ステルス機F-35をつかさどる「気難しいアリス」

ステルス機F-35をつかさどる「気難しいアリス」

米空軍のステルス戦闘機F−35A。航空自衛隊に配備されているのと同じタイプ(2018年7月、英フェアフォード、岡田敏彦撮影) 米空軍のステルス戦闘機F-35A。航空自衛隊に配備されているのと同じタイプ(2018年7月、英フェアフォード、岡田敏彦撮影)その他の写真を見る(1/4枚)

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 航空自衛隊三沢基地青森県)の最新鋭ステルス戦闘機F-35Aが4月9日に青森県沖合の洋上で墜落してから1カ月以上が経過した。同機は米国を中心に9カ国による共同開発で多くの国が採用しているため、墜落原因に注目が集まっているが、不明のままだ。ただ、墜落原因以上に海外で問題視されているのが、F-35の運用に欠かせないプログラム「アリス」の不具合だ。(岡田敏彦)
飛行停止をめぐって
 F-35は新鋭機としては極めて事故が少ない機体だが、ゼロというわけではない。2010年には操縦士(パイロット)が気を失い墜落する事案が発生。調査の結果、酸素供給装置の不具合だったことが判明しており、2018年までに少なくとも29件の低酸素症の事例があったという。
 また最近では昨年9月、海兵隊向けの短距離離陸・垂直着陸が可能なF-35Bが米国内で墜落した。この際は米軍がF-35を採用する全ての国、軍に飛行停止措置を連絡。調査の結果、エンジン内部の燃料管に製造過程での欠陥がみつかり、同じタイプの燃料管を組み込んでいた117機全てで交換した後、飛行を再開している。
 しかし今回の自衛隊所属機の事故後も、米軍ではF-35の飛行停止措置を行っていない。英国も今月21日、空軍第617飛行隊のF-35Aを初の海外遠征訓練に送り出している。行き先はギリシャアクロティリ基地で、その移動距離を考慮すれば、機体に故障の不安を感じていないのは明らかだ。
問題は日本固有?
 墜落した空自のF-35Aは、部品を輸入し日本で最終組み立てを行った「初の国内組み立て」の機体で、日本で組み立て後は米国側の検査を受け、その後米本国まで運び、さらに検査を受けるという徹底した品質管理を受けていた。一方で冷却系統や航法装置の不具合で2度、予定外の着陸を行っている。米英など外国で飛行停止措置を取らないのは、こうした海外勢が、事故原因を、「日本特有の何か」だと判断している可能性は否定できない。

 また、近年の軍用機は自己診断システムを持っており、不具合にまでは至らない数値なども整備で明らかになる。これらの情報は、F-35の場合は地上の支援コンピューターとやりとりが行われているとされ、事故機の場合もデータが地上側に残されている可能性がある。こうした極秘のデータを分析した結果が諸外国での「飛行停止はしない」との根拠になっているとの推測もできなくはない。
 だが、諸外国の軍では、この地上側こそを問題視しているのだ。
 F-35では専用の自律型兵站(補給)情報システム「Autonomic Logistics Information System」、略してALIS(アリス)と呼ばれるシステムがある。米外交専門誌ナショナル・インタレスト(電子版)は5月中旬、このシステムの不具合を報じた。見出しのひとつは「不思議の国のアリス」だったが、現場の実際は不思議というより、不具合と形容すべきものだった。
気難しいアリス
 アリスは国際的な後方支援システムで、それぞれの機体が内蔵する自己診断システムの情報を収集、分析する。これによって機体の数万点にも及ぶ部品の使用可能な残り時間、つまり部品が寿命に到達するタイミングを割り出し、交換部品の発注や在庫管理を行うとされる。

 こんなシステムが必要なのは、採用国(採用予定含む)が13カ国にものぼる一方、開発と部品製造に関わる国も多いからだ。主開発国は米国だが、ほかにイギリス▽イタリア▽オランダ▽カナダ▽トルコ▽オーストリアノルウェーデンマーク-の8カ国が開発に参加。部品製造も各国それぞれが分担を受け持っており、部品の寿命が尽きる寸前になって発注しているようでは円滑な供給はできない。
 ところが、米政府検査院(GAO)の報告によると、アリスにはF-35の運用部隊は「部品の管理は手作業で行っているため多くの時間がかかる」と指摘する。軍事専門サイトのディフェンス・ニュースによると、国防総省試験評価局(DOT&E)は「正常に作動させるためには、多くの回避策が必要だ」と指摘。一例として「本来は自動入力されるべき項目が満足に機能せず、手動入力が必要な状況がたびたび発生する」と苦言を呈している。
 また、アリスから提供されるデータも不完全だったり、間違っているものがあるという。その原因の一つは、使用者側が正しい入力方法に習熟していないことだとされる。このあたり、会社のシステムで出張の交通費や宿泊費の申請をしたげく、経理から「未記入項目あり」と突き返されるサラリーマンをほうふつとさせるが、アリスの場合は多国間にまたがる大規模システムだけに「データ入力ミス」の影響は大きい。こうした報道は、アリスの側で人間のミスを警告する機能が万全でないことを示唆している。

 ナショナル・インタレスト誌によると「部品は欧州やアジアのメーカーが製造し、一旦米国に全て集積する形としている」ため「各地域の整備拠点に直送できない」という。
 同誌などによると、こうした不具合を修正するため「アリス」はバージョンアップを重ね、2018年2月にはバージョン3・0が運用され始めたが、不具合は解決できないままだという。
 そこで米国防総省はついに今年1月末、アリスの再設計を決定した。米軍事サイト「ディフェンス・エアロスペース」などによると、新版は「ALIS NEXT」と名付けられ、アリスを開発した米ロッキード・マーティン社に加えマサチューセッツ工科大学(MIT)のリンカーン研究所や、米海軍スペース&海上戦システムコマンド(SPAWAR)なども「NEXT」版の開発に加わるという。
 ただし、アリスの不具合については「F-35本体のプログラム開発に重点を置くあまり、十分な予算がまわらなかった」との指摘もある。「NEXT」版の成否も、ひとえに予算の問題なのかもしれない。