消費者や有権者の行動を予測する新モデル、その実力は

消費者や有権者の行動を予測する新モデル、その実力は

大集団の複雑な行動を見極める「エージェント・ベース・モデル」

エージェント・ベース・モデルは金融や規制の分野でも利用が高まっている
エージェント・ベース・モデルは金融や規制の分野でも利用が高まっている Photo: David Plunkert
 E・W・スクリップス傘下の地方テレビ局で昨年、政治広告の売り上げが大幅に伸びた。販売への新たなアプローチが奏功し、2014年の中間選挙と比較して政治広告収入がほぼ倍増した。
 収入増を後押ししたのは「エージェント・ベース・モデル」という市場分析手法だ。さまざまなタイプの異なる人々や企業、投資家がどう互いに影響し合っていたかや、自らに起こったことに対してどう反応するかを見極めるモデルだ。これはE・W・スクリップス選挙対策部長に対投資効果を最大化する方法について助言するのに役立ったほか、企業が自社の市場を理解するために活用するケースが増えている。
 E・W・スクリップスに協力した米モデル開発会社コンセントリックの最高製品責任者デジャン・デュゼビク氏は「消費者がどのように意思決定しているかをシミュレートすることが狙いだ」とし、「多くの企業が、新たな消費者を市場に呼び込めるかどうかを見極めるためにこれを行っている」と述べた。同社の顧客にはマイクロソフトトヨタ自動車、米家電大手ワールプールのほか、ハバスなどの広告会社が名を連ねている。
 エージェント・ベース・モデルは、金融や規制の分野でも利用が広がっている。特に、危機やパニックが市場にどう波及するかといった、従来の単純な経済モデルでは特定できない事象を理解するのに役立てられている。
 従来の経済・市場分析では個人の違いを平均化し、各集団を代表する人物像にたどり着くが、この代表者は通常、理性的に行動することが前提になっている。これは簡潔なモデルを生み出し、研究者はシンプルな答えや行動予測を得ることになりかねない。しかし、大まかに描かれた地図のように、従来のモデルは一部の目的には有用だが、細部が現実と合致しない。これに対し、エージェント・ベース・モデルは、幅広い欲求やニーズを同時に抱えた多くのタイプの異なる個人を表すことができ、はるかに現実的な幅広い行動予測が可能だ。しかし、リアリズムには複雑さを伴い、予測は具体性に欠けることも多い。
危機の検証
 金融規制当局は、この種のモデルを使用して危機がどう拡大するか、すなわち1つの市場や資産クラスのショックがどのくらいの速さで、どこまで金融システムの他の部分に広がりかねないかを予測している。その上で、金融システムの弱点――例えば銀行、清算機関、マネー・マーケット・ファンドMMF)など――を特定し、そうした弱点を補強し、金融システムをより強靱(きょうじん)にする規制や政策を試している。
 2008年の金融危機後に米財務省向けにそのようなモデルを開発した金融リスク管理の専門家、リチャード・ブックステーバー氏は、エージェント・ベース・モデルは金融危機に対して非常に有効だと話す。金融危機時には投資家やトレーダーはリスク回避姿勢に傾き、分かりやすい行動ルールに従うようになるためだという。科学者はこうした行動ルールを「ヒューリスティクス(経験則)」と呼んでいる。一方、平時の場合、投資家やトレーダーは利益を上げるのに役立つ可能性があると判断すれば、しばしば行動を変えたり、嗜好(しこう)を偽ったりする。
 「エージェント(個人や組織、集団)やそのヒューリスティクスが分からなければ、エージェント・ベース・モデルは使えない」とブックステーバー氏は話す。そして、そのことが往々にして金融のモデル化を難しくしている。「消費者の世界ではヒューリスティクスや嗜好はもっと安定している」と同氏は指摘する。「自分の嗜好を隠したり、偽ったり、予想しない形で変えたりしても利益は得られないが、金融の世界ではそうではない」
 こうしたモデルは新しいものではないが、以前は利用が限られていた。大集団の複雑な行動を再現するためには、膨大な計算が必要なためだ。だが近年、クラウドコンピューターを通じて、そのような計算を素早く実行するのに必要なコンピューティング能力を利用できるようになった。また収集されるデータが増えていることも、エージェント・ベース・モデルをはるかに商業的に実行可能なツールにしている。
政治的な選択
 E・W・スクリップスの販売担当副社長マイケル・オブライエン氏は、エージェント・ベース・モデルによってニュース記事や政治集会、安全保障上の脅威のほか、天候が有権者にどのような影響を及ぼすかを検証できるようになったと話す。モデルは、テレビ番組の視聴率やソーシャルメディアでの反応、公開・非公開の世論調査などの複数のデータセットに基づいて、特定の人種の有権者の態度について有用な全体像を提供する。
 オブライエン氏は、有権者に特定の候補者を支持させる最も有効な方法について、従来のように世論調査だけをベースにするよりも、エージェント・ベース・モデルの方が正確に予測できると話す。「選対部長がターゲットを教えてくれれば、われわれはそれら有権者を狙い撃ちにする最適の機会や支持者を乗り換えさせる方法についてアドバイスできる」とオブライエン氏は言う。
 政治以外でも、エージェント・ベース・モデルは広告会社や消費財メーカーによって、もっと幅広く活用されている。そうした企業はモデルを使用して、どのような特定の広告メッセージや価格戦略が消費者の意見や選択に影響するかや競合会社に行動を促すかを予測している。また、当該企業の市場に何らかのショックが生じた場合、どのようなことが起こるかについてもテストしている。コンセントリックのデュゼビク氏は「ほぼ全ての顧客が、外的なショックの影響を調べるシナリオを持っている」とし、「通常、それはアマゾンだ、とわれわれは冗談を言っている」と述べた。

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 このモデルの長所の1つは、単純な対処方法ではなく、確率データを得られることだ。英国放送協会BBC)でデータ分析・製品担当のポートフォリオ責任者を務めるデービッド・ティーグ氏は、モデルは正確に未来を予測するのではなく、絶えず変化する複雑なシステムにおいて何が起こり得るかを探るものだと話す。
 BBCでは、どのようなテレビ番組の組み合わせが、各視聴者層に訴求するかを検証するモデルを開発中だ。BBCの一部運営には国から資金が出ているため、公共サービス義務があり、税金を最も広範な利益のために使用する必要がある。
 ティーグ氏は、全てのモデルがそうであるように、エージェント・ベース・モデルも意思決定そのものではなく、意思決定に必要な情報を得るためのものにすぎないと指摘する。「『手助けをしてくれるもの』ととらえるか、『あらゆる答えを出してくれるもの』ととらえるか、そのバランスだ」とティーグ氏は話す。「何にせよ、あらゆる答えを出してくれると考えるようになったときは、失敗するときだ」