ゼロ戦の夢、再び見るか


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ゼロ戦の夢、再び見るか

総額5兆円とも言われる「国家的プロジェクト」が、来年度中に着手される可能性がある。

自衛隊、次期主力戦闘機の開発計画だ。

防衛産業の基盤維持のため、「日本主導」で開発する方針を決定した政府。
しかし、「戦闘機の開発実績が乏しく、『ゼロ戦の夢』はうたかただ」と嘆く声も聞こえてくる。
トランプ政権に押し切られ、再び「米国主導」の戦闘機を買わされてしまうのではないか、との声も。

ゼロ戦の夢」それは現実になりうるのか、追った。
(政治部・防衛省担当 高野寛之)

動き出した、防衛族

6月中旬。
官邸と防衛省を、自民党防衛大臣経験者らが相次いで訪れた。
次期戦闘機の行方が迷走しているのではないか、そんな危機感を抱いてのことだという。

彼らが安倍総理大臣と、現在の防衛大臣岩屋毅に手渡した文書。
2035年にも、航空自衛隊のF2戦闘機90機余りの退役が始まる。その後継となる、次期主力戦闘機の開発に関する提言だった。
開発費を来年度予算で確保すること、そして、国内産業の開発技術を最優先で活用するよう求めている。
2035年、あと16年も先の話なのに、だ。
なぜ急ぐ必要があるのか。
実は戦闘機開発には、おおむね15年はかかると言われているからだ。

安倍総理大臣は、「国際開発を日本が主導すること、そして、アメリカと連携できる機能が重要だ」と2つのことを強調した。

F2開発の「トラウマ」

提言の中に気になる文言があった。
「戦後の戦闘機開発の歴史の中で、日米関係等の政治的要因により、日米共同開発を選択せざるを得なかった
これは関係者の間で「F2開発のトラウマ」と呼ばれている、苦い教訓だ。

1980年代に、次期戦闘機として開発計画が持ち上がっていたF2。
当初、政府や産業界は、かつて「ゼロ戦」を生み出した日本の航空機技術力を生かし、「国産」を目指していた。しかし、自動車や半導体をめぐる日米の深刻な経済摩擦の中、アメリカ政府に米国製戦闘機を買うよう強く迫られた日本は、国産化を断念。

米国製戦闘機をベースに共同開発することになり、しかも、アメリカ側に機密性の高い情報の開示を制限され、日本の要求通りには開発が進まなかった。

次期戦闘機に必要なもの

今回、次期主力戦闘機の開発にあたり、政府は、今後5年間の新たな中期防衛力整備計画で、「国際協力を視野に、日本主導の開発に早期に着手する」ことを決定。

防衛省が重要なポイントだとして掲げたのが、将来にわたって航空優勢を確保するため、
「次世代技術も適用できる拡張性や改修の自由度」
「国内企業の関与」
「開発コスト」
などだ。そして、来年度にも開発に着手すべく、検討を急いでいる。
F2戦闘機の退役が始まる2035年には、どんな戦闘機が必要とされるのだろうか。防衛省の資料によると、まず、戦闘機どうしの戦い方が抜本的に変わってくるとしている。

従来の戦闘では「自分で見つけて、自分が撃って、自分で当てる」が基本。
それが将来的な戦闘では「味方の戦闘機が高度なデータリンクで結ばれ、網羅的に見つけて、最適な戦闘機から撃って、当てる」ことが当たり前となっていく。
さらに、それぞれの戦闘機のコンピューター頭脳とも言える「ミッションシステム」を高度化し、AI=人工知能の利用や、無人化した遠隔操作型支援機への指示など、統合的に任務を遂行する性能が求められることになる。

また、敵のレーダーに探知されにくいステルス性や高速飛行も重要な機能となる。

実は日本にもある「最新技術」

日本も現在、こうした技術の確立に向けて、官民が連携して研究を進めている。東京・立川市にある防衛省の航空装備研究所を訪ねた。
黒光りしているのは、防衛省が国内の防衛産業と協力して試作した、戦闘機の胴体中心部だ。
ステルス性を確保しながら、軽量化し、高速で長距離飛行できる次世代の戦闘機を目指し、最新の炭素繊維複合材を、鋲(びょう)を使わず接着して組み立てた。
この技術だけなら、アメリカの最新鋭戦闘機をも上回るという。
ほかにも、高性能の大型エンジンや、ステルス性の高いミサイル発射装置など、2000億円以上をかけて戦闘機開発技術の高度化に取り組んでいる。

ただ、ある防衛省幹部は、戦闘機の開発実績が乏しく、防衛産業分野の規模が小さい日本企業のみでの開発は、技術やコストの面から現実味がないとしている。

そのうえで、外国との共同開発になっても、過去を教訓に、主導権は日本が握り続ける開発を目指すと話す。

最強の機体+優秀な頭脳

では、どの国と共同開発をするのか。
現在、防衛省は、アメリカとイギリスの軍需企業にそれぞれ、開発協力に向けた情報提供を求め、分析を進めている。
これまでに最も有力視されてきたのは、アメリカのロッキード・マーチン社が出したとされる提案。

ステルス性や超音速での飛行能力に優れ、「世界最強の戦闘機」とされる、F22戦闘機の機体をベースとする。
さらに、味方機とのデータリンク能力や敵の探知能力に優れたF35戦闘機のコンピューターシステムを搭載するというものだ。
しかし、防衛省幹部によると、アメリカ側は、コンピューターシステムなどの中枢機能に関する技術情報は、開示できないと伝えてきていると言う。

