霊能者・宜保愛子さん没後16年 「心霊番組」はテレビからなぜ消えたのか?

霊能者・宜保愛子さん没後16年 「心霊番組」はテレビからなぜ消えたのか?

藤原三星 2019.5.6 11:30dot.
心霊スポットを訪れ霊視を行った宜保さん(写真はイメージです) (c)朝日新聞社
心霊スポットを訪れ霊視を行った宜保さん(写真はイメージです) (c)朝日新聞社
ビートたけしカール・ルイスの霊視で話題に

 かつて日本中にブームを巻き起こした霊能者・宜保愛子さん(享年71)を覚えているだろうか。今から16年前の2003年5月6日にこの世を去った彼女を偲ぶ人は今なお多い。1980~90年代にかけて数多くの心霊番組、オカルト番組で活躍した宜保さんだが、YouTubeなどでは出演するテレビ番組が今もなお何百万回と再生されている。

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 宜保さんは1932年、神奈川県横浜市に生まれた。幼い頃から霊感が強く霊視能力に目覚めた彼女は、70年代に人気ワイドショー番組『お昼のワイドショー』(日本テレビ系)の心霊企画への出演をきっかけにブレイク。以後、80年代後半から90年代前半にかけて瞬く間にお茶の間の人気者となっていった。当時を知るキー局の元プロデューサーは次のように語る。

「そのまま買い物にでも行きそうなごく普通の中年女性が、さまざまな不思議な現象の裏に潜む悲しい背景や、ドロドロ絡み合う人間の欲望や業を霊視し、静かなトーンで語り、視聴者の注目を集めるようになりました。メディアの悪いクセでもありますが、いったん人気が出るとこぞって群がるんですよね。宜保さんも篠山紀信の撮影で週刊誌のグラビアを飾ったり、とんねるずが『みなさんのおかげです』(フジテレビ系)で“宜保タカ子”なるパロディをしたり。その当時を振り返ると、突然メディアに現れ、新しい心霊ブームを生み出した鬼才というイメージでした。今でも宜保さんのことを覚えている人は多いのではないでしょうか」

 彼女がそれまでの霊能者と違ったのは、その“霊視”に魅せられた芸能人が多かったという点だろう。ビートたけし黒柳徹子も自らの番組に彼女をゲストとして呼び、さらには陸上のカール・ルイスといった外国人スポーツ選手まで、あらゆるジャンルの有名人が彼女の霊視に耳を傾けた。人気が出ればそれだけ反動もあるわけだが、科学的な見地から超常現象を完全否定する“オカルトハンター”として名を馳せた大槻義彦教授とのバトルも勃発。彼女の霊視は多くの人たちを巻き込んだエンターテイメントとしてさらなるステージへ向かおうとしていた。

 しかし、1995年の地下鉄サリン事件を境に宜保さんをとりまく状況は大きく一変してしまう。死者13人、負傷者およそ6300人という前代未聞のバイオテロを起こしたオウム真理教がオカルトに傾倒していたこともあり、各テレビ局は一斉に心霊番組に関して自粛の方向へと舵を切ったのだ。

「確かに心霊モノは当時、人気でしたが、一方で『うさん臭い』『インチキ』『死者に対して失礼だ』など視聴者からの風当たりもキツくなり、番組作りは常に紙一重のところではありました。そこへ来てオウムの事件が起きたので、まるで手のひら返しのように心霊番組はテレビから姿を消していったのです。また、霊感商法マルチ商法など、人の弱みにつけ込んでモノを買わせる犯罪の被害も目立ち始めたこともあり、その煽りを受けて次第に宜保さんもテレビからフェードアウトしていきました。加えて2000年代に入ると、デジカメや写メでの撮影が当たり前になり、心霊写真などは素人でも作り込むことできるようになってしまった。テレビからいっきに心霊番組が消えてしまったのです」(前出のプロデューサー)

■科学的裏付けのない「霊」コンテンツは敬遠される

 00年代に入り、宜保さんの代わりに世の中の注目を集めていったのが、美輪明宏江原啓之が出演していた『オーラの泉』(テレビ朝日系)や、歯に衣着せぬ強烈な物言いが主婦層を中心にウケた占い師・細木数子の『ズバリ言うわよ!』(TBS系)といった、スピリチュアル番組や占い番組だ。かつておどろおどろしい怪談話でお盆の時期のテレビ番組を賑わせていた稲川淳二も、「オリコンニュース」(2014年8月17日付)の取材に対し、ネットやDVDの普及で、お客さん(視聴者)が選べる時代になったので、(心霊現象や怪談を)テレビに求めなくなったと語っている。どこか暗い影を背負った宜保さんの霊視は、時代の流れとともに淘汰されていったのかもしれない。

 テレビウォッチャーの中村裕一氏は、テレビ界における宜保さんの存在についてこう分析する。

「テレビでの心霊モノといえば、かつては『お昼のワイドショー』の番組内コーナーだった『怪奇特集!!あなたの知らない世界』が有名ですし、ゴールデンタイムでも特番が組まれるほどの人気ジャンルでした。あそこまでキャラクターが立ち、なおかつ多くの人から愛された霊能者は宜保さんがおそらく最初で最後だと思います。中でも印象的だったのは、霊視の際の落ち着いたたたずまいでした。本当のところはわかりませんが、本人とごく近しい人間しか知り得ない身の回りの情報を淡々と言い当てるその姿には妙な説得力と安心感があり、彼女の語り口にはともすると“癒し”の効果すらあったと言えるかもしれません。しかし現代はコンプライアンスが厳しくなり、番組制作において情報ひとつ提示するにもすぐに科学的根拠を要求されるため、もはや心霊番組は成立しないとさえ言われています。だからこそ、宜保さんは古き良きテレビの記憶として、人々の心の中にこれから先も生き続けるのではないでしょうか」

 高度経済成長、そしてバブルに浮かれた我々に対する“戒め”のような存在としてこの世に現れ、そして静かに去っていった宜保愛子さん。社会格差が拡大するその一方で、新元号東京オリンピックに向かって浮かれる今の日本の姿を、もし彼女が生きていたら何と言うだろうか。(文・藤原三星