ビル・ゲイツ氏:私が行った最高の投資
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マイクロソフトという最初のキャリアから、第2のキャリアである慈善活動に身を移したとき、私は自分の投資の成功率がさほど変わるとは思えなかった。今度の投資先は貧困や病気を減らすための新たな手段を探ることだ。私の見立てでは、新しいワクチンを発見することは、新しいユニコーン(評価額が10億ドル以上の新興企業)を見つけるのと同じくらい難しそうな気がした(実際はワクチンの方がはるかに難しいのだが)。
ところが医療関連の投資を20年続けた結果、私に驚きをもたらした投資がある。新しいワクチンや新しいテクノロジーへの投資とは異なり、これは極めて成功率が高いのだ。世界の医療関係者は「資金支援と医薬品供給(financing and delivery)」と呼んでいる。数十年前までは有望な投資先ではなかった。だが今や必ずと言っていいほど著しい成果を生み出す。
疾病との闘いでは、画期的進歩(例えば新薬の開発など)に大きな関心が集まる。それは正しい反応だろう。ペニシリンやはしかワクチンのような技術革新は、何億人もの生命を救うことになったのだから。
しかし単に効果の高い新薬を開発するだけでは十分でない。開発された研究室から、その薬を必要としている病院や診療所、一般家庭へと行き渡らせる必要がある。その移動は自動的に行われるわけではない。医療用品を購入し、必要な場所に届けることは、退屈なくらい簡単だと思われるかもしれないが、実はそうではない。発展途上国の人々の命を救うには、多くの場合、医薬品を人里離れた村や戦闘地域に届けなくてはならない。
妻メリンダと私は過去20年にわたり、この困難な仕事に取り組むさまざまな組織に総額100億ドル(約1兆0900億円)を投じてきた。その中で大きな団体は「GAVIワクチンアライアンス」、「グローバルファンド」、「世界ポリオ根絶イニシアチブ(GPEI)」の3つだ。いずれも極めて大きな成果を上げている。だが大半の人々はその名称も彼らが何をしているかも知らない。
これらの団体に注意を払い、活動に必要な資金が得られるよう気にかけている人はもっと少ない。今後18カ月以内に寄付金がさらに集まらなければ、3団体のいずれもが、疾病と闘い、人々の健康を維持する活動を大幅に縮小せざるを得なくなる。そうなるのを見過ごすわけにはいかない。これらの団体は無視できるような、取るに足らない存在ではない。実際、私たちの財団が今までに行った中で恐らく最高の投資だといえる。
国際社会は20年前、公衆衛生が第2次世界大戦後に大幅な進歩を遂げたにもかかわらず、途上国では依然、驚くほど死亡率が高いことに目を向け始めた。主な死因は、基本的な薬があれば、容易に治療できるような病気だった。そこで、医療体制を整える取り組みが始まった。
まず2000年に設立されたのがGAVI(当時の名称は「ワクチンと予防接種のためのグローバルアライアンス」)だ。GAVIの使命はワクチンを購入し、途上国の子供に投与するための支援活動だった。2年後に設立されたのが「エイズ・結核・マラリア対策基金(グローバルファンド)」だ。これも同様の目標を掲げていた。低所得国で最大の死因となっていた3つの疾病に対する治療薬を届けることだ。
さらに、GPEIも活動していた。設立当初の1988年には世界中で35万件を超えるポリオの症例が報告された。2000年代には数千例にまで減少し、地上からポリオを完全に撲滅する活動がさらに強化された。
われわれの世界は、貧困国を長年悩ませてきたさまざまな疾病への対抗手段を手にした。ヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染者を治療する抗レトロウイルス薬は30年前に開発された。米国の医学者ジョナス・ソークは、私が生まれる前に最初のポリオワクチンを開発した。だが20年前まで、そうした治療薬の多くは高価であり、貧困国に送り届けるネットワークが存在しなかった。
新たに作られた仕組みがそうした問題の解決に役立った。米国、英国などの支援国からの資金をプールすることで規模の経済を作り出し、多くの医薬品の価格は急落した。これらの基金は100カ国近くと協力し、医療品を届ける巨大なサプライチェーンを構築した。GAVIは昨年、1億人の子どもに予防接種を実施した。グローバルファンドはマラリアを媒介する蚊を寄せつけない殺虫剤処理した蚊帳(かや)を2億枚配布した。
疾病に対する効果は劇的だった。GAVI設立以降、低中所得国では5歳未満で死亡する子どもの数が約40%減少した。一方、ポリオの症例はほぼ姿を消した。昨年は世界全体で29例しか報告されなかった。
HIVに関する進展ぶりは恐らく最も驚くべきことだ。特に2000年前後のエイズのまん延を記憶しているならなおさらだ。ミレニアム(千年紀)イヤーとなった2000年最初のニューズウィーク誌の表紙には「孤児1000万人」と見出しがつけられ、サハラ以南のアフリカでは「エイズがまるで邪悪な大鎌のように住民たちを切り裂いている」と説明がある。その2年後、グローバルファンドが創設された。さらに4年後、死亡者数がピークに達した。だがそれ以降、死亡者数は半分以下に減少している。
メリンダと私が2000年にこれらの基金に投資を始めた頃、最終目標は人々の命を救い、苦難を止めることだった。その尺度で見れば、私たちの途方もない夢を超えるほどの成功を収めた。だが同時に、この仕組みは伝統的な投資基準から見ても成功している。体調不良で寝込んでいなければ人は仕事や学校に行くことができるため、そこから多くの富を生み出しているのだ。
デンマークのシンクタンク、コペンハーゲン・コンセンサス・センターは、高度なアルゴリズムと入手可能かつ最も有効なデータを用い、貧困対策の代替戦略を比較している。そのツールでわれわれは興味深い仮説を検証した。もし私たちの財団がGAVIやグローバルファンド、GPEIに投資しておらず、代わりにその100億ドルをS&P500種株価指数に投資し、18年後に運用残高を途上国支援に充てると約束していたらどうだったか。その場合、先週時点で途上国は約120億ドル(インフレ調整後)を受け取っていたはずだ。配当の再投資を織り込めば、170億ドルになっていただろう。
もし100億ドルを発展途上地域のエネルギー事業に投資していたら、どうだったか。その場合、リターンは1500億ドルになっていた。インフラ投資ならどうか。1700億ドルになっただろう。しかし、世界的な保健機関への投資で、私たちはそのリターン全てを上回ることができた。同じ100億ドルをワクチンや薬剤、蚊帳などの医療用品を提供するのに役立てることで、推定2000億ドルの社会的・経済的な効果を生み出したからだ。
これら3団体はそれぞれ3~5年ごとに新たな資金を調達する必要がある。大抵の場合、こうした「補充」の時期は一定の間隔をあけて到来するが、今回ばかりは違う。カレンダーの気まぐれのせいで、GAVI、グローバルファンド、GPEIがそろって今後18カ月のうちに新たな資金を必要としている。疾病対策への資金調達において近年では2019年と2020年が最も重要な年となろう。資金提供者に突きつけられているのはこの問いだ。あなたは投資を続けるつもりか。そして私の答えは「もちろん、イエス」だ。