超高速取引の厳しい「台所事情」、利幅少なく競争も激化

[東京 8日 ロイター] - 人間がまばたきする間に1万回近い注文を出すことができる超高速取引(HFT)。日本株の取引では注文件数の最大6割を占めるまでに存在感を増している。その超人的なスピードゆえ、HFTは荒稼ぎしているとのイメージを持たれがちだが、実際の「台所事情」は厳しいようだ。
短期材料株には手を出さず、流動性を供給して薄い利幅を稼ぐという地味な取引手法が多いうえ、競合他社の増加で利幅がさらに薄くなっているとみられている。

<「見せ玉」疑惑の真相>
  ミクシィ(2121.T: 株価, ニュース, レポート)やCYBERDYNE(7779.T: 株価, ニュース, レポート)など個別材料株が人気化し、取引量が増えてくると必ずと言っていいほど、1つの「うわさ」が市場に出回る。
  HFTが見せ玉を出して取引を有利に進めているのではないか──。
見せ玉は、取引するつもりのない大量の注文を出すことによって株価に圧力をかけ、安く買ったり高く売ったりする違法行為だ。目的の取引が成立すると、見せていただけの大量の注文は取り消されるため、こう呼ばれる。
HFTは人間離れしたスピードを武器に取引を繰り返しているだけに、一部の中小型株で売買が急増して価格や気配が目まぐるしく変化するようになると、見せ玉を疑う声も出る。
しかし、こうした疑惑に対し、ある外資系証券の自己売買部門でHFTを手掛ける現役のトレーダーは、「そもそもそんな銘柄は取引しない」と真っ向から否定する。

同トレーダーは、「個人のその日の気分に左右されがちな中小型株の値動きは不確実性が高く、優れたプログラムでも多くの人間の感情が渦巻いて形成される株価を読むことなどできない。取引に向いているのは比較的大型で一定の流動性がある銘柄だ」と指摘。個人投資家で賑わう銘柄はHFTの苦手とするところで、話題株で荒稼ぎしているというのは誤解だと主張する。
東証・売買審査部によると、相場操縦が疑われるような取引は1日当たり数百件に上る。東証には、こうした取引を自動で抽出するシステムがあり、40─50人体制で1つ1つ人間の目で確認していくという。いかに高速な取引であったとしても、当時の発注状況を再現できるシステムもあり、担当者は「見逃しはない」と強調する。
見せ玉をめぐっては、6月にむさし証券のディーラーがTOPIX先物で相場を操縦した事案が発覚したが、これまでにHFTが摘発された例はない。
ただ、市場ではHFTによる見せ玉手法への疑いは根強い。中小型株でそういった手法はないとしても、大型株ではあるのではないか──。HFTの売買手法が不透明なだけに警戒は消えない。クレディ・スイス証券が5月下旬に開いた顧客向け説明会で配布した資料の中でも、HFTの戦略の1つとして見せ玉が挙げられていた。
<マーケット・メーカー>
HFTにはさまざまな取引手法が存在するが、事情に詳しいスパークス・アセット・マネジメントの水田孝信ファンドマネージャーによると、「マーケット・メーカー戦略」が大半を占めているという。簡単に言えば、市場に出ている注文に自分の注文をぶつけにいくのではなく、自分が注文を提示した上で他の投資家の注文を待つ手法だ。
例えば、ある銘柄の取引で99円の指値買い注文を100株、100円の指値売り注文を100株同時に出しておく。この時、他の投資家が99円で100株の売り注文、100円で100株の買い注文を出してくると、それぞれの値段で全ての注文が約定する。HFTは9900円を払って1万円を手にすることになり、差額の100円が利益となる。
さらに実際は私設取引市場(PTS)も活用し、例えば、99.3円の買いと99.7円の売り注文を出すなどして、より薄い利幅を取りに行くとみられている。1度の取引で得られる利益は少ないが、それを何度も繰り返して積み上げていく手法だ。

仮に株価が99─100円の間で動き続けるとすれば、99円で買って100円で売ることを延々と繰り返すことができるため、決して負けることはない。ただ実際は、株価が下落し、99円で買ったものが98円でしか売れなくなることもある。そうした場合には、傷の浅いうちに損切りして逃げるか、注文をキャンセルして新たな価格で提示しなおすなどの対応が必要になる。「スピードが生命線」(水田氏)なのは、そのためだ。
このほか、「同業種の異なる銘柄の相関関係を利用する手法もある」(米国系証券)。例えば日本航空(9201.T: 株価, ニュース, レポート)とANAホールディングス(9202.T: 株価, ニュース, レポート)、ソニー(6758.T: 株価, ニュース, レポート)とパナソニック(6752.T: 株価, ニュース, レポート)など、同じ業種に属している2つの銘柄間で株価の動きに強い連動性が認められた際に効果を発揮する。
この手法では、仮に片方の銘柄がその相関から外れて下落した場合、小口の買い注文を断続的に入れていく。プログラムの読みが正しければ、このひずみは理論的にはいずれ解消されるため、株価が戻ったところで売って利益を確定するというやり方だ。
 
