では、CMMBビジョンの米国のパートナーであるニューヨーク・ブロードバンド(同氏も一部保有)がボーイングの衛星を購入し、その能力をCMMBビジョンにリースする見通し。これは複雑な取引だったが、ウォン氏およびボーイング関係者によると、米当局は承認した。
 CMMBビジョンによると、契約成立後まもなく、中国の経済計画当局がこの事業を「主要国家発展プロジェクト」の一つに指定した。それを受けて同社は中国事業の過半数の権利を中国国営放送局に供与。これについてウォン氏は中国の規則に従うものだと述べた。
 ウォン氏は、「シルクウェーブ1」のサービスを中国以外にも広げ、習近平国家主席が進める巨大経済圏構想「一帯一路」にも協力したいとしている。
アジア通信テレコミュニケーションズ(アジアサット)のオフィス
アジア通信テレコミュニケーションズ(アジアサット)のオフィス Photo: bobby yip/Reuters