原子力保安院密着ルポ 「伝言ゲームの参加者が多すぎる」

http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20110317/219019/?P=1
日経ビジネスオンラインより抜粋

官邸・原子力保安院・東電――揺れた“鉄”のトライアングル

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 大震災発生の翌朝から危機的な状態に陥った東京電力福島第一原子力発電所

 地震発生から5日目の3月15日、政府は東京電力との統合連絡本部を東電本社内に設置した。
だが、遅きに失したのは明らかだ。記者は1号機で水素爆発が起きた12日から、規制・監督当局である原子力安全・保安院で取材を開始。事態が進展する中、逆に事態解決に向けた主導者の不在から官邸、保安院、東電という三者の間で危機管理のタガが次第に外れていくのを感じた。

 3月12日15時36分。1号機で水素爆発が発生したとの速報をテレビが流した。

 詳しい情報を得るために向かったのは、経済産業省別館の3階にある原子力安全・保安院(以下保安院)のフロアだ。

 すでに電灯を自主的に消してあり、暗い建物の中は「原子力安全・保安院」と書かれた水色の作業服を着た職員がばたばたと行き来している。会見場である一番奥の部屋だけが明かりが灯っている状態だ。

入ると狭い部屋にはざっと90人程度の記者やテレビカメラの姿。既に中にいた他の記者に聞くと、朝方からほぼ2時間ごとに状況説明の会見が続いているという。ある新聞社の科学技術部記者は「今はここが情報の最前線」と期待していた。

 だが、17時から始まった会見で、官邸との協議を終えた中村幸一郎審議官の口ぶりは重かった。

 「詳しいことについて、東京電力に確認できていないので何も申し上げられない」「(炉心溶融が起きているか)予断をもったことを申し上げるのは適当ではない」

結局、再度会見を設けることで記者側と合意。ある記者は「これまでは今後の可能性も含めて詳しく説明してくれていたのに、まるで別人のようだ。何か官邸に言われたのか」といぶかしんでいた。

その後、20時40分から枝野幸男官房長官会見。20時20分から1号機へ海水注入を始めたことを説明した。

12日21時半、13日午前1時半から保安院で2度にわたり会見。しかし、問答はかみ合わない。

 A記者「20キロの避難区域の設定は、どのような基準で設けられたのか。最悪のケースは想定できているのか」
保安院「それについては確認したい。あくまでも東京電力が事業主体なので、こちらは把握していない」
B記者「現場の作業員の疲弊度が心配だ。何人ぐらい現地にいるのか」
保安院「それも不明。これから確認したい」
C記者「被ばくの可能性がある一般人の人数は」
保安院「確認したい。次の会見まで待ってください」

 技術的なことになると、後ろに控えている原子力安全基盤機構の専門家たちが代わって答える場面も目立つ。


「伝言ゲームにあまりに多くの人が参加している」

 素朴な疑問がわいてきた。
なぜ、記者会見が保安院、東電、官邸の3カ所で、ばらばらの時間に開催されるのか。その様子からは、情報伝達と指示の系統が明確化されていないようにも見えた。

保安院の広報官によれば、情報公開までの流れはこうだ。

 まず、福島の原子力発電所を運営している東京電力が現場の情報を集め、状況を把握する。次いで、東京電力内閣官房の危機管理委員会と原子力保安院に伝える。

東電から受け取った情報を基に枝野官房長官が会見、次いで原子力保安院が会見するといった具合だ。

これに加えて、1号機の水素爆発以降は、記者会見の前に官邸と保安院がどのような情報を開示するかについて調整する必要が加わった。結果、各方面へのそうした調整作業に多くの人員が奪われることになっているようだ。

保安院は全国の原発の近くに1~2人職員を常駐させており、今回も基本的にこの常駐の担当者と保安院から派遣した職員の計4人が東電の報告を待っている格好だ。「東電から二次情報を取得して、東京で分析し、官邸と調整する。伝言ゲームにあまりにもたくさんの人が参加している」。ある保安院職員は疲労困憊の表情でつぶやいた。

午前3時を回った。
この頃になると、記者会見場も完全に合宿所状態になっていた。近くのファストフードやコンビニで買ってきた弁当の空箱などが積み上げられ、飲みかけのペットボトルが散乱している。保安院の職員も泊り込んでいる。3階のトイレ周辺ではゴミが廊下にまであふれる始末だった。


 3月13日午前5時。保安院にあって、唯一の技官出身の審議官、根井寿規審議官が会見に登場。根井氏は、JCO臨界事故や中越地震での柏崎刈羽原発事故など原発危機の陣頭指揮を取った。

 状況説明に加えて、あくまでも専門家としての自分の見解とした上で、想定シナリオや可能性について言及。その内容には危機時の見解としての説得力があり、記者の間にも納得感が広がった。

 さらに、保安院から海水注水作業の確認のための検査官をこれから現地に送る方針を明らかにした。

だが、14日の朝を過ぎると、会見はほとんど機能しなくなる。

 1号機に加えて、2号機、3号機も給水システムが止まり、炉心溶融など壊滅的な状態になる中で、情報は乏しくなっていく。

 それまで2時間ごとなどに開かれていた会見は、間隔が6時間、8時間と空きがちになり、情報も6時間以上前のものが多い。

 「資料が全てそろわないので会見ができない」とする保安院と、「資料がすべてそろわなくてもいいから、現状で把握している部分を情報開示してほしい」という記者側。両者の間で意見の食い違いから、押し問答になることも。

15日昼。東電本社内に統合連絡本部がようやく設置される。政府からは海江田万里経済産業省大臣などが本部に向かい、官民一体での危機管理がようやくスタートする。

誰が原発の運営者なのか顔が見えない

 だが、その後も情報開示が進んだとは言いがたかった。

 同日16時10分から始まった会見で保安院は「朝6時の4号機で爆発音があり、北西の壁に8メートル四方の穴が2つ空いていた、と東電から朝8時に報告を受けた」ことを明らかにした。だが、こうした事実はそれまでの会見でも、東電の会見でも明らかにされていない。

 この時点で、保安院ではようやく「放射濃度が高まっているため、現地で作業をしている人数約800人のうち、50人の作業員だけを残して全員待避」として、初めて現場作業員の数を明らかにした。

 これだけの一大事にも関らず、誰が原発の運営者なのか顔が見えない。

 保安院会見という断片的な現場だが、そう感じて不安になった。

 保安院のスタッフらは東京でも不眠不休で情報収集に当たっており、一生懸命対応していることは伝わってくる。にもかかわらず監督官庁として肝心な情報を全くつかんでいない。

保安院は「東電からの連絡が来ない」ということと、「官邸との調整に時間がかかる」ことを理由にかかげる。東電は「監督官庁である保安院に報告しないと対策を取れない」ことを理由にかかげる。そして、東電に怒りをぶつけるだけで、対策が後手に回る官邸サイド。

 リスクの高い原発は国が許認可を出し、地元にも大量の補助金を出しながら運営してきた。政官民の馴れ合いによる絶妙なバランスの中で経営されてきたが、ガバナンスや責任の分担が明快だったわけではないだろう。想定を超える危機に瀕した今回、三者がそれぞれ当事者意識を欠いたまま、リスクマネジメントには大きな空白が生じた。そう感じた。