「放射能と妊婦・乳児・幼児」その危険性について・・・ ②

脳に悪影響

 広島、長崎の例にならえば、たとえば、被曝線量に比例して小頭症の割合が高くなったり、学力が低下するといったこともわかっている。また、エックス線を使うCT検査が行われた年齢が低くなればなるほど、生涯がん死リスクが高くなるという論文も発表されている。さらに、胎児へのがんリスクについて、「小児がんオックスフォード調査」、国連科学委員会などの報告では、10~20ミリシーベルトという低線量でも白血病や固形がんのリスクが増えるとされているのだ。
「'86年に旧ソ連で起きたチェルノブイリ事故による放射性物質が検出されたことを初めて報道したのは隣国のスウェーデンでした。
 この国では全土の放射能汚染を調べて汚染地図を作っていて、国民総背番号制によって国民一人ひとりの所在や転居履歴などもすべてトレースできるようになっています。その国が、汚染地域別にがんの発生率を調べたところ、高汚染地ほどそれが高くなるという結果が出たのです。また、最近発表された論文には56万人の児童を調べ、事故時に妊娠8~25週齢であった児童にはIQおよび学力の低下が見られ、その程度は放射性物質の汚染度と関連するという結果も公表されているのです」(崎山氏)
 脳を含む神経系の発達は人間特有のものだ。胎児の脳は妊婦の体内にいる間に、さまざまな部分が発達する。それは、胎児期間中、ずっと続いている。
「たとえば1950年代のサリドマイド被害では、胎児の上肢や下肢が発達するちょうどその時期に、妊婦がサリドマイドという睡眠薬をたまたま飲んだため、異常が起きたわけです。
 一方、脳の神経系は胎児期を通じて発達をし続けていますから、放射線の影響をもっとも受けやすいと考えられます。つまり、胎児期における障害を受けやすいのは神経系だということです。また、新生児期、乳児期も神経は発達を続けます。リスクは、胎児期と同様に高いと思います」(崎山氏)
 チェルノブイリ原発から西へ約70km離れたウクライナ・ナロジチ地区---。この地域への支援を長年行ってきたNPO法人チェルノブイリ救援・中部」理事の河田昌東氏が言う。
「ナロジチ地区中央病院から提供してもらった、子どもたちの健康状態に関する実数データがあります。これを見ると、大人と子どもでは病気の発症率に数十倍から100倍近い差があるのです」
 よく指摘されるように、チェルノブイリ事故後、周辺地域で幼児の甲状腺がんが急増したのは、母親の母乳を通じて放射性ヨウ素が子どもの甲状腺に集まった結果だった。事故の汚染地では、通常の小児甲状腺がんの数十倍以上の発生率を示したケースもあった。
 だが、河田氏は「本当に恐ろしいのは甲状腺がんだけではない」と言う。
甲状腺がんは事故から10年後が発生のピークでしたが、それ以降は減っています。そのかわり、それ以外のがんを含む全体のがん発生率は事故後から10倍以上に増えているのです。ナロジチ地区中央病院における児童1000人あたりの人口罹病率では、'08年で新生物(がん)は12・3人。じつに100人に一人以上の子どもが何らかのがんに罹っている計算になります」
 がん以外の多くの疾患でも、この20年あまりで子どもたちの罹病率は驚くほど増加している。
「呼吸器系疾患は'88年に1000人あたり116人だった罹病率が、'08年には603・6人になっています。これには風邪も含まれているので数が非常に増えていますが、放射線被曝によって免疫力が低下したことが原因です。
 心臓血管系疾患は、およそ2倍に増えている。この多くは放射性セシウム内部被曝による影響です。最近の研究で、セシウムは体内に入ると心臓にもっとも濃縮されることがわかっています。心臓は鼓動することによってエネルギーを消費するわけですが、その細胞の中にはエネルギーを生み出すミトコンドリアという細胞内構造物がたくさんあります。セシウムはこのミトコンドリアの機能を破壊することがわかっている。その結果、子どもだけでなく大人にも心臓血管系の病気が増えているのです」

母乳を飲ませていいのか

 このデータで驚くのは、児童1000人あたりの総罹病率が'08年で1904・2人を示していること。つまり、ほとんどの子が複数の病気を持っているのだ。実際に河田氏がナロジチの学校を訪れると、「うちには健康な子供は一人もいません」と言われたという。
 ナロジチ地区のあるジトーミル州立小児病院の'02年の調査によれば、同州の乳児死亡率は州平均で人口1000人あたり10・1人。これに対し、汚染地区のナロジチ地区は33・3人。州平均の3倍に達していた。ちなみに'01年の日本の乳児死亡率は3・1人である。
 前出の元放医研主任研究官・崎山氏が語る。
チェルノブイリの事故当時、子どもや胎児だった人が、あれから25年経ったいま、ちょうど出産の時期に当たっています。先日、ウクライナの医師で、作家でもあるユーリー・シチェルバクさんが京大原子炉研で講演されたのですが、『生殖系に対する影響が大きく、不妊や流産などが深刻な問題になっている』と話されていました。
 今回の福島第一原発の事故でどれだけ胎児や乳児に影響が出るのかはまだわかりません。チェルノブイリからの教訓を学べば、東電も保安院もベントをする前に被曝の危険性を住民に知らせて避難させるべきでした。それをしなかった責任は大きいでしょう」
 冒頭の「母乳調査ネット」では、現在50検体ほどを順次検査に出しているところだという。村上代表が言う。
「今度は私たちの調査でも、セシウムが出てくるのではないかと思っています。政府は、セシウムが一件検出されたが微量だから安心だ、という情報を流していますが、これはもう私には犯罪行為であるとしか思えないのです。セシウム半減期は30年、ヨウ素と違って放射線量が減らないんですから。
 実際に数値が出てしまった以上、母乳を飲ませているお母さんは、いったい何をどう気を付けたらいいのか、すでに母乳が汚染されたお母さんはどうすればいいのか、まずその対策を明らかにしなくてはなりません。これこそ、即、支援が必要なはずなんです。
 母乳には赤ちゃんが生きるために必要な免疫を伝える機能もありますから、簡単な話ではありません。あまりにも遅れた調査の上に、何の対策もとらずに、ただ安全を訴える。政府がいましていることは、とんでもないことですよ」
 当局の政治家や役人らも人の親が大半だろう。子どもたちの命がかかっている。迅速な対応で徹底した調査を行い、明確な対策を講じなければ手遅れになる。