 
  いわば銘柄間の裁定取引だが、そう簡単に相関性が崩れている銘柄があるわけではない。もしあれば、すぐに安い方を買って高い方を売る動きが出るのがマーケットだからだ。しかし、HFTはわずかな差を瞬時に見つけ、多量に売買することができる。
<誇張された「1237勝」>
ただ、実際の「台所事情」は荒稼ぎのイメージとはずいぶん異なる。
米調査会社タブ・グループのラリー・タブ最高経営責任者(CEO)は3月、2014年のHFT業者の収益が全体で13億ドル(約1320億円)まで落ち込むとの見通しを示した。5年前と比べると5分の1以下だという。
東京市場でも売買を行うHFT大手の米バーチュ・フィナンシャルも、実際の利益水準はそれほど高くない。同社は過去5年間で「1237勝1敗」と驚異の勝率を記録して市場の話題をさらったが、2013年1─12月期の純利益は1億8220万ドル(約185億円)と、世間で騒がれるほど華々しいリターンを上げているわけではない。

HFTが苦境に立たされている背景について、みずほ証券・主任研究員の川本隆雄氏は「競合が増え、競争が激化してきたことによって、相手を出し抜ける戦略が減ってきている。これからは合併などによる業界再編が進むのではないか」と指摘する。
また、現在立命館大学客員教授で、2000─08年までモルガン・スタンレー証券の米ニューヨーク本社でHFTを手掛けていた足立高徳氏は、「1度の失敗であっという間に利益がなくなってしまう」と、「薄利多売」の危うさを挙げる。1回の取引で得られる利幅が薄いため、それをいくら積み重ねたところで、1度のミスでそれまでの利益が失われてしまう可能性があり、「1分間で数億円が吹き飛ぶこともある」(足立氏)。
<広がるスピード格差>
東京都内の沿岸部にある、巨大で重厚な建物──。ロビーまで足を運ぶと近未来的な空間が広がっている。公にはされていないが、実はこの建物の中に、東証の中枢部とも言える売買システムが鎮座している。高速取引にとって欠かせない「コロケーションエリア」も併設されており、各社のプログラム同士が激しくしのぎを削るHFTの主戦場となっている。
コロケーションとは、東証の売買システムのすぐ隣に証券会社や投資家のサーバーを設置し、直接ケーブルでつなぐサービスのこと。売買システムとサーバーとの物理的な距離を縮め、発注の速度を高速化している。
関係者によると、利用料金は1カ月当たり70─80万円程度。証券会社は東証に料金を支払ってラックを借り、そこにサーバーを設置する。実際にこの部屋を訪れたことがある人物によると、広々とした部屋にずらりとラックが並んでおり、無数のサーバーが放つ熱がこもらないように、室温は常に20度以下に保たれているという。
HFTを取り入れているのは、自己資金で投資する専門業者や一部のヘッジファンドなど。証券会社の自己売買部門も手掛けているが、外資系証券が中心とみられている。東京市場でHFTによる売買を行っている投資主体の正確な数は把握しきれないものの、「コロケーションエリアのラックはほとんど契約済み」(関係者)であることを考えれば、その数は決して少なくない。
HFTには依然として謎に包まれた部分が多いが、コロケーションの導入によってスピードの格差が広がったことは事実だ。コロケーションを利用しない一般の投資家が自宅のパソコンから発注した場合、注文は証券会社のサーバーから東京・池袋にある「アクセスポイント」と呼ばれる東証のネットワークへの入り口を経由した上で、売買システムに到着する。コロケーションを利用した場合と比べると、速度は200分の1程度だ。

こうした「不公平感」もあって、個人投資家はHFTと距離を置きたがる傾向にあるようだ。自身も株式投資をしている東京大学株式投資クラブ「Agents」の滝沢優真代表は、「HFTが取引に参加している株はロジカルに動かないので手を出さない」と語る。HFTの土俵では戦わず、個人投資家はあくまで中長期的な視点で投資すべきだと述べた。

大和総研・金融調査部長の保志泰氏らが5月に発表したレポートは、コンピューターによる無機質な行動が、心理的な面で長期投資家の参入を阻む可能性があると指摘する。その上で、「そうした投資家の参入を促すためには、不公平感に対する疑念の払拭や、市場の公正性確保に向けた努力を続けていくことが必要ではないだろうか」と提言している。