母が死んだ 言えなかった1か月
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母が死んだ 言えなかった1か月
2019年7月5日 12時42分「誰に助けを求めればいいのか、分かりませんでした。それは自分の弱さだったのかもしれません」
亡くなった母親のそばで1か月以上にわたって生活をしていた男性はこうつぶやいた。高齢の親が死亡したあと、その死を届け出ないケースが今、各地で相次いでいる。
(ネットワーク報道部 記者 管野彰彦)親が死んでも言い出せず 相次ぐ事件
親が高齢となって、いずれ亡くなり、子どもが葬儀をあげて親を弔う。当たり前だと考えていたことが、実はそうではないのではないか。
そう思ったのは、自宅で親の遺体を放置したとして、同居する子どもが逮捕される事件が相次いだからだ。特に目立っているのが、高齢の親と中高年で無職の子どものケース。ことしに入ってから半年間にかぎっても、NHKの各放送局が放送した事件だけで約20件に上っている。
なぜ、一緒に住んでいながら、親の死を届け出ることも、葬儀をあげることもできなかったのか。50代息子と80代母親
東北地方に住む50代の男性は、80代の母親の遺体を自宅に放置したとして、ことし執行猶予のついた有罪判決を受けた。法廷で男性は、届け出をしなかった理由について、「母親が亡くなったショックと経済的な不安で冷静さを失っていた。どこに頼ればいいのか分からなかった」と説明した。
親子に一体何があったのか?
それを確かめるため、直接、男性に話を聞いた。順風満帆の生活が…
男性はもともと外資系企業のエンジニアとして働いていた。年収は1000万円を超え、関東地方に購入したマンションでひとり暮らしをしていたという。
仕事は充実し、実家で暮らす母親には20年以上、仕送りを続けてきた。「父親がろくでなしで、子どものころから貧乏で、母親がパートをして一家の生活を支えてくれていたんです。学校を卒業できたのも母親のおかげなんです。だから、自分が働いて収入が安定してからは、苦労をかけた母親に絶対にお金で不自由をさせないという思いで生きてきました」突然の解雇 人生が一変
男性の人生が暗転したのは、6年前。突然、仕事を解雇された。当初は蓄えも十分にあり、生活に困ることはなかった。
しかし、解雇から1年。新たな仕事を探そうとしたところで、壁にぶち当たった。すでに50歳を超え、自分の経験やスキルを生かすことができる仕事はなかなか見つからなかった。
中国など海外での求人はあったものの、1人で暮らす母親を置いていくことはできなかった。
いずれ、仕事は見つかると思っていた。しかし、気がつけば、不採用の会社の数は数十社に上っていた。
見つからない仕事。減り続ける蓄え。焦りと不安が募るなかで、友人とも連絡を断つようになっていった。
いつしか就職も諦め、気力を失っていった。お金を使わないよう、家にひきこもる時間が長くなった。
そして、去年、連絡が取れなくなった息子を心配し、訪ねてきた母親に促される形で、実家に戻ることを決めた。年金だけが頼りの生活
だが、実家に戻ってからも状況は好転しなかった。父親は病気で20年前に亡くなっていた。
収入は母親の年金だけが頼り。生活を切り詰めたとしても楽ではなかった。「年金は8万5000円でした。それが2人の生活費のすべてでした。年金受給日の前には米とミソだけで数日間、2人で飢えをしのいだこともありました」母の突然の死 頭に浮かんだ“餓死”
そんな生活が7か月ほど続いたある日、突然、その時はやってきた。
居間で横になっていた母親。寝息も聞こえず、動かなくなっていた。病死だった。
たまに体調を崩すことはあったものの、まだまだ元気だった母親。男性は現実を受け入れられず、ぼう然自失の状態で日々を過ごすことになる。
手元に残っていた現金は5万円ほどだけだった。「葬儀をあげないとダメだということは分かっていました。だけど、もし葬儀費用を払ってしまったら、お金がなくなってしまう。その時、“餓死”という言葉が頭に浮かんだんです。そのころは精神的にも疲れ果てていて、冷静に考えることができなくなっていました」動かない母と暮らした1か月
男性も母親も近所つきあいはほとんどなく、身内にも頼れる相手はいなかった。
母親の身体は丁寧に拭いた。そして、パジャマに着替えさせ、布団に寝かせた。
動かなくなった母親と暮らす、2人の生活は1か月以上、続いた。
何も考えられない日々。どうすればいいのか分からなくなっていた。このまま自分も死んでいくのではないかという思いが、頭をよぎった。
その後、以前、暮らしていたマンションを売却することができ、葬儀費用を確保できたことから、みずから警察に母の死を届け出て、逮捕された。「正直に言うと、亡くなった母親と2人で暮らしていたことが死体遺棄になるとは思っていませんでした。ただ、そんなことを言ってもしかたがないことも分かっています。これまで親孝行をしてきたつもりですが、最後の最後にこんなことになってしまったことが悔しいですし、自分が情けないです」社会から孤立 その果てに
中高年の無職の子どもが年老いた親とともに社会的、経済的に孤立を深めるこうした事例は全国で相次いでいる。
仕事を解雇される。親の介護で離職する。あるいは病気療養のために実家に戻る。ひきこもりがちになる理由はさまざまだ。
なかには親子がともに亡くなってしまうケースも起きている。
関西地方でことし、80代の母親と50代の息子の遺体が見つかった。自宅で亡くなった母親。取り残された息子は、それからまもなく自殺したとみられる。
約30年間のひきこもり生活の末の出来事だ。
親子を助ける人は、いなかった。孤立を防ぐ対策を
中高年のひきこもりの問題に詳しい宮崎大学の境泉洋准教授は「社会とのつながりがなくなり、孤立が深ければ深いほど、外に助けを求めることが難しくなる。特に中高年の人は、将来の不安も大きく、冷静に考える余裕がなくなってしまうのではないか」と指摘している。
そのうえで、「いざという時に、声を上げられるようにすることが重要だ。そのためには、行政などが居場所を用意するなど、つながりを保っていく支援がこれからは必要になる」と話している。取材を続けています
家族とはいえ、遺体を放置しておくことは犯罪にあたり、許されることではありません。ただ、今回の取材を通して、社会から孤立するなかで、支援を求めることの難しさが背景にあるとも感じました。
「ひきこもりクライシス」取材班では、ひきこもりの長期化や高齢化の結果、親の死を届け出ることができなかったり、親子がともに亡くなった事例など、社会的な孤立を深める実態を取材しています。
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「ひきこもりクライシス “100万人”のサバイバル」
https://www3.nhk.or.jp/news/special/hikikomori/特集記事をまとめて掲載しています。
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