ミュオン触媒核融合 日本で新研究動き出す

ミュオン触媒核融合 日本で新研究動き出す

日経産業新聞
科学&新技術
2019/4/16 6:30 日本経済新聞 電子版
「ミュオン触媒核融合」という独特の方式の核融合に再び光が当たっている。核融合を起こすのに素粒子ミュオン(ミュー粒子)を触媒のように繰り返し使うという方法。大量のミュオンが作れる大強度陽子加速器施設「J-PARC」(茨城県東海村)で、新しいアイデアのもとに研究が始まっている。
太陽のエネルギー源となっている核融合反応。水素やその同位体重水素三重水素)が2つくっついてヘリウムになるときにエネルギーを生み出す。フランスで建設が進む国際熱核融合実験炉(ITER)などは、原子核と電子が超高温・高圧でバラバラになったプラズマ状態を作って核融合を起こしやすくしている。
ミュオン触媒核融合の実験を行うJ-PARCの施設(茨城県東海村)
ミュオン触媒核融合の実験を行うJ-PARCの施設(茨城県東海村
これに対して、ミュオン触媒核融合ははるかに低い温度で水素などの核融合を起こせることが知られている。ミュオンという素粒子を、融合したい水素に捕獲させるなど巧みに利用することで、核融合反応を連続的に進めることができる。
ミュオンの中で負の電荷を持つ負ミュオンを使う。負ミュオンは電子と性質がよく似ている。重水素三重水素にミュオンのビームを当て、これらの原子がミュオンを捕獲した「ミュオン原子」を作ることで、核融合を起こしやすくする。
ミュオンは電子よりも約200倍重いため、ミュオン原子ではミュオンが原子核を回る軌道が電子と比べて約200分の1になる。これを周囲から見ると、原子核の持っていた正の電荷がミュオンの負の電荷によって打ち消されて中性になり、周囲の通常の原子が接近しやすくなる。
こうしてできた「ミュオン分子」の核同士は高い確率で核融合反応を起こす。核融合の結果、アルファ粒子(ヘリウムの原子核)ができ、中性子を放出する。発電などの場合は中性子をエネルギーとして利用することになる。
核融合反応の後、ミュオンは自由な状態になり、自然崩壊するまでの間に再びミュオン水素原子を作って次の核融合反応を媒介する。このように一つのミュオンが何度も核融合の橋渡しをするため、ミュオン触媒核融合と呼ばれている。
ミュオン触媒核融合の可能性は、1950年代後半に実験的に確認されていたものの、当初はエネルギー源としては役に立たないと考えられていた。70年代に入り旧ソ連を中心に研究が進み、80年代からは世界的に研究が盛んになった。
日本ではミュオン研究の権威である永嶺謙忠・東京大学名誉教授らのグループが、高エネルギー加速器研究機構や英国ラザフォードアップルトン研究所(RAL)に理化学研究所が設けたミュオン研究施設で活動。中断を挟んで、昨年からは高エネルギー機構などが運用するJ-PARCで新たに研究が始まった。
新たなプロジェクトは文部科学省の科学研究費補助事業の宇宙観測検出器や量子ビームを研究する新学術領域研究として実施。木野康志・東北大学准教授らのグループが、新しい方式によるミュオン触媒核融合の可能性を検証する。
従来の研究では、ミュオン触媒核融合によって得られるエネルギーが、ミュオンを作り出すのに投入したエネルギーに及ばないという問題があった。これまでの方法は、途中に極低温でミュオン水素原子からなる分子を作る過程があり、木野氏らはこれが低効率の原因とみている。
これを回避するため、ミュオン原子が高温の水素同位体と衝突させ、分子生成過程を経ない「飛行中ミュオン触媒核融合」を目指すことにした。重水素三重水素の混合ガスの超音速気流で衝撃波を起こし、この衝撃波の重ねあわせによって高密度で反応が起こりやすい状態を作り出す。
J-PARCでのミュオン実験を束ねる三宅康博・高エネルギー機構教授は「最初は重水素だけを使った実験を行うなど段階的に研究を進めたい」と実験計画を検討している。
同じ研究領域では、ミュオン触媒核融合反応を、ミュオンビームの冷却手段として利用し、様々な物質を非破壊でナノメートルの分解能で観察できる革新的な負ミュオンビームを作り出す計画もある。新しい着想でミュオン核融合の研究が再び活性化しようとしている。(編集委員 吉川和輝)