国防族の1人で、自民党の次期戦闘機に関する研究会の幹事長を務める、元防衛副大臣若宮健嗣
「頭脳であるコンピュータープログラムの情報が開示されない場合、選択肢にはなりえないと思う」と話す。

15年先を見据えると…

ただ、F22戦闘機は「世界最強」とも呼ばれ、かつて日本が喉(のど)から手が出るほど欲しがった機体だ。
アメリカの議会が、日本も含めた他国への輸出を許さなかったため、取得は実現しなかったが、それをベースにした機体を手に入れることが出できるなら、願ったりかなったりではないのか。
そのことを若宮に聞くと意外な答えがかえってきた。
「そもそも、今から15年先を見据えると、F22をベースにしたら、かなり時代遅れになるし、システムも少なくともF35よりいいものでないといけない」
あくまで15年先を見据えた開発が必要だというのだ。
そのうえでこう語った。
「中国やロシアも相当な開発能力を持っている。それ以上のものにして島嶼(とうしょ)防衛などの役割を果たすため、日本がベースを作ったうえで、アメリカなりイギリスなりの企業とどう組むのがいちばんいいのか考える」

「ただ、米軍とのリンクは絶対に外せないので、どこかでアメリカ政府が関わることにはなるだろうが、それが、機体製造なのか、システムなのかは今後の検討事項だ」

日本主導は可能か

防衛省幹部は、政府・与党で一致している「日本主導」の方針は、今後も譲れないとしたうえで、アメリカ政府とのこれまでの非公式協議で、こうした方針は伝え、一定の理解は得ているとしている。
「30年以上前のF2開発の時は、米国政府・議会・産業界が一体となって日本の構想をひっくり返してきたが、今のトランプ政権は意外なほどに、『絶対にアメリカのものを買え』とは言ってこない。今のところ、だが…」

日本の産業界は、期待を寄せている。
日本航空宇宙工業会の専務理事、今清水浩介。「日本主導は悲願だ」と話す。
「胴体、エンジン、レーダーなど、世界最高水準の技術開発に成功し、いつでも着手できると考えている。国内産業が主導して開発すれば、自衛隊のその時々のニーズに合わせ、新しい技術を取り入れて改修していくこともできる」

そのうえで、欧米で軍需関連企業の業界再編が進んでいることを踏まえて、日本企業どうしの連携の可能性についても言及した。
「合併して一つの会社になることは、あまり想像できないが、部門統合や、プロジェクトごとの協力協定など、戦闘機開発にとって、コストダウンなどのよい効果を上げられるのであれば、そうした協力はすべきではないか考えている」

一方、別の防衛関係者は悲観的だ。
「計画がより具体化したあと、最後は、アメリカに『米国製を買ってくれ』と押し切られる。個々の技術はあっても、戦闘機全体を統合して機能させた経験が乏しい今の日本に、ゼロ戦の夢はうたかただよ」
日本は、戦闘機のパーツを作る技術では時にアメリカを上回る能力を持っているが、そうしたパーツをうまく組み立てて、1つの戦闘機としてまとめ上げる能力に欠けるというのだ。

ただ、岩屋防衛大臣はこうも話している。
「戦闘機開発に必要な基本的技術は、わが国は有していると考えている。それらを統合して、1つの形にしていくというのは、もちろん大変な挑戦だと思うが、ぜひやっていく必要がある」(6月21日記者会見)

来年度予算案 概算要求は見送るか

ある防衛関係者は、「ベストは、日・英・米だろう。日本と同時期に次期戦闘機開発計画があるイギリスと共同開発を組み、そこに両国の同盟国であるアメリカにも入ってもらう。ただ、そのためにはアメリカへの相当慎重な根回しが必要だ」と話す。

防衛省は、日本の次期戦闘機開発計画の具体案を固めたうえでアメリカ側にも丁寧に理解を求めるためには、より時間が必要だとしている。そのため、元防衛大臣たちが求めた、来年度予算案での開発費について、夏の概算要求で具体額の計上は見送る方向で調整している。

納税者への説明責任も忘れずに

戦闘機開発には莫大(ばくだい)な予算がかかる。
それを警戒しているのが、財務省だ。
担当の主計官は、納税者への説明責任が重要だと指摘する。
「防衛産業界は、今まで護送船団的な扱いを受けて守られてきたとも言える。今回、巨額の国民の税金を使う以上は、本当に国際競争力のある、性能が高く、コストも比較的リーズナブルな戦闘機を日本主導で作れるのかどうか。財務当局として、しっかり精査していきたい」

次期主力戦闘機の開発をめぐっては、関係者の間で議論が過熱しつつあるが、5兆円規模とも言われる計画のなかで、開発関係国の負担分などを除いた直接の国民負担がどれほどになるのかや、1機200億円前後とも試算される機体の価格の目安など、コスト面の見通しは明らかになっていない。
将来の日本の安全保障環境を見据えた場合に、どんな機能が必要なのか、費用対効果も踏まえながら、国民に説明を尽くしていくことが防衛省の責務であろう。

(文中敬称略)
政治部記者
高野 寛之
2000年入局。沖縄局、選挙プロジェクトなど経て政治部。18年6月から防衛省キャップ。