田中宇の国際ニュース解説 無料版 2011年3月4日より転載①

田中宇の国際ニュース解説 無料版 2011年3月4日 http://tanakanews.com/

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★失われるドルへの信頼
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中東の混乱が拡大し、産油国であるリビアサウジアラビアに波及し、原油
の国際価格が上昇している。サウジの油田は今のところ安泰だが、大油田地帯
であるサウジ東部のすぐ脇にあるバーレーンでは王政打倒の反政府運動が続き、
サウジの株価は暴落している。サウジの油田地帯が不安定になると、原油価格
(北海ブレント)は1バレル200ドルに高騰すると予測されている。格付け
機関のS&Pは、中東の混乱はすべてのアラブ諸国に感染し、混乱が長期化
するという見方を示している。

http://www.ft.com/cms/s/0/bd50b568-45c0-11e0-acd8-00144feab49a.html
S&P says turmoil could still spread

このような地政学的な混乱の時、従来なら世界の投資家は、資金を米国債
ドル建て債権に逃避させ、為替市場でドルが上がるのが常だった。だが今、こ
の「有事のドル」の現象は起きておらず、代わりにスイスフランなどが史上最
高値を更新した。原油が高騰すると、極度の金融緩和を続けている米国がデフ
レからインフレに転換し、むしろ米国債などドル建て債権が下落(長期金利
上昇)すると投資家は考えている。金利が上昇すると、米経済は不況に戻って
しまう。ドルへの信頼が崩壊し「有事のドル」の不文律が失われている。この
現状を見て「2010年からの10年間、ドルが世界の単独基軸通貨でなくな
っていき、米国が覇権を失う歴史が展開するだろう」と早々と予測する分析も
出てきた。

http://www.realclearmarkets.com/articles/2011/03/03/its_taps_for_the_weakening_dollar_98894.html
It's Taps For the Still Weakening dollar

主要な穀物の国際価格がこの1年で70%値上がりしたと国連の食糧機関
(FAO)が発表した。消費者物価指数(CPI)など米国の表向きの経済指標
はまだ上昇していない。

http://www.fao.org/news/story/en/item/51913/icode/
FAO:  Tight cereal markets as food prices increase again

だが、CPIを構成する商品の42%は住宅関連で、それらは米住宅市況の
悪化を受けて値下がりしている。CPIの構成要素の中で、食料は12%、エ
ネルギーは9%を占めるにすぎない。実際の人々の日常生活で大きな割合を占
める商品は食料やエネルギー関連だから、住宅関連が主導するCPIは、米国
の実際のインフレ傾向を隠している。正しい米国のインフレ率は5-7%とい
う高率になるはずだとも指摘されている。ウィスコンシン州などで続く米国民
の反政府的な行動を見ると、すでに米国民の生活は物価高騰によってかなり悪
化していると考えた方が自然だ。

http://www.cnbc.com/id/41887217
US Standard of Living in Peril From Dollar's Weakness: Zell

http://tanakanews.com/sj.php?n=10698
ウィスコンシンに関する2月23日の速報分析

原油高が世界のインフレをひどくすると考えるユーロ圏の欧州中央銀行
(ECB)は利上げを検討し始めた。早ければ4月にもECBが利上げに踏み
切ると予測されている。ユーロが利上げに入ると、米連銀がゼロ金利を続ける
ドルとの金利差が広がり、ドル安ユーロ高が加速するだろう。

http://www.zerohedge.com/article/john-taylor-we-are-going-recession-damn-it
John Taylor: "We Are Going Into A Recession, Damn It"

基軸通貨は米欧中の三極体制に

3月2日には、米国の最有力経済紙ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)
が「なぜドルの覇権が間もなく終わるのか」と題する論文を掲載した。カリフォ
ルニア大学の教授が書いたこの記事によると、ドルは近いうちに単独の国際基
軸通貨という特権的な地位を失い、今後10年ぐらいかけて、中国人民元
ユーロとともに多極的な基軸通貨体制を共有するようになる。

http://online.wsj.com/article/SB10001424052748703313304576132170181013248.html
Why the dollar's Reign Is Near an End

論文によると、従来の世界の為替取引の85%がドル建て、世界が保有する
債権債務の半分以上もドル建てであり、この市場占有率の高さがドル利用の拡
大と高占有率の維持につながり、米国債は最も安全な債券であり、ドルは有事
の資金逃避先として頼られていた。だが今、こうしたドルの利点が次々に壊れ
ている。米政府は財政赤字を急拡大し、多くの投資家が米国債は過剰発行で債
務不履行の恐れがあると考えている。貿易業者にとっても、米国以外の国々の
間の取引が増え、保有通貨を多角化した方がよい状況になっている。ドルの独
占的地位が崩れると、米国債の売れ行きが落ち、ドルの価値が20%下がると
論文は予測している。

「権威ある」WSJがドル覇権の終焉に言及する論文を載せたことは衝撃だ。
ドル崩壊予測は、金地金愛好家の「陰謀論」から、WSJも認める「現実」に
なっている。このような現実があるのに、連銀など米当局は、1971年のニ
クソンショック時に発した「ドルは我々の通貨だが君たちの問題だ」という無
関心さを相変わらず続けている。

米議会で台頭する共和党の茶会派は、政府に財政緊縮を求め、連銀にドルの
過剰発行をやめろと求めている。だがバーナンキ連銀議長は、ドルを過剰発行
して売れ残りの米国債を買い支える量的緩和策(QE)をやめると米国が不況
に逆戻りするのでやめたくないと言っている。今年6月に一段落するQEをそ
の後も続行すると、過剰発行に拍車がかかり、ドルと米国債に対する世界から
の信用失墜に拍車がかかる(QEをやめて米国債が急落しても信用失墜なので、
米当局は「やめるも地獄、続けるも地獄」の状況だが)。

http://www.bloomberg.com/news/2011-03-02/bernanke-doesn-t-rule-out-more-bond-buying-by-fed-to-aid-economic-recovery.html
Bernanke Doesn't Rule Out More Bond Buying to Aid Economy

米政府の予算は昨年から、財政緊縮を求める共和党と、緊縮に比較的消極的
民主党の議会での対立が解けず、今年度予算が3月4日分までの暫定分しか
決まっていなかった。何も決まらないままだと、3月5日から緊急部門以外の
米政府の機能が停止する大惨事になるところだったが、議会は3月2日に談合
して2週間分だけの予算を通し、3月18日まで米政府の機能を延命させた。
3月18日までに今年度予算を可決しないと、再び機能不全の危機がくる。

http://money.cnn.com/2011/03/02/news/economy/government_shutdown/index.htm
Government avoids shutdown; hard part still to come

4月には米政府の財政赤字額が法定上限に達するので、そこでも議会の赤字
拡大決議が必要となる。決議しないと米国債債務不履行があり得る。巨額赤
字を抱え、機能不全や債務不履行に直面している米政府の姿を見て、世界の投
資家はますます米国債やドルに対する信頼を失っている。