平均月収47万円超でも「人手不足」って…

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平均月収47万円超でも「人手不足」って…

「給料は他業種より高いんだけど、若者は次々と辞めていくー」 こう話すのは「内航船」と呼ばれる海運会社の社長です。「内航船」は国内で貨物船などを運航する海運業者のことで、その船員の平均月収は47万円超というデータも。それでも若手は次々と辞めていき、深刻な人手不足に陥っているというのです。ちなみに国内貨物の輸送量はトラックに次いで2位。人手不足は、トラックだけでなく船までも…。私たちの生活にも、とても影響がありそうな話なので、取材しました。(社会部記者 浅川雄喜)

知られざる船員不足の危機

取材に応じる内航海運会社の社長
「もはや人手不足は深刻どころではなく、『危機』的状況なんです」
こう話すのは、中国地方にある内航海運会社の社長です。トラックやバスなどと同様、もしかするとそれ以上に深刻な人手不足に陥っているというのです。
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内航船の貨物の荷下ろし
あまり聞き慣れない業界ですが、調べてみると、私たちの生活にとても深く関係していました。「内航船」は、国内で貨物船などを運航する海運業者。「トラック」が、陸の物流の大動脈としたら、「内航船」は、海の物流の大動脈。国のデータで見ても、国内の貨物輸送の実に43%余りを占めていて、トラックに次いで2位です。特に、石油や石炭、セメントなど国内の基礎的な産業物資の輸送においては8割を担っています。(平成29年度 国土交通省推計)

つまり簡単に言うと、万が一、「内航船」がストップすると、私たちの暮らしに欠かせない「電力」をはじめ、さまざまな産業に深刻な影響がでるおそれがあります。さらにその危機が、すぐそこまで迫っているというのです。
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高齢者が並ぶ船員名簿
冒頭の会社では現在、小型のコンテナ船やタンカーなど複数の船の航行や船員の管理を行っています。船員の最高齢は70歳。高齢化が進み、およそ3人に1人が60代です。一方で、10代、20代の船員は全体の15%ほどです。せっかく若手を採用しても次々と辞めていくといいます。社長は苦しい胸の内を明かしてくれました。
「求人をかけてやっとの思いで若手が入っても、1週間やそこらでやめる事も少なくありません。慢性的に人手不足になっていて、何とかやりくりしている状況です」
調べてみると、深刻な人手不足はこの会社に限った話ではありませんでした。国のデータでは、「内航船」の船員の27%余りが60歳以上。50歳以上の割合は52%余りに上り全産業平均と比べても12ポイントあまり高くなっています。(平成29年度・国土交通省調べ/平成29年・総務省労働力調査」)

ちなみにことし5月時点での有効求人倍率も2.53倍と全産業の平均を大きく上回っていて、たしかにその危機は、すぐそこまで迫っているようです。

平均月収40万円超 それでも辞めていく

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内航船の船内
それにしてもなぜ、若手が次々と辞めていき、深刻な人手不足に陥っているのか。ほかの業界にも共通する「賃金」にその手がかりがあるのではないかと思い調べてみるとー。なんと、「内航船」の船員の平均賃金は月に47万870円。役職別で見てみると「船長」が52万7481円で最も高く、国家資格を持たない、いわゆる新米船員にあたる「甲板員」でも35万6964円となっています。(平成30年・国土交通省「船員労働統計」)

特殊な勤務形態「3か月勤務 1か月休暇」

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タンカー船員の勤務表 休みなく1か月で10航路
給料がよくても若手が辞めていくー。その大きな要因の1つは、この業界特有の勤務形態にあるようです。

貨物船の場合、「3か月乗船して、その後1か月間休む」という働き方が基本だといいます。陸のサラリーマンなどでは到底考えられない、3か月連続の勤務ですが、この業界では常識だというのです。「法的に問題があるのでは?」と尋ねると、船員は労働基準法の対象ではなく、船員法という法律が適用されるため法律的にも問題がないというのです。

法的に問題がないといっても、1日の労働時間が14時間に達し、1か月の総労働時間が240時間にのぼることも少なくないといいます。まさに「激務」ともいえる労働環境。実際に、船員を養成する独立行政法人海技教育機構」が発表したアンケート(平成28年)を見ると、卒業生のおよそ4人に1人が働き始めて3年以内に辞めていました。その理由としては、長時間労働や職場での人間関係などが挙げられていました。

船員・船長に聞いてみた

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内航船の操舵室
働いている船員たちは、実際、どう思っているのか聞いてみました。
「賃金面も魅力だった。技術職なので、技術をつければ給与は上がるし、若ければ若いほど船員の給与はよいと感じると思う」(40代 船員)

「長期間の乗船もだが、乗船の延長や休みの短縮など突然の勤務の変更もストレスを感じる」(50代 船員)

「賃金のよさが魅力の1つだった。ただ、今は人が本当にいない。若い人が少なく、辞めていくケースが多いのは事実。3か月乗船、1か月休みというのは今の時代には合っていないのかも」(50代 船長)
収入のよさに魅力を感じている船員がいる一方で、やはり特殊な勤務形態が大きな負担となっているようでした。さらに人手不足が深刻化する中で、より、働く環境が厳しくなっているという声もありました。
「船員がいなくて乗船期間が延長されることが増えた。ほかの船では『半年間乗り続けている』という話も聞く」(40代 船員)

「船員は職人気質な大ベテランが多く、手取り足取りという感じにはならない。若い人たちには親と子以上に離れた世代が閉鎖空間の中で寝食を共にしながら働くという難しさもある」(40代 船員)
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内航船の船内

壁は「運賃」 昭和60年度水準より低いって…

では、なぜ、こうした労働環境を変えられないのでしょうか。冒頭の内航海運会社の社長は、独特の運航形態と業界の構造が壁になっていると話しています。
「内航船は国内の港をまわるので船員が住んでいる拠点の港に帰ってくる事は多くない。サイクルを短くして、拠点の港とは違う場所で船員を交代させると、船員の交通費や宿泊費などの経費が余計にかさむことになる。そうするとその経費を誰が負担するのかという議論になる。船の荷主は日本を代表する大手メーカーであることがほとんどで、運賃をあげてくれと言ったら契約を打ち切られてしまう怖さがある」
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実際に、平成29年度の国内貨物輸送の「運賃」を調べてみると、航空や鉄道、トラックは軒並み上昇している一方、内航船だけがなんと“昭和60年度”の水準よりも低くなっていました。(平成30年・日本内航海運組合総連合会「内航海運の活動」)

この運賃の低さこそが、労働環境を変えたくても変えられない、大きな要因になっているというのです。

トラック業界にはなれないの?

ここで記者の頭をよぎったのがトラック業界です。近年、佐川急便、ヤマト運輸日本郵便が、人手不足などを理由に相次いで運賃の値上げを発表していたからです。内航船では同じ事ができないのでしょうか? 国土交通省の担当者は次のように話します。
「トラック業界は運送事業者が巨大で力があるが、内航船は船を1隻ほどしか持たない家族経営のような小規模事業者が多くを占めている。荷主に意見する事は難しく、運賃をあげにくい構造になっている。根本的な業界の仕組みや荷主との関係性などを含め対策を検討していく必要がある」
国のデータでも、3400を超える内航船の事業者のおよそ99.7%が中小企業。特に家族経営のような小規模な事業者が7割近くを占め、特に、そこで船員不足が深刻化しているとみられています。(平成31年4月・国土交通省調べ)

取材をすると、慢性的な人手不足が安全を脅かしているようなケースもありました。人手不足から見えてきた内航船業界の危機、安全問題、引き続き取材していきたいと思います。