脳に近づくAI 少ない手本、柔軟な思考

脳に近づくAI 少ない手本、柔軟な思考
情報通信研究機構東芝

ネット・IT
AI
科学&新技術
2019/6/15 4:30
日本経済新聞 電子版

脳をまねてできた人工知能(AI)を、さらに脳に近づける研究が進んでいる。情報通信研究機構は人間の脳のように、少ない手本でも学習できるAIを開発し、東芝は脳で空間を把握する部位の一部をAIで再現した。柔軟な思考ができ、エネルギー消費が少ない脳の強みを取り込み、対話ロボット開発など正解のない分野にAIを浸透させる動きが加速しそうだ。
現在のAIの主流である深層学習の多くは、脳を模したニューラルネットに手本となる膨大なデータを学ばせて賢くする仕組みだ。学べるデータが少ないとAIを使えない。一方、人間は初めての体験でも感覚的に対応できることも多く「今のAIは生物の脳とは大きく異なる」(情通機構の篠崎隆志研究員)。日常会話などで現在のAIが対応しにくい一因だ。
同機構が開発したのは、データから学ぶ部分と、データがなくても自発的に判断できる部分を組み合わせたニューラルネットを使う新型AIだ。飛行機や自動車などの乗り物と、犬や猫などの動物を10種類に分類できるかを、従来のAIと比較したところ、データが多い時は同等で、少ない場合は新型AIの方が精度が高かった。
これまでの深層学習はデータから学んだ内容をAI全体に行き渡らせているが「人間は脳全体にはフィードバックしていない」(篠崎研究員)。新型AIは、判断結果の出力側だけに学んだ内容をフィードバックさせ、仕組みとして脳に近い。
典型的な症状などが出にくい病気の診断などでは過去のデータから法則性を学びにくく、新型AIの利用が期待される。自動運転でも対向車や歩行者の想定外の動きを把握できるようになる。
人間の脳の神経細胞同士をつなぐ軸索の長さの合計は10万キロメートル以上といわれており、高精度なスーパーコンピューター「京」の全配線の長さ1000キロメートルよりも桁違いに長い。配線の長さは、思考の多様性などを生み出すと考えられる。
一方で、脳の消費エネルギーは20ワットと京の60万分の1だ。脳は多様な判断ができるエネルギー消費が極端に少ない"計算機"とも言える。
AIを使って脳の神経回路そのものを再現する研究も進んでいる。東芝は米ジョンズホプキンス大学と共同で、脳内で空間を把握する海馬の神経細胞の働きの一部をAIで再現した。ネズミの海馬の神経回路を半導体回路で作り、処理の仕方まで忠実に似せた。
東芝は海馬の神経細胞の働きの一部を脳型AI(中央の回路)で再現
東芝は海馬の神経細胞の働きの一部を脳型AI(中央の回路)で再現
AIは通常、数字の0と1を使ったデジタル処理で機械的に計算をしている。これに対し、脳内の神経細胞は電気的状態に応じて起こる電気信号で情報をやり取りするアナログ処理で動いており、仕組みが異なる。
東芝半導体回路をアナログ処理に対応させ、AIを脳の仕組みに近づけた。同社は、膨大な情報処理が可能でかつ低消費電力で稼働する小型ロボットの開発などにつなげられるとしている。
海外でも脳に近づけたAIの開発は進んでいる。英ディープマインド社は、2018年に人の脳の機能をまねたAIで、道路の最適ルート検索技術を開発した。
IBMも100万個の神経細胞を模した半導体回路を開発。現在のパソコンのようにメモリーから取り出した情報を毎回、CPU(中央演算処理装置)で処理するのではなく、脳のように回路同士で電気信号をやり取りし、情報処理して消費電力を抑えられる。
AIは様々な分野で利用されているが、1つの役割に特化したものが多く、用途に応じたAIを用意する必要がある。これに対し、脳は1つであらゆることに対応する。より脳に似せたAIも複数の業務を担えるようになることが期待できる。
東京大学の高橋宏知准教授は「多様性や自律性を取り入れたいなら脳から学ぶことは多い」と話し、脳に近づけたAIの必要性を指摘する。
AIの進化と脳
2000年代までのAIは統計的な手法が中心だった。計算機の処理能力の向上や脳科学の進展によって、脳を模したニューラルネットを使う深層学習が成果を挙げ、現在のAIが生まれた。
 ただ、ニューラルネットは脳が土台にはなったものの、仕組みについては、独自の進化を遂げている。AIの計算にはスーパーコンピューターが使われており、脳とは異なる。現在のAIはデータから学んだことをAIに着実に反映させる仕組みで、画像認識による本人確認や決済といったミスをしないことが重要な場合には有効だ。
 一方で「生物の脳は最適化しなくても使える」(東大の高橋准教授)ことから、脳に近づいたAIは、人の複雑な社会の中で活用の場を広げていくという見方が強い。
(大越優樹)